第209話 赤いトカゲをものともせず





「討伐完了」


 ターンのキメ台詞と同時にレッドワイバーンは消えていった。

 格好良いとは思うけど、結構ボロボロなんだよね。ターンだけじゃなくってわたしたち全員がさ。


 ヘリトゥラはターンに追いつくために『EX・BFS・AGI』を使ったし、一頭残った通常ワイバーンとレットワイバーンに挟まれたズィスラが、かなりヤバかった。

 それはわたしもだ。レッドワイバーンの脚を叩き斬ったまではよかったけど、ブレスの直撃食らったし。


「終わりよければ良し」


 まあそうだけどさあターン、余韻ってものをもう少しさ。


「勝ったわね」


「うん」


 ズィスラとキューンが続くから、何も言えないじゃない。うん、大勝利だよ。


「ここでレアボス引くとかね。レッドワイバーンの素材はいい感じだと思うよ」


「皮と肉だね」


「うん、ポリン。宝箱、お願いできる?」


「うん!」


 すっかり宝箱担当のポリンが嬉々として開錠に取り組んだ。

 ほほう、4つある宝箱の内、レッドワイバーンのは後回しか。美味しそうなのは最後にとっておくタイプだね。知ってるけど。



「さて超位ジョブは出るかな。1個は確定だろうけど」


 わくわくの瞬間だ。こればっかりはいつになっても嬉しいよね。


「サワ、これなに?」


「ん?」


 ポリンが見せてきたのは、一冊の本だ。装丁がゴタゴタしてて、けばけばしい。


「これって『賢者の書』……。いや『賢者の書+1』」


 ちょい待てこら。

 エンチャンターの超位ジョブ、その名は『フルバッファー』だ。問題は『+1』。


「えっとね、超位ジョブ『フルバッファー』のもう一個上だよ」


「どういうことだ?」


 ターンが首を傾げた。


「今は誰も就けない」


「そうか」


 いやいや、そう淡々とされても困るんだけど。

 前回の『オーバーロード』といい、どういうことだ。なんてことだ。話おかしいでしょ!



「サワ! 100層行って。次はわたしたちよ」


「そ、そうだね。待ってるからね」


 リッタの声に背中を押された。仕方ない、100層で待ってることにするしかないか。



 ◇◇◇



「お待たせ」


「やっつけたぞ」


「お疲れ、リッタ、シローネ、みんな」


 それから10分も経たないうちに『ブルーオーシャン』と『ブラウンシュガー』が100層に降りてきた。流石にレアは引かなかったかな。


「アイテムはどう?」


「超位は無かった、です」


 ちょっと残念そうにリィスタが言うけど、仕方ないよ。まさか初手で『+1』が出るなんて思わなかったからねえ。


「だけどさ、ここは100層だよ。ヴィットヴェーンだけじゃない、王国の4迷宮でも圧倒的最深層だ。最強のわたしたちが、誰にも成し遂げたことがない、最高の結果だよ」


「やりましたね!」


「まさかわたしたちが、ここまでこれるなんてぇ」


 シーシャとワルシャンも嬉しそうだ。


「サワ、スキルはどう?」


「うーん、使えそうなのは3割くらいかな」


 リッタの指摘はもっともだ。レッドワイバーン相手だし、出し惜しみなんかできやしない。

 さて、どうしたもんか。


「報告はしたいし、100層だけマッピングしてこうか」


「了解よ」


「ふむ」


 リッタとシローネが頷いた。



「一応初めての100層だし、一緒に行こうか」


 バトルフィールドが大きくなるしね。慣れておかないと。

 てなわけで、ゆっくりと100層を進んでいったわけだけど。


「さっそく戦闘かな」


 構造上多分、小部屋だ。こういう所は高確率で敵が出てくる。


「『ブルーオーシャン』が行くわ」


「うん、気を付けてね」


「もちろん」


 バンと勢いよく扉を開けて、イーサさんを先頭に『ブルーオーシャン』が飛び込んでいく。

 中に居たのは、胡散臭いローブの男だった。


「あれって」


「そうだねキューン、『ガル・ハスター』だね」


「何人もいるの?」


「さあ」


『マピマハロ・ディマ・ロマト』


 独特の呪文と共に『ブルーオーシャン』が消えて、そして扉が閉じた。


「シローネ、どうしよう」


「ふむ、どうしよう」


「帰還方法もあるし、ちょっとマッピングしてから帰ろっか」


「おう」


 地上で心配させるのもアレだしね。



 ◇◇◇



「遅いわよ!」


 地上に戻ったら、リッタにいきなり怒られた。まあ気持ちはわかる。

 仲間外れはよくないね。


「さあ、クランハウスに寄ってから協会に行くわ」


「そだね。報告しよ」



「ふむ、やったぞ」


「おお、そうかいそうかい」


 ターンの報告を受けてベルベスタさんが嬉しそうだ。


「100層かあ、想像もできないなあ」


 ウルマトリィさんが腕を組んで首を振る。


「いやいや、『訳あり』になった以上、近々達成してもらいますよ」


「そうかい。そりゃ楽しみだぜ」


 そうこなくっちゃ。



「ふんすふんすふ~ん」


 セリアンズが実に楽しそうだ。こっちまで嬉しくなってくるよ。


「たのもう」


 チャートが胸を張って協会事務所に突入した。


「またジョブチェンジか」


「いや、あいつら昨日、100層に挑むって聞いたぞ」


「なにぃっ!? まさか」


「あの子たちの顔、やりやがったかあ」


 ふふふ、その通りだよ。やり遂げたのさ。それと最後のひとり、セリアンズを『あの子』って言うなし。

 そんな一部犯罪臭のする無頼漢たちをかき分けて、わたしたちは『ステータス・ジョブ管理課』に向かう。


「本日のご用件は」


 スニャータさんにも聞こえていたんだろう、ちょっと声が緊張してる。


「ターン、報告してあげて」


「ふむ。ターンたち『ルナティックグリーン』『ブラウンシュガー』そして『ブルーオーシャン』の3パーティは100層に到達したぞ」


「うおおおおお!!」


 冒険者たちが沸き上がった。


「99層のゲートキーパーはワイバーンとレッドワイバーンだ」


「……竜殺し」


 ちょっとビビりながら、スニャータさんが事実を述べた。

 そうさ、わたしたちはドラゴンスレイヤーだ。



「証拠は、はい」


 わたしはインベントリからレッドワイバーンと普通のワイバーンの皮を取り出した。


「すげえ。これがワイバーンかよ」


「赤いのがレッドワイバーンか。サワ嬢ちゃん、想定レベルはどれくらいだ」


「120くらいですね」


「それをヤっちまったのかよ」


「『訳あり』は最強だぞ」


 チャートが誇らしげに胸を張った。ついでに『ブラウンシュガー』全員もだ。


「オットーさん。これは防具に回すので、卸せませんよ」


「わかっていますよ。どの道、値が付けられません」


 わたしは遠くで身を乗り出していた査定担当者のオットーさんに釘をさした。

 そりゃそうでしょ。だけどお肉はどうするの?



「10日です。10日後にヴィットヴェーン100層到達記念の宴会を開きます。場所はサワノサキ領、『訳あり』クランハウス中庭。参加費無料。誰でも構いません。振るってご参加ください」


「10日後って、まさか」


「流石はスニャータさん。気付きますか」


「狩る気ですか」


「そりゃもう」


 まあ、お肉はオマケだ。メインはジョブチェンジアイテム。特に超位だね。

 狩るぜぇ。待ってろよワイバーン。



 ◇◇◇



 で、10日後、予定通りに宴会が開催されることになった。

 10日の間で素材になったワイバーンは、実に42体。うち1体はレッドワイバーンだ。


「あたしらもドラゴンスレイヤーだしねえ」


 そうなんだよね。2日前には『クリムゾンティアーズ』も100層に到達した。

 続くのは誰かな。うかうかしてると『ライブヴァーミリオン』と『セレストファイターズ』が持ってっちゃうよ。でも本命は『暗闇の閃光』か『咲き誇る薔薇』あたりかな。前者はどうとして、薔薇は嫌だなあ。



「それではみなさん、ヴィットヴェーンと冒険者に乾杯!」


「乾杯!」


 わたしの音頭で宴会が始まった。冒険者に長ったらしい挨拶は無用。

 今日はワイバーンの焼肉がメインだ。せいぜい食べて、飲んで、騒げばいい。


「うわはははは」


「げははは」


「これがワイバーンの肉か、実に美味い」


 下品な冒険者たちの笑いの中に、なぜかポリィさんまで混じってる。おいおい第5王子殿下、なにしてるわけ。

 まあいいや、歴史は動いた。100層到達っていうのは、冒険の第2段階にして、最終段階って言える。ここまでのマルチロールから得意分野を絞って、それでパーティの総合力を上げていく。そんなところだ。


「サワ、飲んでるか」


「ターン、もちろんだよ」


 ミルクだけどね。



 ふと空を見上げたら。地球と同じような月があって、見慣れない星座が並んでる。

 そこにバーベキューの煙が立ち上る。ああ、ここは別世界だ。だけど、わたしの大好きで居るべき世界だよ。ここはさ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る