第169話 モノのついでってことで





「こ、これは殿下」


 会議室にいた全員が、いっせいに膝を突いた。わたしもだ。こういう展開に慣れちゃったよ。


「よい、頭を上げなさい」


「はっ」


 丁度誰も座ってなかったお誕生日席に王子が座った。護衛さん全員がわたしを睨んでるよ。もうなにもしないって。

 それにしても王子殿下、怒ってるかなあ。そりゃ怒っても仕方ないよねえ。


「では、戦いの経緯を聞こう。なにひとつ誇張することなく、真実をだ」


「で、殿下。それは」


 ベースキュルトが動揺してる。っていうか、王子殿下、キャラ変わってない?


「ベースキュルト、オーブルターズ、その方らは全てを見ていたのだな?」


「はっ」


「ははっ」


「ならばよい。聞かせてもらおう」


 なんだこの年齢不詳のおっさんは。



「サワ嬢でよいかな?」


「はっ」


「では、サワ嬢。此度の氾濫鎮圧における働き、見事であった」


 ありゃま。


「ヴィットヴェーンでの氾濫について、報告は受けている。その方だな」


 ちらっと殿下を見た。首を振ってる。出所は別ってか、今回の活躍で確信されたかな。


「その上で聞きたい。今回、その方らが来なかった場合、どのようになっていたと予想する?」


 そうくるかあ。うーん。


「騎士団、魔導師団、冒険者、ならびに『万象』と『ライブヴァーミリオン』が力を合わせれば、撃退は可能だったかと思います」


「だが、それなりに被害は出ていただろうし、そもそも連携もおぼつかなかった、か」


 すげえ。なんだこのおっさん。ちゃんと皮肉通じてんじゃん。


「王子殿下、それはあまりにっ」


「よい。卿の策を採用したのは我だ」


 ベースキュルトが必死になって弁明しようとするけど、王子殿下はあっさり受け流した。そして顎に手をあて、ちょっと考え込む。



「功は明確だ。なにを望む」


「わたしはオーブルターズ殿下の報を受け、助力したにすぎません」


「では、オーブルターズに功績ありと?」


 それを聞いたベースキュルトが青ざめる。

 そりゃそうか。第5王子まで引っ張り出して、功に焦ったんだ。ここでオーブルターズ殿下の名を上げるのはさぞや不味かろう。


「そんなものはいらんな」


「台無しですよ、殿下」


「お前のような小娘から功を譲られるなど、我が納得すると思うか。思わねえだろ」


「そりゃそうでしょうけど」


「それにお前を呼んだのはクリュトーマだ。我は反対したくらいだぞ」


 ああもう、めんどくさい人ばかりだ。



 ◇◇◇



「実はですね。わたしたちはレベルを上げにきたんです」


「む?」


 王子殿下が怪訝な顔をした。


「ユッシャータとケータラァさんが知らせてくれたとき思ったんですよ。こりゃ美味しいって」


 なに言ってるんだコイツって目で見ないで。


「だってゴブリンの氾濫じゃないですか。わたしたちならやれるって、そう考えるじゃないですか」


「貴様ぁ」


 ああベースキュルト、気持ちはわかるからもうちょい待って。


「それで急いで駆けつけたわけですよ。そしたらなんか苦戦してるし、ここでひとつ、ヴィットヴェーン最強の力を見せつけてやるわあ、ってなったんです」


 もう誰も口を開かない。そろそろ伝わったかな。


「思ったより強くってビビりましたけど、まあ、経験値も美味しかったですし。万々歳です。それで、褒賞までいただけるんですか?」


「サワ嬢は何を望む」



「そうですねえ。クリュトーマさん、育成施設の話、進んでますか?」


「……それがね、なかなか難しいのよ」


「それは何故」


「冒険者育成については、騎士団増強の方がマシだとか」


 騎士団長が目を背ける。


「就業支援は、むしろ商工界隈からの反論が多いの。孤児に平民より良い生活などって」


「それはまた……」


「人はね、自分より下がいると安心するものなのよ。もうひとつは既得権益ね。育成施設を作るにしても、お金が流れるでしょう。そこに人は集るものなのよ」


 なんとも文化が違いすぎる。ヴィットヴェーンだと、孤児が助かって働き手が増えて大助かりって声が大きかったのに。

 文化というか、考え方の違いが酷すぎる。


「いまのところはメッセルキール領だけで始めようって感じね」


「なるほど」


 試しに聞いてみてよかった。これなら受け入れてもらえるかな。


「褒賞が決まりました」


「ほう。なにを望むね」


「王都の孤児を全員ください」



 ◇◇◇



 かくして話し合いは終わった。

 まとめとしては、殿下と冒険者たちが頑張って、騎士団や魔術師団はおろか、ベースキュルトまでが前線に立って勇敢に戦い、ついでにヴィットヴェーンからの援軍たるわたしたちもそこそこ活躍しました、って感じだ。


「逃げ出した木っ端どもは知らん」


 殿下が言い放ち、ベースキュルトは情け無さそうな顔をしてる。

 ほんとあの時、安全地帯で棒立ちしてるだけでも面目保てたのに。


「統合派、中立派、分権派が力を合わせて氾濫に立ち向かい、これに勝利した。それでよいのだな」


「望外のお言葉です」


 一応深々と礼をとっておいた。落としどころとしては上等でしょう。



「そこでサワ嬢に正式に依頼したい。キールランターの騎士団と魔術師団、冒険者を調練してもらいたいのだ」


「お断りします」


 がたがたっとそこらじゅうの人が立ち上がって、わたしを睨んだ。その程度でビビるわけないでしょう。


「理由を述べろ」


「二つです。ひとつはわたしがヴィットヴェーン所属、ということです。分権派子爵に調練など、角が立つと思いませんか」


「まあ、そうであるな。それをおしての依頼だったのだが」


「もうひとつは、『万象』がすでに習得しているということです。迷宮管理担当で、中立派の彼らから学ぶのであれば、問題ないかと」


「お前、我に押し付ける気だなあ」


「はてさて、どうでしょう」



「ならば、氾濫の事後調査ではどうだろう」


「お受けいたします。たしかキールランターの最深層は」


「47層だ」


 殿下が横から口を挟んできた。それって『万象』が潜ったのかな。


「では50層から55層を目途に探索いたします」


「いきなり10層近くを更新か。その方ならば、できるのだろうな」


「身命を賭しまして」



 ◇◇◇



「なんですか、あの第5王子、ヤリ手じゃないですか。聞いてませんよ」


「そうなのよねえ。わたしも意外だったわ」


「軽いお飾りだと思ってたから大恥ですよ」


 ああ、クリュトーマさんも気づいてなかったんだ。


 会議が終わって、わたしたちはメッセルキール公爵邸の殿下専用離れに逗留することになった。なんか公爵ご当人や第1子息、つまり公爵の跡継ぎさんも挨拶にきてくれた。なんかわたしたち、凄い優遇されてるっぽい。

 すぐそばではコーラリアがセリアンたちと戯れてる。そこそこにしときなさいよ。


「まあそっちは殿下がなんとかしてくれるみたいですし、こっちは探索ですね」


「わたしたちも一緒でいいの?」


「もちろんですよ、仲間なんですから」


 嫌と言っても連れてくよ。『ライブヴァーミリオン』のビルドはちょっと甘い。あの時は急増だったけど、せっかくだし、ちょっと本腰入れよう。



「明日から潜りますけど、全員ジョブチェンジです」


「えっ!?」


 ケータラァさんが愕然としてるけど、当然でしょ。レベル58のフーマなんて、レアなのはわかるけどさあ。そんなんじゃ『訳あり』名乗れないよ。


「突き進め」


 そんなケータラァさんの肩にポンと手を置いて、ターンが励ます。美しい光景だね。


「そもそもコーラリア以外、後衛できないじゃないですか」


 そう言って、わたしはインベントリから『大魔導師の杖』を3本取り出した。


「言っときますけど、前回みたいなヌルいレベリングじゃないですからね」


「わたくしはエルダーウィザードのレベル66ですわ」


 まあ確かに凄い。キールランター最強の後衛かもね。だけどヴィットヴェーン基準じゃ甘々だ。


「コーラリアはビショップから前衛ね。覚悟しておいて」


「ですわっ!?」


 なに固まってるのさ。



 ◇◇◇



「凄いねえ」


「でっかいぞ」


「そうだね」


 王都の冒険者協会事務所は、なんと言うか荘厳でおっきかった。ヴィットヴェーンとの違いに地域格差を思い知ったよ。わたしたちが田舎者呼ばわりされても仕方ないかも。


「まあ、とりあえず行こう」


 わたしたちは王都の冒険者協会に突撃した。とは言っても、とりあえず『ルナティックグリーン』だけでご入場だ。『ライブヴァーミリオン』は面が割れてるだろうから、最後だね。なんでかって?


「これはあるね」


「なにがだ?」


「多分タチの悪い冒険者に絡まれるから、軽くあしらって」


「おう?」


 ターンが首を傾げてるけど、これはある。女性だけの冒険者パーティが初見の事務所に行けばどうなるか。ぐふふ。そうだよ、お約束のアレだよ、ああ、異世界テンプレバンザイだ。

 期待に胸を含まらせて、わたしは事務所に踏み入った。


「姐御、お待ちしてやした!」



 どうしてこうなった!


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