第148話 ロードとプリンセス





「ジョブチェンジアーティファクト、設置完了しました」


「ありがとう、ゲッタリン。屋外組は各自の判断で、好きにジョブチェンジしてって伝えて。ただしレベルドレインだけは、とにかく気を付けてって。それと、外だと個人判定になりそうだから、迷宮でレベリング」


「畏まりました。それではいつでもお呼びください」


 そう言って、インベントリ一杯にジョブチェンジアイテムを持ったゲッタリンは消えた。『シルバーセクレタリー』ってなんなんだろうね。



「問題はいつまでコレが続くのか、だね」


「スキルが切れると危ないわ」


 ズィスラの意見はもっともだ。長期戦は覚悟してたけど、これはちょっと酷い。

 前回の氾濫だとエルダーリッチっていう元凶が居た。だけど今回はそれがまだ見当たらないんだ。中央に構える最後の黒門がトリガーなんだろうなあ。


「何が出てくるやら」


「状況次第で交代だねえ」


 アンタンジュさんがボヤく。

 ジョブチェンジアイテムが結構落ちてるんだけど、もちろん使う暇もない。もどかしいな。


「もう少し後ろに流します。ヴァンパイアにも慣れてもらいましょう」


 はっ、日光の下に出たヴァンパイアってどうなるんだろう。まさかね、そんなに甘くないよね。



「地上は抑え込みに成功しています。数人がジョブチェンジをしました」


「ヴァンパイアの対処は?」


「何人かがレベルドレインを受けましたが、対応はできています」


 日光、もっと頑張れよ。

 後、ピンヘリアは報告ありがとう。こっちは戦いの真っ最中なのに、そこまで冷静に話せるんだね。


「こっちに対応できそうなパーティはいるかな」


「『ワールドワン』『白光』『暗闇の閃光』が名乗りを上げてくれています」


「……あと2時間粘るから『木漏れ日』と『ラブリィセリアン』、『咲き誇る薔薇』と交代ってことで」


「賜りました」


 その語り口は未だに慣れないよ。今度相談しよう。



「ぶひゃぁあ、疲れた」


 本当に2時間後、交代の3パーティが来てくれた。『暗闇の閃光』はメンバーチェンジしてるんだ。女性二人が抜けてダグランさんとガルヴィさんだ。

 それにしても、アリシャーヤは凄い。こんな状況でもキャラが変わってない。ヴィットヴェーン屈指のエインヘリヤルなのに、ある意味尊敬するよ。


「健闘を祈るよ」


「ボクはすぐ戻るからな」


「俺もジョブチェンジしてえなあ」


 ジュエルトリアたちが引き上げていく。3時間だけど、ゆっくり休んでね。


 そんなかんなで12時間くらいかな。全パーティが1回の休憩を挟んだところで、いよいよ本命のお出ましみたいだ。

 こっちは確かにレベルアップしたけどさ。なんか状況、大して変わってないんだよね。覚悟は決まってるけど、それでも怖い。


 ああ、中央の扉が開く。



 ◇◇◇



「全員退避ぃ! 戦闘は絶対に避けて」



 ある程度予想はしてたけど、これはマズい。こんなのにまかり間違ってでも、1パーティで戦闘判定貰ったら、終わる。


 まず現れたのは、上等な貴族服を纏った青白いヴァンパイアの群れ。ガードヴァンパイアだ。20体くらいかな。問題はその後だ。

 まるでパレードの主役のように、そいつが現れた。

 ひと際大きな身体を濃紺で美麗な装束が包んでいる。マッチョじゃない、細マッチョってヤツだ。夜色のマントの内側は鮮血色に染め上げられている。それこそがヴァンパイアの高級貴族。


「ヴァンパイアロード……」


 そこまではまだ良かった。ギリギリ想定内だ。だけど続きがあったんだ。ヴァンパイアロードの後ろを静かに付き従うように、それでいて主を上回るような存在感。それは本物の風格だ。

 血色の真っ赤なドレスを身に纏った、美しくて汚らわしい女性。青白い綺麗な顔だけど、凄まじい悲しみに溢れてる。もし彼女の叫び声を聞いたら、その場で蹲ってしまいそうな予感がした。


「……ヴァンパイアプリンセス」



「ぐあっ!」


 気が付いた時には、ドールアッシャさんの肩に爪が突き刺さっていた。同時に戦闘判定が入る。

 範囲にはガードヴァンパイア10体と、ロードとプリンセスが居る。無理だ。


「フェンサー! 奇跡ぃ!」


「ら、『ラング=パシャ』ですわ!」


 ヴァンパイアロードの爪は、戦い続けてレベル58になったヴァハグンを易々と貫いた。

 それでもフェンサーさんの奇跡が逃亡を許す。レベルを二つ犠牲にしたけど『クリムゾンティアーズ』は無事だ。すかさずポロッコさんが完全回復をドールアッシャさんに掛ける。


 ヴァンパイアロードは首を傾げている。なんだこの脆いのは、って表情だ。めちゃくちゃムカつくぞ。



 ◇◇◇



 それから外に出るまで3回、奇跡が使われた。『ブラウンシュガー』が1回、『クリムゾンティアーズ』が1回、そして『咲き誇る薔薇』が1回だ。さらにレベルドレインで合計レベル32が吸われた。許せん。

 相変わらず、レベルスティーラーとヴァンパイアはぞろぞろと増えているし、何よりヴァンパイアの偉いさん達、彼らの進軍は止まらない。


「仇は取る」


『ブラウンシュガー』や『クリムゾンティアーズ』には感謝しかない。彼女たちは『ルナティックグリーン』と『ブルーオーシャン』を守ってくれてる。

 怖いだろう。システムじゃないクリティカルだってあり得るんだ。



「全員退避、って、終わってる」


「配置は完了していますよ」


 やってくれるぜハーティさん。


「レベルスティーラーとヴァンパイアは、クランハウス手前まで引っ張ってから倒しています」


 なるほど、だから敵の密度が薄いのか。


「『ルナティックグリーン』はプリンセス、『ブルーオーシャン』はロードを抑える。他は総出でガードを潰して!」


 レイドバトルだから、別にパーティ単位で戦う必要はないんだけど、連携がね。特に防御ってなるとなおさらだ。


「ガードが堕ちるまで、ヘイトを引っ張るよ。戦闘判定が曖昧だからバフ系は気を付けて」


「おう」


 やっぱりこういう時、横にターンがいると落ち着くなあ。


「『活性化』」


 念のために試しておこう。多分だけど、ヘイト取れてる限りは継続しそうだけど、6人だからなあ。タゲがズレるだけで解除されそうな気がする。


「キューン、ちょっかい掛けてみて」


「うん。『アビラウンケン・ソワカ』」


 キューンが攻撃した瞬間に、自己バフが解けた。そういう仕様か。


「攻撃の時だけ自己バフね、エンチャントに頼るのは危ない」


 となれば、ここはわたしとターンが前衛だ。もちろん全員が後衛可能なので、それで問題無い。


「ターン、レベルドレインに気を付けて」


「おう」



 ヴァンパイアロードを相手してる『ブルーオーシャン』は、イーサさんが前衛でワルシャン、ワンニェ、ニャルーヤが遊撃か。悪くない。


「みんな、ガードヴァンパイアは『ノーライフ』を持ってる。なるべく攻撃を重ねて。自己バフ掛けて、一撃を重たくして!」


 エルダーリッチの時と同じだ。『ノーライフ』を突き破る攻撃が要る。

 今なら在る。レベルに裏付けされた高火力と、聖属性、両方だ。


 周りがガードヴァンパイアを倒すまで、このまま耐える。あっちはタコ殴りにできるはず。いつかは潰せるんだ。

 それともうひとつ、今のうちにヴァンパイアプリンセスの動きに慣れる。レベルが上がらない不毛な戦いでも、リアル経験値は入る。

 プレイヤースキルを上げろ。この世界のモンスターは一定のモーションを持ってるって、ポイズントードで学んだんだ。ただそれが極端に速いだけだぞ。仕事してよ、AGI。


「ぎにゃっ!」


「ニャルーヤ!」


 ワンニェの叫び声が聞こえる。ああ、貰っちゃったか。ちっくしょう。



「よしっ」


「やったね、ジュエルトリア」


 ジュエルトリアとアリシャーヤが良い仕事をしてる。ウザいけど、この状況だと助かる。


「『蔵王権現』」


「『ヘイズルーン』」


 サーシェスタさんとユッシャータも良い感じだ。


「『ホワイトスマッシュ』」


『木漏れ日』のホワイトロードさんや、あと2人くらいいる聖属性ジョブ持ちたちも頑張ってる。



「サワ。『錫杖』だ」


「誰かに渡して」


 チャートがガードヴァンパイアからドロップした杖を掲げた。

 別にウチのクランじゃなくてもいい。モンク持ちに渡ってくれれば。


 いつの間にか陽は落ちていた。石壁に置かれたかがり火が辺りを照らしてる。

 戦いは終盤だけど、ここからが大変そうだ。だけどやれる。ヴィットヴェーンと各地から集まった冒険者たちならやれる。


「行ってきますね」


「気を付けてって、マーサさん!?」


「あら、わたしは高レベルのモンクですよ」


 確かに文句の付けようがない。


「あははっ、お願いします。早く戻ってきてくださいね」



 さあさあ、ここからだ。今この瞬間にもわたしたちは強くなり続けてるぞ。


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