第42話 ルールブック





「今更あたしにプリーストやビショップになれってのかい?」


 それはウィザード互助会会長の、えっと確か、ベルベスタさんだ。


「確かに現役のウォリアーやファイターは上があるさ。だけどねえ」


「ちょ、ちょっと待ってください。ベルベスタさんはハイウィザードでしたよね?」


「そうだよ。ウィザード一筋で20年やってきたんだ。今になってこんな話をされてもねえ」


「エルダーウィザードになればいいじゃないですか。ああ、ソルジャーかウォリアーを経由してVITとSTR条件を達成してからかもですね」


「……エルダー、ウィザード?」


 場が静まり返っていた。



 ちょっと待て、今、ベルベスタさんはなんて言った? ウィザード一筋20年? まさか、まさかまさか。


「あー、えっと、皆さんはわたしのことを、どういう『家の出』だと考えていますか?」


 ヤバい。ヤバすぎる。横にいるハーティさんすら凍り付いている。


「自分で言うのもなんですが、わたしは色々と人に言えないような、やんごとなき出自を持っています。そこを理解してもらって、今の発言は無かったことということで」


「教えな」


 ベルベスタさんが血走った目をしておられる。ヤバすぎでしょ。


「どうしてもですか?」


「老い先短いんだ。今更なんだってんだい?」


「では後日、別個ということでは」


「いいから、ちゃきちゃきと吐きな」



 ◇◇◇



「ふぅん、『大魔導師の杖』ねぇ。聞いたことがないよ」


 わたしは、エルダーウィザードへのジョブチェンジ条件を吐いた。


 現行レベルが30以上、ウィザードとハイウィザードがマスターされていること。VITとSTRが17以上、AGI、DEXは20以上、INTは30以上、もちろん補正込みだ。そして『大魔導師の杖』を装備していること。それがジョブチェンジのフラグになる。



 カバーストーリーはこうだ。わたしのいた『実家』には『ルールブック』と書かれた、一冊の本があった。いつからあって、どこからやってきたかは分からない。だけどあったんだ。

 そこにはなんと、迷宮の様々な情報が記載されていたんだ!

 でも、全部かどうかは分からないし、それが全て正しいかも分からない。だけど今のところ、その情報は合っている。


 ちなみに訳ありなわたしだから、勿論その本は今、手元に無い。



 お願いだから、納得してくれっ!


「後で会長室へ」


 ダメだったあ!


 ハーティさんの冷徹な言葉に、わたしはがっくりと肩を落とした。



 わたしの講義はグダグダとなり、解散という形で終了した。第1回目にしてコレだ。落ち込む。


「大丈夫。サワはターンが守る」


「ターン!」


 ひしっとわたしはターンに抱き着いた。なんて頼もしい相棒なんだろう。


「ではサワさん、会長に会いに行きましょう」


「分かった」


「あれ? ターン?」


「サワはターンが守るぞ」


 ああ、精神的じゃなくって、物理的に守るってことだったのね。そっかあ。

 わたしはトボトボとハーティさんの後に続いた。



 ◇◇◇



「なるほど」


 冒険者協会長にして、カラクゾット男爵令息ジェルタード様、彼は目頭を押さえていた。


 今まではなんとか見逃してもらっていた。

 わたしのやり方はこれまでの冒険者の常識を覆したけど、それでも既知の情報を組み合わせれば可能だった。サモナーデーモンの件についても、ポイズントードで試した結果が有効だったってくらいで誤魔化せた。


 だけど、今回は無理だ。どんな資料を漁ってでも出てこない『エルダーウィザード』なんていうジョブを、『知っていた』んだ。アウトだよ、アウト。



「まあ方針は変わらないよ」


「いいんですか!?」


「想像はしているだろうけど、君の出自を探ってみたんだ」


「そうですよね」


「だけど何も出てこなかった。つまり君は存在していないか、他国の人間か、もしくは男爵令息の僕が調べられない程、上位貴族の流れを持っているということになるね」


 なるほど、だとすると。


「そんな君は、冒険者に明らかに有益な情報を流してくれた。それこそ普通の貴族なら絶対秘匿するような内容だ」


「……」


「そして君には裏が無い」


「裏が無い?」


「そうさ。出自がどうであれ、君は冒険者だ。ヴィットヴェーン自慢の新進気鋭の冒険者だ。それで十分じゃないか」


「あはっ、なんですかそれ」


 会長には失礼だけど、笑ってしまった。こりゃ、わたしの負けだ。笑っちゃったからには仕方ないよ。


「でも、ありがとうございます。契約とかを抜きにして、頑張ります」


「礼を言うのはこちらだよ。『冒険者のために』」


「こちらこそです。『冒険者のために』」



「良かったですね」


「心臓止まりかけましたよ。ハーティさんは会長がああいう方だって、分かってたんですよね」


「そうですね。前会長だったら、拘束されて情報だけ抜き取られて、その後どうなっていたか」


 ゾワっとした。その情報、高く売れたんだろうな。そういう考え方をすれば、今の会長がどれだけ良い人か分かるってもんだ。


「ああ、兄が善人だと思わないでくださいよ」


「え?」


「この街の冒険者が強くなればなるほど、それは兄の利益になりますし、叔父の利にもなるんです」


「叔父って、領主の伯爵様ですか?」


「そういうことです。短期的な後ろ暗い利益ではなく、長期の利と名誉を重んじたんですよ」


 なるほど、タイプの違いってだけで、結局貴族は怖い。



「ターンには分からないけど、大丈夫?」


「うん。まあ無事に終わったと思うよ」


「良かった」


 そっか、もしあの場でわたしを拘束しようとしていたら、ターンが大暴れしていたはずだ。そう考えると、本当にこの結果は最善だったんだよね。でもまたどこかでやらかしそうだよなあ。


「また何かあったら、ターンは助けてくれる?」


「もちろん!」


「ありがと、ターン」



 ◇◇◇



「なぁにやってんだい」


 クランハウスに戻って事情を説明した途端、サーシェスタさんに怒られた。いや、どっちかというと呆れられた。周りのみんなも概ねそんな感じだよ。


「で、教えてくれよ。ロードの上とかもあるのかい?」


「サワ、ナイトの上はなんだ?」


 アンタンジュさんの食いつきも良い。って言うか、珍しくジェッタさんの鼻息が荒い。


「ロードの上は、ホワイトロードとロード=ヴァイ。ナイトはガーディアンとホーリーナイトですね」


 他の人たちもドンドン聞いてくる。いい加減にして。


「ダメです。ネタバレ禁止です! 大体、レベル制限かかるので30以上必要ですよ。アイテムとかイベントとかもです」


「えー!」


「何か明日から大変なことになりそうなんで、わたしは潜りますからね。今日はお風呂入って寝ます」



「ふいー」


「ふぁー」


 ターンと一緒に大浴場だ。お風呂はいいねえ。我儘言ったけど、ずっと病院住まいだったわたしにとって、お風呂と食事は本当に大切なんだ。


 頑張ってチャコールウッドから木炭ドロップを集めてくれた『クリムゾンティアーズ』の皆さんには大感謝だ。ぬくい、ぬくい。

 ヒノキ調とはいかないが、マーティーズゴーレム素材で造られた浴槽も良い味を出している。


「なあサワ」


「なに?」


「ターンはサワが何処から来たとか、どうでもいいぞ」


「……ありがと」


「ターンとサワは最強になるんだ」


「うん、約束するよ」


 上を見上げれば、満天の星だ。ここは1階だけど、吹き抜け構造になっていて露天とまではいかないけど、空が見える仕掛けになっている。


「サワ、ターンはニンジャになる。なるけど、他にある?」


「そうだねえ、ウィザードになっておくのもいいかな。『ニンポー』は何故かINT補正かかるしね。シーフをコンプしたらウィザードになって、それからニンジャが理想かな?」


「なるっ! ウィザードになる」


「いいねえ。力強くて、格闘術が使えて、攻撃魔法が使えるニンジャ。最強じゃない」


「最強か!!」


「うん、最強!」


 こうなると、わたしも単純にサムライから2次ジョブってのも芸が無いかな。どうしよう、近接戦闘系でファイターやっておくのも良いかも。剣技系スキルもあるし。



 こうやって他愛無く『ヴィットヴェーン』の会話をしながら入るお風呂は最高だね。一緒なのがターンなのがさらに良しだ。

 空には地球のと区別がつかない月が浮かんでいる。綺麗だねえ。


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