第69話 優しい職場
カエル狩りもマーティーズゴーレムもすっ飛ばして、第9層だ。まあ道中で戦ってきたから、リッタとイーサさん、ダグランさんとガルヴィさんはレベル3だね。
そしてここが本命だ。ほれ、ブチかませ、リッタ。
「『ティル=トウェリア』!」
豪炎が敵を焼き尽くす。ボロボロだけど生き残った敵は、わたしとターンが片づける。
「『ダ=ルマート』!」
モンスターが氷に覆われる。ヨロヨロと蠢く残敵は、これまたわたしとターンだ。
「何かこう、レベルアップの仕方が違うよなあ」
ガルヴィさんがぼやくけど、知ったことじゃない。効率だよ効率。
そもそもこんな階層で粘っていても、わたしのレベルは上がらないんだ。ちゃっちゃと31層に行かないとね。もちろん安全マージンは取ってあるからさ。
さて、9層で4人をレベル9まで上げて、今度は21層だ。ここもまあ狩場なので、ガンガン行くよ。
21層はパーティのバランスが問われる階層だ。
前衛はわたしとターン、遊撃でイーサさん、後の3人は後衛だね。
グラスラビット、チャコールウッド、ベルベットワーム、そしてスライムなんかをとにかく、斬る。スライムは燃やす。意外と経験値あるんだよね、スライム。しかもドロップするのが接着剤で、これがまた重宝されるんだ。
「また出たよ『ヘヴィーボーンメイス』。ダグランさんにあげますね」
「お、おう」
23層のゲートキーパーをさっくり倒したら、いつぞや見たメイスがドロップした。
レベル0から始めた4人は、ここでレベル13に到達だ。さあここからは31層まで一直線。
せっかくなので31層で2泊して、4人全員をコンプリートしておいた。レアモンスターも2体狩ることもできてホクホクだ。
ターンはレベル23、わたしは31。うう、経験値が重たい。
「これでお二人も大丈夫でしょう」
「助かったぜ。メイジ上がりのプリーストとウィザードをコンプリートだ。そうそう居ないだろ」
「しかも元々がソードマスターとナイトですからね。基礎ステータスが違います」
ダグランさんとガルヴィさんは上機嫌だ。わたしもおだてる。
何にしても、これで二人がお荷物扱いにはならないだろう。むしろ引っ張る側になれるはずだ。
4人もいっぺんにコンプとか、良い仕事したわあ。
◇◇◇
「それでですね。ダグランさんはエンチャンターで、ガルヴィさんはビショップになるみたいです」
「へえ、ダグランさんとガルヴィさんがねえ」
アンタンジュさんは面白そうな顔で、夕ご飯をかっこんでいる。
「リッタとイーサはどうするんだい?」
「わたくしはナイトになるわ!」
「わたしはカラテカですね。近接戦闘に慣れておきたいです」
「へえ。すっかりサワ流だねえ」
そんな流派は存在してないよ。
「それで明日からですけど、オルネさん、ピリィーヤさん、キットンさん。レベル上げてジョブチェンジしませんか」
「ああ、それなんだけどね」
あれ? 年長組が微妙な表情してる。
「まあ、ご飯を食べ終わってから話をしよう」
なんだろ。
「サワ、悪いんだけど、わたしたちはジョブチェンジ止めとくよ」
オルネさんが代表して言った。
「え?」
「考えてごらんよ。わたしたちの仕事はクランハウスを守ることだ。ジョブチェンジして補助ステータスを無くすわけにはいかないんだ」
「でも、すぐレベル上げすれば」
「確かにね、だけどジョブが変わったら、感覚を戻すのにも時間がかかるんだよね。特にキットンなんかはDEX下げたら何にもならないよ」
ああ、そうだ。料理人のキットンさんのAGIとDEXを下げて良いわけがない。ニンジャになる? 条件が厳しすぎる。
また自分勝手だったなあ、わたし。強くなればそれで良いって、それは冒険者の理屈で、いや、わたしの理屈だ。
職業っていう意味だと、補助ステータスを無くすっていうのは重たいもんね。うん、短絡的すぎた。これからは相手の立場も考えてあげないといけないな。良し、大丈夫。
「ごめんなさい」
「サワは悪くないぞ!」
ターンが怖い顔をしていた。目尻に涙が浮かんでいる。
「ターン、ありがとう。でも今回はわたしが悪い。悪いと思ったら、謝って、そして直さなきゃね」
「そうか」
「サワ嬢ちゃん、それにターン嬢ちゃんも、あんたらは良い子だねぇ」
ベルベスタさんがおばあちゃんな笑い方をしながら続ける。
「それでね、新しいパーティを作ろうと思うんだよぉ」
「えっとそれは、職員側の人たちでってことですか?」
「そうさぁ、4番隊だね。メンツはオルネ、ピリィーヤ、キットン、あたしとサーシェスタ。そしてハーティだ」
「えええ?」
今度こそ本気で驚いた。
「あたしのレベルかい? それはボチボチやっていくさ。4番隊は何もしないわけじゃないよ。サワ嬢ちゃんやターン嬢ちゃんに頼らなくたって、35層くらいは楽勝さね」
確かに。だけどハーティさんはどうなんだろう。目を向けた。
「私はもう十分強いですよ。ちょっと事務に専念します。このままロードを続けて、いつか『フルンティング』か『黒の聖剣』を見つけたら、その時はお願いしますね」
『フルンティング』と『黒の聖剣』。ロードが上位ジョブになるためのアイテムだ。
「何処のクランでもやっていることだけどね。必要に合わせてパーティを組み替えるなんてよくやることさね」
「サーシェスタさん」
「ベルベスタだって、エルダーウィザードになったら互助会に戻るかもしれないんだ。いつまでも一緒ってわけでもないさ。それがクランだし、人生なんだよ」
「流石に人生は言い過ぎですよ」
「そうかねえ」
透き通ったサーシェスタさんの瞳を見てドキっとした。そうか、人が集まれば、離れる人も出てくるんだ。このままどんどん大きくなって、誰も居なくならないなんて、そう思い込んでた。
「なあに、こないだみたいなことがあったら、あたしだって前線だ。もちろんベルベスタもハーティもだよ」
そうだね。別にパーティが分かれるからって、付き合いが無くなるわけでもないしね。
「それにさ、育成に目を付けた娘もいるんだろ?」
アンタンジュさんが空気を入れ換えるうに、笑いながら言った。
「ええ、凄いですよ。たしか14歳で基礎ステータスは低いですけど、LEAが17と18なんですよ!」
「そりゃ良いね。他に取られないうちに唾つけときな」
「ええ、明日にでも顔を出しておきます」
一応、孤児たち全員のステータスは確認しておいたんだ。結構有望株がいて、その中でも目についた女の子がその二人だ。ただ、ちょっと性格がなあ。
「それで話を戻すけどねぇ、サワ嬢ちゃん、4番隊の名前を決めてもらいたいんだよ」
「わたしがですか?」
ベルベスタさんが面白そうな顔で話を振ってきた。
「『ブラウンシュガー』っていい名前じゃないかぁ。だったらあたしらもね」
黙って話を聞いていた『ブラウンシュガー』の面々が誇らしそうだ。
そう言えば彼女たちのパーティ名を考えた時はイメージから拾ったんだっけ。じゃあ、わたしから見た4番隊のイメージは。
ハーティさんは時々叱りながら、それでもわたしの我儘に付き合ってくれるお姉ちゃん。
オルネさん、ピリィーヤさん、キットンさんは近所のおばちゃん。近所のおばちゃんたちなんて、画面の向こう側の記憶しかないけど。
ベルベスタさんは出会った時は過激な人だったけど、付き合ってみたら子供に甘いおばあちゃん。
サーシェスタさんは、これまたやり込められた感じはあるけど、それでもわたしを諭してくれるお母さん。
ああ、みんなわたしの我儘に付き合ってくれて、窘めてくれる、このクランの守り手じゃないか。温かい職場、優しい家族。
わたしはこの人たちに良い職場を保証してあげたいし、一緒に生きてみたい。
「オフィス……、違うかな、デスク……、これもちょっと……」
「お? 何か思いついたかい?」
サーシェスタさんが目を輝かせた。
「ここまで出てきてます。えっと、えっと……。そうだ『ホワイトテーブル』!」
「ほう? その心は」
「優しい食卓です!」
「いいねえ」
周りも頷いてくれている。
「相変わらず、サワの感性はいいねえ。決まりだよ。4番隊の名前は『ホワイトテーブル』。クランの食卓だ」
うん。こう言ってもらえるとわたしも嬉しくなるよ。食事はお願いするとして、じゃあ材料とかお金とか、稼いでこないとね。明日からも頑張ろう。
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