第75話 訳あり令嬢たちの宴
「前衛3、後衛3です。絶対に陣形を崩さないでください」
わたしとターン、サーシェスタさんが前、シローネとベルベスタさん、そしてポロッコさんが後ろだ。
前衛3人はステータスでボーパルバニーに対応できる。装備も充実している。なんとかなる。
とりあえず31層の様子を見ながら、各人の、特に後衛3人のレベルを上げる。両方やる。そうしなきゃ、この後が続かない。
一旦30層に戻るっていう考えも浮かんだけど、そこに兎がいない保証がない。なら、ここでやるしかない。
「サワ嬢ちゃん、すまないねぇ。あたしの失態だ」
「31から34層でコンプリートする気だったんですよね。仕方ないですよ」
「だけど失態は失態さぁ。気合いれるとするよ」
うん。それならそれでアリだ。反応速度を上げたウィザードは強い。悪い選択じゃないと思う。
「ロックリザード、4」
ターンの冷めた声が迷宮に響く。
「魔法は温存、前衛だけでやります」
その後も探索は続いた。
「ボーパルバニー、最初だけでしたね」
ポロッコさんが安心したように言うけど、慰めになってない。だけど、後衛のレベルが上がるまでは、待ってほしいっていうのが本音だ。
「おっきいリザード! 普通のも、5」
今度はラージロックリザードかよ。
「氷系魔法!」
「『ティル=ルマルティア』」
わたしの声と殆ど同時に、ベルベスタさんの最強氷魔法が吹き荒れた。ロックリザードは全滅。ラージも瀕死だ。
「前衛突撃!」
それで決着はついた。
もう確定しちゃっても、いいんじゃないかな。
「一旦拠点に戻りましょう」
何かこう、なんかが背中にヒタヒタと忍び寄ってくる気がする。別に霊感とかそういうわけじゃなくって、現実的な悪夢が。
それでも後衛メンバーのレベルは確実に上がった。
ベルベスタさんはレベル14、あっという間にマスターレベルだ。ポロッコさんがレベル20、シローネはレベル22でコンプリートした。ついでにターンがレベル27。
わたしとサーシェスタさんは上がらなかったけどね。
◇◇◇
「どうしよう」
わたしが指揮権限を持つとは言え、これは異常だ。安全を取るなら、速攻で撤退する状況だよ。
拠点にいた『シュレッダーズグレイ』は、一度ボーパルバニー3羽に襲われたらしい。
「ベルベスタさんとリッタを入れ換える」
「サワさん、それはっ!」
当然イーサさんは反対するよね。だけど今は、2つのパーティに速いウィザードを配置しなきゃならないんだ。
「イーサ! サワの言うことを聞いて」
「しかしっ!」
「サワの言う通りよ。今は速いウィザードが必要なの。それができるのはわたくし」
「イーサさん、リッタにはターンを付けます。それで納得してもらえませんか」
「……わかり、ました」
ああ、全然納得してくれてないよ。仕方ない。
「サーシェスタさんとイーサさんも入れ換えます。それならどうです?」
「やります!」
ベルベスタさんもリッタも、今はシーフで本職はウィザード。育てない理由が無い。いや、むしろベルベスタさんがこのタイミングでシーフになってくれていたのが、ありがたいくらいだ。
これで『ルナティックグリーン』は、わたしとターン、リッタとイーサさん、そしてポロッコさんとシローネだ。魔法火力はリッタとターン。特にターンは神速で魔法を繰り出せる。索敵さえしっかりしてれば、探索は可能だ。
残された『シュレーダーズグレイ』は、サーシェスタさんとベルベスタさん、チャートとテルサー、ジェッタさんとハーティさん。
火力が3枚、ヒーラーが4人、エンチャンターも一人。なんとかなるだろう。
◇◇◇
予定が大幅に狂ったけど、この2パーティで後続を待つ。そういうことで合意した。
ただしスキルが尽きたら即撤退だ。そこだけは引けない。
「『芳蕗』」
ターンがMINを30アップさせる。集中力を極限まで高めるためだろう。
「『克己』『明鏡止水』」
わたしも総合力と集中力を高めるスキルを発動させる。スキルは温存するんじゃない。使うべきところで使うモノだ。
「『ダ=ルマート』。サワ」
「おうよ!」
もう、ターンはコールすらしない。出てきたモンスターに適切な魔法を叩き込むことで、その存在を明らかにしている。
「『斬岩』『4連突』!」
それで終わりだった。
「あの、お二人だけの方が強いような」
ポロッコさんが、わたしとターンを見てそう言った。そうじゃない。そうじゃないんだよ。
「何言ってるんですか。見ていてください。それで何かを掴んでください」
それぞれのモンスターの特徴だ。挙動、速さ、力、そういうのを全部合わせて、知識にしてくださいな。
一応『ヴィットヴェーン』には、敵キャラの挙動アニメーションがあった。ゲームでは先行コマンド入力だったから意味は無かったけど、こっちでは違う。そこに打開の可能性があるんだ。
そのためには、目に焼き付ける。見てから攻撃ってヤツだ。
「ふう、ふう」
「はぁ、はぁ」
みんなの疲労が酷い。極限の集中が求められる状況だ。仕方がないと思うし、自分もそうだ。
一旦引くしかない。
「ごめんなさい、3時間休ませてください」
「当たり前です。いいから休んでいてください。こちらは陣地があるので、まだ大丈夫です」
ハーティさんの助かるお言葉だ。ここで強がっても意味が無い。大人しく就寝だ。
「サワ、時間だよ」
「んん、ありがと」
3時間きっかりで、チャートが起こしてくれた。
「状況はどう?」
「レベルが凄い上がった」
まあ、そりゃそうか。わたしですらレベルが2つ上がったくらいだし。
「ボーパルバニーが3回、ラージロックリザードを2回倒しました。それ以外は、31層のモンスターです」
ハーティさんが聞きたいことを答えてくれた。なんとかなってるってことだね。
「じゃあ交代ですね。『シュレッダーズグレイ』は3時間休息です」
「分かりました。お願いします」
◇◇◇
さらに3時間後、『シュレッダーズグレイ』が起きてきた。
さて、ここで今後の方針だ。休憩したせいか、考えが簡単にまとまったよ。
「やることはひとつです。強くなります」
「当たり前じゃない!」
リッタのツッコミはもっともだ。
「単純に強くなるだけじゃないわ。目的を思い出して」
「ええと、『氾濫』の元凶を確認しに行く、だったわね」
「できると思う?」
「……無理ね」
リッタが悔しそうに言う。仕方ないよ。
「だから次善に切り替えます。ここで『氾濫』に抵抗できるだけの力を手に入れます」
「要はレベルアップするってことかい?」
サーシェスタさんが何を当たり前の、って表情で聞いてきた。
「それだけじゃありません。ジョブも実戦経験も、敵の特徴も全部ひっくるめて強くなります」
「なるほど。じゃあ後発のパーティが来るまで粘るわけだね」
「勿論他の人たちが来たら、彼らにも強くなってもらいます。伝令を出して『クリムゾンティアーズ』も呼びましょう」
もうすでに、ここにいる12人全員がコンプリートレベルを超えている。アーティファクトが来るまであと1日。レベルが勿体ないけど、基礎ステータスが伸びるならそれもアリだ。
「ついでに『ホワイトテーブル』呼ぶかねぇ」
「ベルベスタさん!?」
「他のパーティに頼めば、分割してキャリーくらいはしてくれるだろうさぁ」
確かにアリっちゃアリだけどさあ。
「まあそれは、当人たちが同意したらってことにしましょう」
「じゃあ、受け入れ準備だねぇ」
「はい。まずパーティを戻します。働いてもらいますよ、ベルベスタさん」
「任せときなぁ」
「ハーティさん、『ルナティックグリーン』が前に出ますので、陣地の拡張をお願いします」
「分かりました。ですけど、7パーティですよね。間に合うかどうか」
「出来た分だけでいいです。場合によっては『緑』と『灰』の同時出撃です」
やることが決まったら、なんだか楽しくなってきたじゃないか。
病室で動かない体を使ってポチポチゲームをしていた。そんなゲームの世界に来て、身体が自由に動くようになった。強くなれた。仲間もできた。相棒もできた。
まだまだ、まだまだ強くなれる。これが嬉しくなくってなんなんだ?
「あはっ、あはははは!」
「サワ?」
リッタが化け物を見るような目でこっちを見てる。失礼な目つきだねえ。
「ふふ!」
ほら、ターンも笑ってるじゃない。ターンの笑い方って、可愛いのにクールで格好良いんだよね。
「強くなれるんだよ? 笑わずにいられるかってんだよ、リッタ!」
「分かったわ! おほほほほ!!」
まだまだ硬いなあ。ちょっと引きつってるよ?
そのうち全員が笑い出した。笑いながら敵を攻撃し続ける。
いやあ、こういうのなんて言うんだっけ、サバトだっけ。そういや最初の頃に言われたっけなあ、『狂気の沙汰』なんて。
「作戦名は『訳あり令嬢たちの宴』! 各人、奮闘せよ!」
「おう!!」
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