第34話 復興させよう、そして前へ進もう
ダークベアーの目の前まで迫ったジェッタさんの肩を蹴り、ターンが跳躍する。足元のジェッタさんと、目の前のターンという構図だ。
それに対して、ダークベアーは両方に対応した。突進力はそのままに、宙に浮くターンに対して、右腕を振るった。だけどそれは、一般人相手には通用する程度の行動だ。
まずターンは両手両脚で、巨大な手のひらを受け止めた。そのまま張り付くように身を任せる。熊の右手が振るわれた後には、その肩に降り立つターンが居た。その高さは実に3メートルにも及ぶ。そんな巨大な攻撃を、ターンは見事に受け流してみせたんだ。
ジェッタさんも負けてはいなかった。踏み込まれたダークベアーの右膝に、絶妙なタイミングで盾を合わせた。本人は後ろに飛ばされたが、回転しつつも着地に成功する。その行動は、しっかりとダークベアーの体勢を崩してのけた。
「目線はターンが切る。来い!」
ジェッタさんの叫びと共に、わたしを含めた残り3人が一斉に襲い掛かった。
わたしは左、アンタンジュさんは右、そしてウィスキィさんが中央からだ。サモナーデーモンソードよ、ナマクラブレードの魂を纏え!
レベル16のサムライと、レベル16のファイター、レベル15のウォリアーの同時攻撃だ。狙うは脚の腱、もしくは動脈。
上からの攻撃はほぼ想定しなくていい。ターンがいる。ジョブチェンジを繰り返してきたレベル18のシーフが、どれほどの速度と斬撃を見せるか、思い知ればいい。
「ざっくざくだ」
下からの攻撃に気を逸らしたダークベアーは、いつの間にか頭上にいたターンの攻撃を躱しきれなかった。片眼を失う。それは、わたしたちアタッカーにとって、最高のサポートになる。
アンタンジュさんが左脚の腱を断ち切り、ウィスキィさんは右膝を砕いた。わたしは、右脚太ももの動脈を切り裂いた。血が噴き出す。迷宮と違って生々しいにも程があるけど、MINが育っているわたしには堪えないぞ。
「首だあ! ターン!」
「死にさらせ!」
今回ばかりは口ぶりに目をつむろう。
ターンの刃は相手の首を切り落とさなかった。代わりに噴水のような血が、首の左右から飛び散った。頸動脈を切ったんだ。
「血抜き」
そのまま崩れ落ちて暴れているダークベアーから距離を取って、状況を見守る。そのうちに動きが鈍くなってきた。
「いたぶる趣味はないねぇ」
そう言って、アンタンジュさんは腹を見せて蠢いている熊の心臓を貫いた。
◇◇◇
「本当に、本当に倒したのか」
少しして、家の陰から出てきた村人たちが、驚きの目でこちらを見てる。
「ああ、ターン。ターン!」
「やったぞ」
何人かの同年代の子供たちが、ターンに飛びついた。ターンは親指を立てる。格好良いぞ、ターン!
「酒出せ! 食い物もだ! 熊捌け! 宴会やるぞぉ!!」
アンタンジュさんの叫びに、その場にいた全員が歓声を上げた。
「本当にありがとうございます。まさかたった数か月で、ターンがこれほどの冒険者になるなんて」
「仲間に恵まれた」
「そうか、そうかターン。良かったな。頑張ったんだな」
「それほどでもないぞ」
ターンが、やっと笑顔になってくれた。良かった。ここからが本当の凱旋だ。
「サワさん」
「どうしました?」
ターンの勇戦を子供たちに語っていたわたしに、男女3人ずつの村人が話しかけてきた。まだ若い。と言ってもわたしよりは年上だ、20前後かな。
「ターンを冒険者として鍛えたのは、サワさんだと聞きまして」
「そうですね。だけど、ターンの必死の頑張りがあってこそですよ?」
「それは分かっているつもりです。指導をお願いできませんか。俺たちも冒険者になりたいんです。……この村の復興のためにも」
なんとなく分かってはいたけど、想像通りだった。さて、どうしたものか。
「ターン!」
ちょっと離れた所にいたターンを呼んだ。
「なに?」
「この人たちが、村の復興のために冒険者になりたいんだって。ターンはどう思う?」
「サワごめん。手伝ってもらえる?」
「いいよ。だけど無料は違うと思う」
「分かってる。ターンが立て替える」
「あははっ、立場が変わったね」
「金ならある」
どうやら彼らは話の経緯が分かっていないんだろう。オロオロしている。大丈夫。ターンがいるよ。
「あの、どういうことでしょう」
「ターン」
わたしはターンに振った。
「ターンに全部お任せだ。パーティ名を考えて」
「おお、ありがとう、ターン。実はもう考えてあるんだ」
「ほほう」
「『村の為に』だ。俺たちは、ずっと冒険者をやらない。復興のための資金と力を手に入れるためだ。それでもいいか?」
「もちろん。むしろ格好良いぞ」
ターンも嬉しそうで何よりだ。それにしても、村の為に、か。なるほどその通りだ。冒険者は目的じゃなくって手段ってのは、まったくもって間違っていない。わたしとターンは、多分違うけどね。
いいじゃない。目的と手段が一緒だってさ?
◇◇◇
それから2日、わたしたちは村の復興に協力した。
ポロッコさん、ドールアッシャさんも戻ってきた。怪我をした村人たちは迷宮1層で全員完治したらしい。めでたしだ。
「あわわわ、耳とかシッポとか、あんまり、その」
ドールアッシャさんは子供たちに取りつかれ、耳やら色々と蹂躙されまくっていた。ちょっとうらやましい。柴の子犬に纏わりつかれる三毛猫とか、眼福以外の何物でもないね。ナムナム。
「わたくしも耳が長いのに、妬ましいですわっ!」
フェンサーさんは落ち着いて。多分別方面で需要があるはずだから。
「ですけど、スキル無しだと役立たずだって、実感できました。わたしもジョブチェンジを考えるべきでしょうか」
「うーん、どうでしょう」
ドールアッシャさんの悩みに、曖昧な回答になってしまう。正直今回ばかりはイレギュラーだ。
「とりあえず、コンプリートしてからじゃないですか」
「そう、ですね」
彼女のレベルは現在14。まだまだ先がある。その時になってから考えてもいいんだろうけど、ある意味わたしたちに毒されてきたんだろうな。エンチャンターのジョブチェンジなんて、これまでの常識だとあり得なかっただろうし。
その日の夜、多分今晩が、この村にいる最終日になるだろう。それは静かな送別の想いを込めた軽い宴会だった。
片付けの終わった広場に、今、わたしとターン、『クリムゾンティアーズ』の面々が並んで立っていた。
「この村を救ってくれた方々に、再度の感謝を捧げたい。『クリムゾンティアーズ』のアンタンジュ殿、ウィスキィ殿、フェンサー殿、ジェッタ殿、ポロッコ殿、ドールアッシャ殿。そして、サワ殿。ターン! 皆様に我々が救われたこと、それを末代まで語り継ぐことを、ここに誓おう」
『誓おう!!』
村長の言葉に、村人たちが唱和する。ターン、良かったね。ターンは立派に村を救ったよ。
「そして村の復興のために、冒険者となる者たちも現れた。それを導いてくれるのもまた、ターンとサワ殿だ。それについても感謝したい」
「ターンとサワは厳しいぞ」
ターンが腕を組んで脅しをかける。だけど彼らも負けてはいない。
「望むところだ!」
「意気やよし」
なんだかんだで、ターンもちょっと嬉しいそうなのがいいね!
そんな時、ターンと同じくらいの二人の少女が、前に出てきた。
「ターン、ぼくも冒険者にして!」
「おれもだ。頼む!」
いきなり登場したのは、茶柴のボクっ娘と、白柴のオレっ娘だった。どうするんだ、これ。
「チャート、シローネ……。ガット、いいの?」
二人の父親なのだろう。ガットさんらしき人がため息を吐いた。
「どうしても行きたいってな。幼馴染があんなに強くなったんだ。自分たちもと言って聞かない」
「二人は強くなりたいだけなの?」
回答次第では断ることもあるだろうけど、わたしは、そのギラギラとした彼女たちの瞳から、目を離すことができなかった。ああ、この子ら、本気だ。
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