第33話 ターンの村へ、そして





「あたしたちもか?」


「せっかくですし、みんなで行きましょうよ。クランハウスができるのも、時間が掛かるでしょう」


「そりゃそうだけど。みんなはどう思う?」


 アンタンジュさんが『クリムゾンティアーズ』の面々に確認した。


「そうねえ、面白そうだわ。ここのところ迷宮漬けだったし」


「いいな」


「犬耳祭りですわ!」


「楽しそうですね」


「わ、わたしはちょっと」


 ウィスキィさん、ジェッタさん、フェンサーさん、ポロッコさんは嬉しそうだ。ただドールアッシャさんだけはビビっている。そっか、三毛猫耳の彼女が、柴犬耳に囲まれる。とても美しい光景だけど、ご当人としてはアレなのか。


「ドールアッシャも一緒がいい」


「ターンさん」


「ドールアッシャはターンの友達だ」


「……そうだな。ドールアッシャは『クリムゾンティアーズ』だ。今回みたいな楽しそうなコトで仲間外れは出せないなあ」


 そうターンとアンタンジュさんに言われてしまえば、ひとたまりもない。レベルが低いのにエンチャンター互助会の副会長なんかを押し付けられていた彼女だ。こういう仲間チックなノリに弱いのは、皆が知っている。だけどそこに悪意がないならいいじゃない。


「んじゃ、あたしゃ建築の進捗見とくから、みんなは楽しんでおいで」


 というわけで、旅の仲間は揃った。サーシェスタさんは居残りだ。プリースト互助会の面倒もあるし、貴族当主はちょっとねえ。



 ◇◇◇



「肉、肉、肉ぅぅ!」


「ちょっと、ターン落ち着いて」


「わかった。落ち着いて、肉を狩る!」


「あれはホーンブルだよ。まあ確かに肉だけど」


 ターンの村へのお土産には、迷宮産の肉もピックアップされた。たまにはレベル上げ以外も良いだろうと、現在わたしたちは迷宮の第8層にいる。


「いやあ、いつもと役割が逆だね」


「ボケとツッコミ?」


「そこまでは言わないけどさあ」


 とにかく、ターンにしてみれば錦を飾っての帰郷なんだ。ヴィットヴェーンの英雄の一人として、勲章を胸に故郷へ顔を出す。馬車代だけ持って、ステータスカード発行の資金すら足りないような状況だったのにだ。

 あれ? そういえばわたし、ターンがどうしてこの街に来たのか聞いたこと無かったかも。どうしよう。こういうのって今更、聞きづらいなあ。



「サワ」


「ん? なに?」


「ターンはサワに感謝してるぞ」


「もうお金は返してもらったじゃない」


「それだけじゃない。沢山、色々、返しきれないくらい貰った」


「それはお互い様だよ」



「……母さんが死んだ」


「お父さんは?」


「いない」


「だから街に来たんだ」


「そう。そしてサワたちに会った」


「そっか」



「ターンは今、楽しい」


「それなら何よりだよ」


「ターンは強くなる。サワの背中を守るんだ」


「助かるよ。わたしも強くなるからさ。ついてくるのは大変だよ?」


「それはターンの台詞」


「ははは、ヴィットヴェーン最強のバディだ」


「うん! ターンとサワはバディだぞ。ずっとだぞ」



 ◇◇◇



 そして2日後、馬車をレンタルしたわたしたちは、ターンのいた村へと出発した。


 みんなのインベントリには、迷宮産の食料や武器がストックされて、馬車には街で買い込んだ、これまた食料やら服やらが大量に積み込まれている。

 なにせターンの凱旋なんだ。皆がそれぞれ思いつく限りの品物を準備した。

 村までは、馬車を直行させれば1日の距離だ。



 だけど、村は、半壊していた。



「ターン、ターンなのか?」


「……うん。どういうこと?」


「森に主が現れた。死んだやつこそいないが、半分の家と畑を根こそぎ持っていかれた」


 茶色い髪に柴耳を生やした壮年の男の人が、辛そうに状況を説明してくれた。


「……そう。サワ、どうしよう?」


「決まってるじゃない」


「サワ。助けて」


「任せて。アンタンジュさん。指示出しお願いできますか」


 助けることは確定だ。だけどこの場合、多分アンタンジュさんがしっかりと纏めてくれるはず。わたしはサブでいい。



「おうよ。そこのあんた、主ってのはどんなのだい?」


「でかい熊だ。ツノまで生えてやがった。ちくしょう!」


「身体の色は?」


「黒かった」


「ダークベアーだね。襲われたのは夜だろ?」


「ああ、そうだ」


 ゲームでは迷宮以外のモンスターは描かれてない。だからこそ、アンタンジュさんに頼ったんだ。そしてそれは正解だったみたいだ。

 ダークベアー。迷宮なら12階層あたりのモンスターだ。マスターレベルクラスのフルパーティなら、問題なく勝てる。だけど、ここは迷宮の外だ。


 スキルが使えない。


「怪我人は出たけど、人死には出てない。農作物狙いだね。ウィスキィ、ポロッコ! ポーションだ。ステータスカードが無いやつには、念のためアンチポイズンもだよ」


「分かったわ」


「お酒もありましたよね。傷口をお酒で洗ってからがいいと思います」


 消毒の概念はどうとして、伝えておく。こういう時にステータスカードは本当に便利だ。状態異常が一発で分かるんだから。



「ターンがさ、村のためにって持ってきた食い物やら、服やら、幾らでもある。安心しろ。誰も死なせやしないぞ」


「済まない。恩に着る。ターン、ありがとう」


 その村人は、涙を流しながらターンに礼を言った。そこに何かしらの思惑は感じられない。


「ターンはこの村で、どんな生活をしていたんですか?」


 思わず聞いてしまった。


「ああ、シャーン、ターンの母親と二人だった。それでも村の同胞だ。シャーンが亡くなった後、ターンは村を出た。冒険者になると言っていた。それだけだ」


 13歳の子供が村でできることなんて、少なかったんだろうな。

 村を出てヴィットヴェーンに行って、冒険者になって、なんらかの形で強くなる。そして村を助けたい。そんな思いだったのかな。


 じゃあ、この現状はなんだ? わたしの中でどす黒い何かが渦を巻く。



「アンタンジュ」


「ん? なんだい、ターン」


「ありがとう」


「何言ってんだい。まだ、やることがあるだろう?」


 ターンがアンタンジュさんにお礼を言っていた。だけどそうだよ。ヤルことがある。


「熊コロをブチのめすんだよね? ターンの村を襲うなんて間抜けには、躾がいるよね」


「サワ……。落ち着け」


「ごめんなさい。そうだね」


 これもサムライのMINの高さかな。言われれば、すっと怒りが消えていく。だけど、思いは刻まれた。斬る。


「ターン」


「……なに?」


「わたしは冷静だよ。だからその分、ターンがブチ切れていい」


「ありがと」


 怒りに震えているターンを、キュッと抱きしめた。そして『クリムゾンティアーズ』を見る。


「ポロッコさん、ドールアッシャさんは、馬車に治り切らない怪我人を乗せて、迷宮に行ってください。フェンサーさんは村で待機ってことでいいですか?」


「それでいいよ。ジェッタ、ウィスキィ、サワ、それとターン。5人でスキル無しだ。それでもやるよ」


 アンタンジュさんは賛否を聞いてこなかった。分かってるじゃないか。みんなの心はひとつだって。



 ◇◇◇



 夜がやってきた。ダークベアーは夜行性だ。今のところは畑狙いだけど、それがいつ肉食に化けるか分かったもんじゃない。だから、ここで終わりにしなきゃならないんだ。


 作戦は単純明快だ。ターンがかく乱して、ジェッタさんが止めて、残り3人がぶん殴る。それだけだった。


 わたしはインベントリから取り出した、サモナーデーモンの剣を握り直した。スキルは使えないけど、過去の動きは覚えている。それを辿ればいいだけだ。

 何か、妙に冷静だな。これもMINが高いお陰なのかな。


「来た」


 ターンがボソっと言った。わたしにはまだ分からない。だけど、ターンの言葉に合せて村人たちが一斉に松明を付けた。

 現れたのは確かに真っ黒で、頭から謎のツノを生やした熊だった。生意気に2足歩行してやがるし。


「いけぇ! ターン! ジェッタ!」


 怒り狂っているターンと、普段から寡黙なジェッタさんが、声を上げることもせずに相手に向かって走る。

 ターンはワザと目立つ動きで相手の気を誘う。そしてジェッタさんが盾を持って、物理的に相手を足止めする。避けタンクと受けタンクの合わせ技だ。



 さあ、熊狩りだ。ターンの凱旋を邪魔しやがって。覚悟しとけよ。今宵のわたしはちょっと違うぞ!


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