第28話 会議の主導権は欲しくない
「サモナーデーモン!?」
「うむ。良く勉強をしているようだね」
わたしの叫びを拾ったのは、冒険者協会副会長のジェルタード・イーン・カラクゾット男爵令息であった。
◇◇◇
あれから3日後、わたしとウィスキィさんは『クリムゾンティアーズ』代表として、組合事務所の大会議室に呼び出されていた。なんでわたしまで。
周りには有名パーティの代表者さんたちやら、互助会の会長やらがいる。だけどよりによって冒険者協会の会長はいない。何故に。
「ああ、会長は祖父殿がご病気とのことで、領地に向かった。帰ってこれるのかなあ、ははっ」
確か会長は伯爵の庶子の子供だったっけ。祖父の伯爵が死んだら、父親ごと抹殺されるんじゃないか? まあ、今は貴族の世界のことなんてどうでもいい。問題はこの副会長がどういう人物かだ。
「僕はまあ、みんなに任せて責任をとる役割だね。なので話の進行はそうだね、ジャクラシーン卿にお願いできますかね?」
すげえ! そこまで言えるのか。一代とは言え、女男爵当主の目の前だぞ。
「今回の件が上手く収まれば、僕も晴れて協会長かな、ははっ」
そういうところも良いじゃないか。
「さて、じゃああたしから言わせてもらおうかな。黒門から出てきたのは、サモナーデーモンだよ」
サーシェスタさんの台詞に驚いて叫んだわたしの声が、冒頭部分だ。
「サワは知っているのかい?」
「えっと、たしか40層から50層くらいで出てくる、レッサーデーモンを召喚するモンスターでしたっけ?」
あえて疑問形にしてみたけど、確信に満ちている。今回はヤバい。
「その通りだよ。あたしもはぐれが36層に現れた時の1回しか見たことが無い。見て、レッサーデーモンを召喚し始めたのを確認して、逃げた。そりゃもう必死で逃げた」
場がしんとする。レベル30台のモンクの発言だ、茶々を入れる余裕もない。
「レッサーデーモンとか言うのなら、なんとかなるんじゃないか?」
そう言ったのは、この街の3大クランの一つ、『晴天』の代表だ。
「どれくらいのもんかは分からんが。それでもフルパーティなら勝てるんじゃないのか」
「それが10体いてもかい?」
サーシェスタさんが冷酷にツッコミを入れた。代表は黙ってしまう。
こういうネガティブな会議は嫌だなあ。
「サワ、何かないの?」
「ありますけど、わたしがここで発言して、誰が聞いてくれます?」
ウィスキィさんが耳元で囁くが、ここはわたしの出番じゃない。むしろ出張れば面倒くさいことになる気がする。
◇◇◇
「単体なら、倒す方法はあると思うぜ」
わたしたちに黒門の存在を教えてくれた冒険者が発言した。
「ほぉ、お前さんとこは確か15じゃなかったか? それで良く言えたもんだ」
「いやいや、今は12です。だけど前より強い。特にレッサーデーモンとは相性が良いと思うんですよ」
微妙な顔で『晴天』の代表が嫌味を言った。だけど、冒険者は引かない。
「なあ、サワの嬢ちゃん。この場合、レッサーデーモンを倒すのに最適な構成ってどんなだい?」
振ってきた。そして、これを待っていたんだ。
私から言ったところで始まらない。誰かが私に投げてくれるのを待っていたんだ。
「前衛4、後衛でヒーラー1とバッファー1、でしょうか。安定なら、前衛3でヒーラー2のバッファー1ですね」
「なるほど」
「なんだなんだ? バッファーだと!? 最近流行っているのは知ってるが、エンチャンターなんぞを連れていくのか?」
大手クランこそ多様な人材を試すべきなのに、どうやら保守的かあ。面倒くさいなあ。
「それを守るのが、前衛ってもんだろう?」
もうひとつの大手クラン、『リングワールド』の代表者が言った。ほう、こっちは分かってるのかな?
「で、サワのお嬢ちゃんは、ウィザードとシーフは要らないって言ってるわけかい?」
さらにウィーザード互助会の会長さんまで食いついてきてくれた。たしか、ハイウィーザードだったかな? 40代半ばの赤い髪の女性だ。
「まさか。もともと第9層はウィザードの狩場じゃないですか」
そうなのだ。9層は大した強くないけど、数で圧してくるモンスターが多い階層なんだ。それこそウィザードの役回りだ。それを再確認させた。
「悔しくないですか? せっかくの魔法スキルの見せ所を、それを無効化するようなのにウロチョロされて」
「……乗ってあげるよ。つまりあたしたちに露払いをしろっていうわけだね。うまいねえあんた。やっぱり今回の件が終わったら、教導」
「それは終わってから考えましょう」
ウィザードは自分で経験値稼げるから、わたしが手助けする必要ないじゃないか。
「シーフは?」
寡黙そうな中年男性は、『シーフ互助会』の会長さんだ。と言っても、シーフははぐれが多いから、それほどの発言力は持っていない。
「それはもう、大切な役割がありますよ。単独で、敵の発見と報告です。シーフやニンジャじゃなきゃ、絶対にできませんね」
「あははは! 凄いね。いや素晴らしい! サワ嬢だったかな。会議を見事に踊らせた」
副会長が楽しそうに笑っていた。会議が踊るって、そういう意味だったか?
「さあ、君の考えの続きを聞かせておくれよ。後は何が必要なんだい?」
「……指揮系統とそれに従う根拠です」
めちゃくちゃヤバイ。妙なのに目を付けられた。言い過ぎたか。でも仕方ないんだよなあ。
「司令官は僕がやるよ。そして命令をする。だけど、その判断をする人が必要だね」
「それは閣下の御心次第」
「ああ、そういう言い方は、今は良いよ。勲章授与の時にしてくれれば」
勲章くれるのかよ。
「わたしもヒーラーとしてバッファーとして前線に出ます。サーシェスタさんもですね。当然、他の互助会の会長さんたちも役割があります」
「つまりは、協会から出すしかないってことか。それは分かったよ。心当たりはあるから安心していいよ」
その心当たりというのは、まさかとは思うけど、例の受付嬢さんと査定担当者さんではなかろうか。
◇◇◇
「さて、じゃあ最大の問題、サモナーデーモンへの対応だけど、サワ嬢には考えはあるのかな?」
ああ、完全にロックオンされてしまった。まあいい、今回を凌げばやりようはある。
「あります。ですが、今はレッサーデーモンを含めて、9層を制圧する戦力の選定です」
「切り札は最後に聞こうか。じゃあ、レッサーデーモンと9層のモンスター狩りの構成だ」
そうして、噛み合わないジグソーパズルのように、実力者たちの集うパーティをレッサーデーモン用に組み直していく。
もちろんわたしは傍観者だ。せいぜい、『クリムゾンティアーズ』からフェンサーさんを外して、ビショップを1名追加したくらいだ。その1名が副会長のウェンシャーさんなんだから、笑えてくる。
パーティから抜けたウィザードは中堅パーティと組み合わせて、本来の9層を掃除してもらう。シーフは実力次第で、単独か複数かに分けて、索敵並びに指揮本部との連絡役だ。
うん、機能している。これは行けるんじゃないか?
小一時間を経て、編成は纏まった。わたしは口出ししていない。わかったね。
「じゃあ、そろそろサワ嬢、サモナーデーモン攻略の切り札を教えてもらえるかな? 君とターン嬢だったかな、彼女が編成に含まれていない理由も含めてかな」
そりゃ誰だって気付くか。
「サモナーデーモンは、わたしとターンで倒します」
とたん会議室がどよめいた。
「何を馬鹿な!」
「足止めするにしても、酷すぎる! サワさんは必要な人材だ」
「発案者だとは言え、そういう責任の取り方は感心できないね」
とまあ、色々なそして否定的な意見が全部だ。いや、分かるよ。すごい分かるし、わたしだってやりたくない。いや嘘ついた。実は凄いやりたいんだ。
だけどさあ。
「何故、わたしとターンが生贄みたいな言い方に、なっているんですか?」
そこが面白くない。ターンはここにいないけど、彼女だってそう思うだろう。ごめんね、居もしないのに命をベットさせちゃって。
「勝算があるとでも、いうのかい?」
副会長のお言葉だ。ならば返そう。
「ございます。ですが絶対ではありません。わたしとターンがバトルフィールドを形成すれば、サモナーデーモンはその中です」
「た、確かにそうだな」
「その間に、並び立つ強豪パーティでレッサーデーモンを狩りつくしてください。その上で、わたしとターンが倒れ伏したならば、各パーティで挑んでください」
「死を恐れないのかい?」
「お言葉ですが、わたしより死の恐怖を知る者は少ないかと存じます」
なんせ一度死んでいる。
「ですが、わたしは死ぬつもりも、負けるつもりも毛頭ございません。プリーストとエンチャンターを極めし者と、下級ジョブと呼ばれるソルジャーから駆けあがった、最高のアタッカーの競演。その『奇跡の勝利』をご覧に入れることをお約束いたします」
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