第217話 知識チート、発動編





「でも、お菓子くれるって言ってたし」


 珍しくヘリトゥラが食い下がってきた。


「……そうだね、貰ったらちゃんとお礼しないとね」


「うん」


 ぐむむ、ブルフファント侯爵め、やってくれる。

 そして多分、少女趣味なところが始末に悪い。消すか? いやしかし。


「貴族って、どいつもこいつも闇が深いねえ」


「そうね、サワノサキ卿は迷宮バカだし」


「リッタ……」


「違うの?」


「違わないけど、連中と一緒にされるとちょっとさあ」


「あらまあ」


 わたしたちは昨日、ヴィットヴェーンに帰還した。

 そんな場での、一見穏やかだけど不穏な会話だ。



「くっ」


 あの子たちに伝えたい。君たちは狙われてるって。

 だけどあんな純粋な子たちに貴族の闇を見せたくない。今までさんざん貴族をブチのめしてきたけど、それはそれだ。


 それとアレだ。わたしの威厳が問題だ。

 ナデナデとかお菓子とかで、わたしの立場が弱くなってる気がする。どうしよう。


「どうする……」


 だけどわたしにお菓子作りなんて……。いや、そうだ。こういう時こそ知識チートの使いどこじゃないか!

 やってやる。やってやるぞお。


「ふひゃはははは。異世界の力を思い知るがいい!」


「サワ……、大丈夫か?」


 引かないでよ、ターン。



 ◇◇◇



 カカオからチョコレートの作り方、知らない!

 チーズケーキの作り方も、普通のホイップクリームの作り方も知らない。なんてこった。


「どうしよう、知識チートが使えないよ」


「サワ、元気出せ」


 ベルベスタさんから貰ったお菓子をもしゃもしゃしながら、ターンが慰めてくれた。完全に逆効果だよ。

 卵とか牛乳とか、砂糖をぶっこんで混ぜて泡立てればいいんじゃないかなあ、なんていうわたしの作戦は意味なく終わった。そんなのすでに試されていたんだ。お菓子を甘くみてた。いや、上手いコト言ってる場合じゃない。


「考えろ。考えろ、わたし」


 妙なレシピじゃない、シンプルにいくんだ。それしかない。

 それを実現するんだ。どれならイケる? 相手はセリアンを含む少女たちだ。何が喜ばれる?


「美味しさ。甘さ。嬉しい。娯楽、楽しさ……!」


 これだ!

 お菓子の分野で負けても、わたしには異世界知識がある。しかも簡単に実現できそうなヤツがあるんだ。きたぞ、きたぞ知識チート。


「うわはっ。うわはははは。勝った。これは勝つったぞおおお!」


「サワ……」


 だからターン、心配そうな顔は止めて。



 そんなターンの表情は、今喜びに輝いている。


「さあいくよ、ターン!」


「おうっ!」


 わたしは颯爽と『フライングディスク』を空に放った。

 そういうことだ。料理チート? 病床にいたわたしにそんな難しいのは無理だった。だけど、考え方を変えればいい。別に料理じゃなくたってよかったんだ。その結果がこれだぜ。


 一応マーティーズゴーレム製なので、強度は保証されてるよ。

 ミソは相手に真っすぐじゃなくって、少し、いや大幅にズラして、しかも高さを付けて放ることだ。


「わふう!」


 わたしが投げた瞬間、軌道を読んだターンがしゅばばばばって走ってジャンプした。その手にはフライングディスクがキャッチされていて、彼女はそれをわたしに投げ返す。

 なんというか、見たこともないくらいの笑顔だ。それくらい楽しいのか。


「勝った。見たかよなんとか侯爵。これがわたしの力だ!」


「サワ、もっかいだ!」


「ずるいぞターン!」


 チャートとシローネが苦情を出した。


「順番だよー」


「やむなし」


 そうそう、仲良くね。



 ◇◇◇



 調子に乗ったわたしは、次にコマに手を出した。

 例によってドワーフのおっちゃんに形を説明したら、簡単に作ってくれたよ。ただし、紐で回すのはやったことないので却下だ。


「サワ、それはなんだ?」


『フライングディスク』に続き、新たな遊び道具の登場に、年少組の期待はうなぎ登りだ。わたし、大勝利。


「これはコマって言って、回して遊ぶんだよ。見ててね。やるよー、えい!」


 ぎゅおおおおお。

 わたしが指力をこめて軸を回したコマは、そのまま地面を抉って地中に潜り込んでいった。


「すごい! どれくらい穴を掘れるか比べる遊びなのね!」


 ズィスラの称賛が浴びせられるけど、違う、そうじゃない。


「ええっと、その、キットンさん。鉄鍋、鉄鍋貸してくださいー」


「なんだいなんだい」


 そう言いながらも、キットンさんは厨房から鉄鍋を持ってきてくれた。



「これはね、回して遊ぶの。ドリルじゃないの」


「どりる?」


 リィスタが不思議そうに聞いてきた。


「男のロマン、じゃなかった、気にしなくていいの。とりあえずやり直すから、見てて」


「うん」


 責任重大だ。なんでコマ回しでこんな気分になるんだろう。やるせない。

 だけど、達成してみせる!


「えいっ!」


 さっきよりはSTRを抑え目にして、コマを回す。ちゅいぃぃいんって、なんかコマらしくない音を立てながら、それは鉄鍋の底で踊り始めた。成功だ!


「ふらふらしてるけど、これ、どうするの?」


「これはね、戦いなんだよ、テルサー」


「戦うの!?」


 そうさ。わたしはぱしっとコマをすくい取って、それをテルサーに手渡した。さらにもう1個をシュエルカに。


「せえので、二人同時に回してみて。やってみたらわかるから」


「うん……」


 シュエルカが頷く。彼女ならやってくれそうな気がするんだ。地味にわたしと同じ波長を感じるから。



「じゃあいくよー。せーの!」


 シュエルカとテルサーが同時にコマを回した。きゅいぃぃぃんって、なんかおかしな音してるけど、そこは無視。行方を見守ろう。


「あっ!」


 テルサーが叫んだのは、両者のコマが接触した瞬間だった。

 彼女の放ったコマが、シュエルカのそれに弾き飛ばされて、宙を舞ったんだ。


「シュエルカの勝ち、か……」


 飛んできたコマをしっかりと捕まえたジャリットが呟く。

 あれ? なんかシリアスっぽくなってない?

 わたしとしては、みんなで和気あいあいって感じを期待してたんだけど。


「サワ、コマは幾つある?」


「えっと、よっつ」


「『ブラウンシュガー』隊長、シローネが判断するぞ」


 シローネ!?


「『ブラウンシュガー』全員と『ルナティックグリーン』の5人、他に参加者はいるか?」


「ここはわたしの出番ですね」


「やってやるぜー」


 ワンニェとニャルーヤも参戦してきたあ。


「13人か。まずは予選だな」


 年長組、ニヤニヤしてないでなんとかしてよ!



 ◇◇◇



「いけっ! 『黒風絶波』」


「負けるな。『ブライトネス・ダガー』」


 数日後にはこの有様だった。それぞれがカスタムしたコマが鉄鍋改めコンバットフィールドで戦っていたよ。ちなみに、ズィスラとリィスタの戦いだったりする。

 よくある話なら、これで大儲けしてウハウハなんだろうけど、わたしはそうしなかった。なんか冒険者と伯爵やってたら、そんな余裕が無かったってのもある。だけどさ、いいじゃん。子供たちが楽しそうなんだから。



 それからもわたしは、知識チートを繰り出した。

 凧、けん玉、そして双六。全部ローテクなんだけど、なんだか全部ウケた。


「とうっ」


 ターンがわたしの教えた掛け声を発しながら、タコ糸を駆け抜けた。

 そうだよ、あのシーンだ。どのシーンかは言わないけど、ターンは宙にある凧目指して、タコ糸を駆け上り、凧に取りついて空に浮かんだんだ。


「完璧だよターン! ニンジャはそうじゃなくっちゃ」


「むふん!」


 えっと、本来の凧とは違う遊び方になってるのは見なかったことにしよう。たのしければそれでヨシ!



「くっそ、2かよ」


「ふふふ、1回休みね」


 双六はむしろ大人にウケた。

 最初にわたしが作ったのを大幅改造した上に、ルールが複雑化して1プレイ1時間超なんて巨大作になってる。


「賭け事は程ほどですよ」


「わかってるさ。酒瓶くらいだよ」


 ウルマトリィさんはそう言うけど、エキサイトしないでね。



 そんな感じでレトロな娯楽文化が、ヴィットヴェーンに新しくて楽しい風を呼び込んだ。


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