第189話 目を覚ませ!





 闘技場は死屍累々だった。


 ある人は足を折られ、ある者は打撃をもらい、一様に蹲ってる。意識があるのがまた始末に悪い。重たいうめき声が響いていた。フルプレートメイルを装備しながら、不甲斐ないにも程がある。

 もちろん倒れてるのは、ベンターさんとヘックスさんを嘲笑してたナイトやらヘビーナイトだ。


「なんなのだ。なんなんだこれは!」


 ベースキュルトがなんか言ってるけど、これは当然の結果だ。

 ウィザード組はビビって声も出ていない。


 腕を組んでうんうん頷いてるドールアッシャさんが印象的だった。



 ◇◇◇



 わたしは昔日、もとい昨日を思い出す。


「モンスター? 相手はただの肉です。岩です。それがちょっと動いてるだけです」


 特別教官にはドールアッシャさんをお呼びした。

 ベンターさんとヘックスさんはカラテカを2日、グラップラーを2日、それぞれレベル50台に上げた。本当はカラテカの後はプリーストになってもらいたかったけど、まあ損はない。

 そして5日目だ。


「サワさんに鍛えられたレベル50台のグラップラーなんでしょう。33層のモンスターなんてただの的です」


 そう、ここは33層だ。ベースキュルト組は35層でレベリングしているはずで、まさかその2層上で謎の殺戮が行われているとは、知る由もなかろうて。

 ドールアッシャさんがアゲアゲで過激なことを言ってるけど、まあ本当だ。


「相手はただの肉であります!」


「俺もやります!」


 言葉ってのは力だ。影響受けてるなあ。



「相手が剣を持っていたなら楽勝です」


 ドールアッシャさんが暴言を吐いた。


「それはどういうことでありますか」


 ベンターさんが当たり前のことを問う。そう、当たり前がそうじゃなくなりつつあるんだ。


「剣を持つ者は剣に頼ります。自分より遅い剣など、むしろ好都合。掻い潜ればそれで勝ちなのですから」


 そりゃそうだけど。


「飛び込んだその先に、関節があれば挫き、腱があればちぎり、骨があれば砕き、肉があれば打ち込んでください。それが近接戦闘者の為すべきことです」


 あのドールアッシャさん? いつからそういうキャラでしたっけ。


「スキルを使い込んでください。それを身体に覚えさせるんです。それをスキルトレースとわたしたちは呼びます」


「了解であります!」


「わかりました!」


 なんでふたりとも普通に頷いてるの!?



「やれ」


「わ、我、私たちもかい?」


 いい機会だから、レベル50台のパワーウォリアーになったポリィさん一行も、ヴァンパイアボーンを持って参戦だ。いいから殴れ。盾なんぞ甘えだから渡さないぞ。

 チャート教官の無情な言葉は二文字だ。


「いいからやれ」


 おっと6文字に増えて圧が増したぞ。

 早くやりなよ。素手のふたりよりマシじゃない。


「でっ、ポリィさん、ここは私が」


 おっと、カクさんが前に出るか。覚悟キメたのかな。あと、殿下って言いかけたろ。


「だめだ。ポリィが一番弱い。だから前に出ろ」


 チャートはどこまでも無慈悲だった。



 ◇◇◇



「これがマルチジョブ、と言うより、基礎ステータスとレベルの力ですね」


 一旦迷宮に入って全員の治療してから、再び闘技場に戻ってきた。


「貴様、我々のレベリングで手を抜いたな!」


「手を抜く!? わたしから一番遠い言葉を、よくもまあおっしゃいます。そもそもベースキュルト卿の希望通りのレベリングですよ」


「ではなぜベンターとヘックスがああまで強い」


「それはもう、ふたりが頑張ったからとしか。それと手を抜いたと言いましたね? 王女殿下までがその手で指導して、それでいて手を抜いたと。本気でおっしゃっていますか?」


「そ、それはっ」


「ではもう一本いきますか。ターナ、ベースキュルト卿に一手御指南を」


 ターナは19ジョブ目でロードの42。負ける要素がない。


「わかりました。ベースキュルト卿、勉強させていただきます」


「……姫殿下に手を上げるなど」


「この場において、わたくしはひとりの冒険者、遠慮なくどうぞ」


「ぼ、冒険者などと」


 この期に及んでまだ冒険者をバカにするか。



「逃げるのですか?」


「や、その、ではあくまで訓練ということで」


「よろしいでしょう。ではどうぞ」


 勝負は一瞬だった。ベースキュルトが振り下ろした木剣は、ターナの剣に絡め捕られてどっかに吹っ飛んた。

 そのまま膝に2連撃した後、崩れ落ちたベースキュルトの喉元にターナの剣が突きつけられた。どうよ。


「お見事です姫殿下。私の敵うモノではありません」


 ああ、花を持たせたって体裁かあ。


「こういう時によくある表現がありますよね。わたしが勝ったら、そちらが勝ったら、そう言って条件をつけるんです。ですが、余りにみっともないので、条件はナシです」


「きっさまあ!」


 誰が姫様に花を持たせて穏便に済ませそうなんて、させてやるもんか。

 あんたらはけちょんけちょんに負けたんだよ。あらゆる意味で負けたんだ。



「だったら、ベースキュルト卿とその愉快な仲間たちは、誰にだったら勝てるんですか?」


「……ただ効率よくパワーレベリングしただけではないか」


「そうですよ。それに何か問題でも?」


「ならば私たちとて」


 いい年こいてつまらないグチかよ。


「引き受けてもいいですけど、レベル60で頭打ちですよ。その時にはもうベンターさんとヘックスさんには絶対追いつけませんね」


 半分嘘だ。ふたりにはこのあと後衛に回ってもらうから、地上戦だと流石にレベル60のヘビーナイトには勝てないだろうね。だけど、迷宮ならどうかな?


「わたしたちはどちらでも構いませんよ。ただ、王都に戻ればヴィットヴェーンで鍛えたキールランター最精鋭です。黙っていてもわたしが陛下にそう報告します」


 また氾濫が起きたらどうなるかな?


「聖騎士団のみなさんは前回の氾濫に参加していませんでしたよね。わたしが教えてあげますよ」


「貴様っ、なにを!」


「どう伝わっているかは知りませんけどね、敵の主力を倒したのは『訳あり』と『万象』です。王都の騎士団、魔術師団、冒険者たちは補助しかしていません。それでも助かりましたけどね。ベースキュルト卿の取り巻きなんて逃げ出しましたもの。ありゃ貴族として終わりですね」


 ベースキュルトが苦い顔をしてる。武力はともかく、政治力としてはガタ落ちだったろう。


「わたしたちが到着する前にベースキュルト卿が取ろうとした作戦が、危なくなったら冒険者を囮にして戦う、だそうでした。『訳あり』が阻止しましたけどね。さて、次があった時、囮にされるのは誰でしょうね?」


「なっ! そんなことはせん」


「そうですか。ですが聖騎士団のみなさんはどう思いますかねえ」


 聖騎士団、特に下っ端っぽい人たちの顔色は青い。



「後衛のウィザードはヘビーナイトの皆さんが守ってくれるかもですね。ついさっき2対17で完敗してましたけど」


 もはや場は静まり返っていた。ベースキュルトは口をパクパクさせて言葉がでてこない。


「ベースキュルト卿、わたしは貴方たちに死んでほしくないです。だって、わたしたちは戦友じゃないですか。一緒にキールランターの氾濫に立ち向かったじゃないですか。たとえ貴族の見栄だったとしても、戦ってレベル50以上にまでなったじゃないですか」


「……志願者はいるか」


 ベースキュルトがついに、決定的な言葉を吐いた。


「志願者はいるかと聞いている!」


「志願いたします!」


「俺も志願します」


 ぱらぱらと何人かが前に出た。ええと、ヘビーナイト10人、ウィザードは全員か。


「では、ベースキュルト卿を含む8人は、明日以降も『ライブヴァーミリオン』とレベリングですね」


「何を言っている」


「はい?」


「私もジョブチェンジだ。ロード系ジョブは他にあるのだろうな」


「え、ああ、ロード=ヴァイがありますね」


「ならば目指すはそこだ」


 ああ、そうですか。だったら最初からホワイトロードにならなきゃ良かったのに。

 わたしは残り7人をちらりと見やった。


「わ、我々も志願いたします!」


 はいはい、そうなりますよね。



 ◇◇◇



「では、本日は休養日に充ててください。夜に協会事務所に集合。明日以降の打ち合わせをします」


「よかろう」


 偉そうなのは相変わらずかよ。


「ベンターさんとヘックスさんは、プリーストになってきてください。30分以内です」


「了解であります!」


「わかりましたあ!」



 周りは唖然としてるけど、ふたりは当たり前のように良い返事だ。うんうん、素晴らしい。


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