第221話 終息の後で急報がやってきた





「なるほど、アレが氾濫の親玉かあ」


 2日かけてボルトラーンの46層まで上がってきた階段の先に居たのは、でっかくて赤いカニだった。


「『ブラッドクラブ』だね。長距離攻撃があるから気を付けて」


「魔法?」


「うんにゃ、水鉄砲」


「みずでっぽう?」


 キューンが首を傾げてる。ああ、鉄砲ないもんねえ。


「凄い勢いで水が飛んでくるの。当たったら、体に穴が空くかも」


「ええ!?」


 ビームとどっちが強いんだろ。



 ◇◇◇



 110層くらいからここまで登ってきたお陰で、ほぼ全員がレベル100を超えてる。ジョブチェンジしなかったのは、転移した旧42層に何がいるかわからないからだ。

 100層クラスが層転移してるはずなので、それに対応しなきゃならない。なので、レベルでゴリ押しを選択したんだけど、その前に氾濫ボスに出会ったってわけだ。


「だけど例外が一人いる」


「どうしたサワ、急に」


 ウルマトリィさんがツッコミを入れてくるけど、言ってみたかっただけだよ。


「ポンタリトさん、出番ですよ」


「えっ?」


 そうポンタリトさんは、ベアートさんとならんでエルダーウィザード持ちな上、今はラドカーンなんだ。今回の氾濫アンド層転移で唯一ジョブジェンジを敢行した存在。レベルは75だ。十分通用するね。



「サワ、どういうことだい?」


「ボルトラーン氾濫の元凶ですよ? 『セレストファイターズ』が討伐しなくてどうするんです」


 ウルマトリィさんの問いに、簡単に返してあげた。


「嬉しいこと、言ってくれるねえ」


 そこには二重の意味が込められている。


「出番を譲ってくれた上に、アタシたちが勝てるって判断したんだよな」


「もちろんです」


「ちなみに勝率は?」


「10割です。負ける要素なんてありません」


「あははは! やるぞ、てめえら。気合を入れろ!」


「おう!」


『セレストファイターズ』が気勢を上げた。



「弱点はグランドクラブと一緒です。魔法攻撃からタコ殴りしてやってください」


「あいよぉ!」


「じゃあわたしたちは、周りを掃除します。今更指示出しなんてしませんよ。自分たちの力で勝ってください」


「おうっ!」



 ◇◇◇



 30分くらい後かな、46層は静かになっていた。

『ルナティックグリーン』と『ブルーオーシャン』は全員が単独で、つまり12パーティになってグランドクラブを狩りまくって、『セレストファイターズ』は『ブラッドクラブ』を倒してのけた。

 ただし魔法を撃ち尽くして、さんざんダメージを食らってたけど。だから長距離攻撃に気を付けてって言ったじゃないか。


「鎧のつなぎ目、穴だらけですね」


「厳しいなあ。でも痛感したよ。アタシたちはまだまだだなあ」


「それを言ったらわたしたちもですよ」


「呆れるよ」


「さあ、3時間休んだら登りましょう」


 わたしたちは大丈夫だけど、『セレストファイターズ』にはスキル回復が必要だ。でもまあ、今は達成感に浸っていてほしいかな。この氾濫を収めたのは、紛れもなく『セレストファイターズ』なんだから。

 それと『ブラッドクラブ』のドロップした甲殻は、鎧にも使えそうだ。さすがにセラミックビートルには劣るだろうけど、物理耐性ならこっちが上かも。



「そろそろいいかな。多分、みんなが心配してるから」


「ああ、兄貴は特にそうだな」


「……そうですね」


 ウルマトリィさん、あのお兄さんの話題、あんまり出してほしくないなあ。

 ついでに言えば、みんなと再会する前には大したことないけど、それなりの壁があるってことも。


「さて、この先だ」


「間違いなく43層なんですよね?」


「ああ、何度も確認した。ここは間違いなく43層だ」


 地元出身のウルマトリィさんが言うならそうなんだろう。

 ちなみにここまで来る途中のカニは一掃した。ゆえに事実上迷宮氾濫は終わったってことになる。後は旧42層、多分110層くらいになってる『ザコ敵』を蹴散らして、みんなに無事な顔を見せるだけだ。



 ◇◇◇



「どもども、お待たせして心配かけてすみません」


「トリィは無事なのか!」


「ええ、もちろん。大活躍で、大功績ですよ」


 ウルマトリィさんのお兄さん、ピースワイヤーさんがきょろきょろ顔を動かして、ウルマトリィさんを発見した。


「兄貴ぃ!」


「トリィ!」


 ひしと抱き着く二人なんだけど、ホントに普通の兄妹なんだよね? ホントだよね?

 残り5人の『セレストファイターズ』が、酷く歪んだ顔してるんだけど。


「ねえタイガトラァさん、アレってどうなんです?」


「トリィは素直なんだけど、兄貴の方がなあ」


「闇が深いですね」


「ああ」


 聞かなきゃよかったよ。



「サワねーちゃん!」


「キューン!」


 こっちには『オーファンズ』のメンバーが駆け寄ってきた。よしゃよしゃ。


「大人のみんなを抑えるの大変だったんだよ。サワねーちゃんたちなら絶対戻ってくるって言ったのにさ」


「そっかあ。ありがとね」


 変に決死隊とか組んで、42層に突撃されたらとんでもないことになってかもしれないね。

 ファインプレーだよ。これはハーティさんに伝えて査定上乗せだ。



「さてみなさん!」


 大声で伝える。大切なことだね。


「今回の『氾濫鎮圧』お疲れさまでした。まだ数週間は調査が必要でしょうけど、100層から上の異常は、ほぼ片付きました」


「片付いた、とは」


 いつの間にかウルマトリィさんと離れたピースワイヤーさんが傍にいた。

 いや、それ以上近づかないでね。


「46層にいた『ブラッドクラブ』、つまり氾濫の首魁ですね。それは『セレストファイターズ』によって退治されました!」


「おおおう!」


 冒険者だけじゃなく、騎士団までもが尊敬の目で『セレストファイターズ』を見てる。これでいい。ボルトラーンのことはボルトラーンが終わらせる。最善だぜ。


「それ以外の『グランドクラブ』も、ほぼ一掃しました。さらに言えば、42層と入れ替わった110層も掃除完了です」


 110層って聞いて、みんがビビってる。そりゃまあ、突入してたら全滅必至だったからねえ。


「迷宮異変の経験者として宣言いたします。『セレストファイターズ』の大活躍と、ボルトラーン冒険者、騎士団の努力によって、氾濫は終息したと断定します!」


「……うおおおおお!!」


 まだ油断はできないけどね。釘は刺しておいたほうがいいかな。


「ただぁし! 氾濫は迷宮の生態系に影響を及ぼす場合があります。最低でも60層まで、調査隊を出すことを進言いたします」


「……なあ、60層って誰が行くんだ?」


 知らないよ。



 ◇◇◇



「此度の件、本当に助かった。ビルスタイン侯爵家として、ボルトラーン迷宮総督として、感謝する。私の言えたことではないかもしれんが、今後とも友好を結びたい」


「大歓迎ですよ。和解したんですから、言いっこなしです」


「そう言ってもらえると、助かる」


 翌日、侯爵邸応接室での会話だ。

 瓦割りをした部屋じゃないのが残念。思い出深かったのに。



「閣下」


「どうした?」


 執事さんっぽい人が、ノックとほぼ同時に入ってきた。青い顔してるけど、どうしたんだろ。


「ヴィットヴェーンの使者を名乗る方がお越しです」


「……通せ」


 ヴィットヴェーンの使者? ああ、そういうことね。

 執事さんが青い顔してるのも理解できた。圧にヤラれたんでしょ。


「サワさん。緊急報告です」


 するりと応接に入り込んで、侯爵やボルトラーン側の人たちを完全に無視して言い放ったのは、『シルバーセクレタリー』のひとり、ポナチーワだった。

『オーファンズ』じゃなくて『シルバーセクレタリー』が動いた。すなわちオオゴトってわけだね。


「続けて」


「サワさんたちが出撃した2日後、ベンゲルハウダーよりヘルハウンドを主体とした氾濫が報告されました」


 まーたレベル70クラスの氾濫かあ。ベンゲルハウダーってヘルハウンド多すぎ。あそこは『フォウスファウダー一家』とか結構強いパーティが育ってるはずだけど。


「ハーティさんの判断で『ライブヴァーミリオン』と『ブラウンシュガー』が救援に向かいました」


 まあ、妥当な判断かな。だけどそれだけじゃないんでしょ?


「さらに2日後、ヴィットヴェーン46層、53層、68層に『黒門』が現れました。それが4日前の情報です」


「そう来たかあ。色は?」


「46層と53層は桃色、68層は……、白です」


「白!?」


 聞いたこと無いぞ。なんだそれ。



「侯爵閣下、申し訳ありませんが」


「ああ、祝宴とはいかないようだな。後日必ず礼をする。行ってくれ」


「アタシも当然行くからな!」


 ウルマトリィさんが立ち上がった。ホントなら『セレストファイターズ』だけ残して、後始末の予定だったけど、そうも言ってられなさそうだ。


「ポナチーワ、ベンゲルハウダーには?」


「アッシャーが行っています。オリヴィヤーニャ様と相談の上、判断を委ねると」


「了解。みんな、行くよ!」


「おう!」



 迷宮めえ、ついに連携まで取り始めたのか!?

 いいさ、やってやる。冒険者、舐めんなよ!


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