第222話 サワノサキの子ら





「なあ、サワねーちゃん、ぼくたちも」


「ありがとう。だけどここに残って。『オーファンズ』ボルトラーン支部には、ここの監視をしててほしいから」


「……うん」


 こんな小さい子たちの物分かりが良くって、むしろこっちが苦しくなるよ。ありがとう。本当に頼りになる仲間たちだ。


「わたくしたちの帰る場所は必ず守ってみせるわ。だから安心して報告を待っていて」


「わかった、リッタねーちゃん」


 さあ、この子たちの期待に応えなきゃね。


「『訳あり』転進。ヴィットヴェーンに向けて全速だよっ!」


「おう!!」



 ◇◇◇



「状況はっ!?」


「半日前に46層と53層の黒門が開いたよ。今、対応中だ」


 ヴィットヴェーン迷宮の1階にある簡易指揮所には、ジェルタード冒険者協会会長がいて、状況報告をしてくれた。

 他にも迷宮総督たるポリュダリオス第5王子殿下、ベースキュルト聖ブルフファント騎士団団長。さらにはハーティさん、サーシェスタさんと『シルバーセクレタリー』の面々がいた。


「ハーティさんが全体指揮ですか。ベルベスタさんは迷宮に?」


「まあ、そうなるね」


 会長と総督が頷いた。じゃあさ、なんでブルフファント騎士団がここにいる?

 目を逸らすなよ、ベースキュルト卿。


「戦力過剰なのだ」


「はい?」


 苦い顔をしてベースキュルトが絞り出すように言った。


「53層には主立ったクラン、46層は『サワノサキ・オーファンズ』だ。冒険者が3000人以上だぞ。迷宮は大混雑だ」


「王子殿下の護衛、お疲れ様です」


「……ああ」


 そういうことだったかあ。

 今現在『サワノサキ・オーファンズ』の構成メンバーは2500人を超える。それに加えて、深層探索が進んで活況にいるヴィットヴェーンの冒険者たちも参加してるわけだ。これは酷い。



「46層は『クリムゾンティアーズ』、53層は『晴天』が指揮しています」


 ハーティさんがさらりと報告してくれた。


「主敵は?」


「46層はジャイアントフロッグ。53層はハーピーの群れのようですね。1時間前の報告です」


『オーファンズ』の子たちが嬉々としてレベルアップしてるのが、目に浮かぶよ。


「問題の68層は」


「桃色まできたそうです。つまり皆さんの出番ですよ」


「あははっ、そうですね」


 とりあえず行ってみるしかないかな。



「我の出番だな」


 ドバンと扉が開かれて、オーブルターズ殿下が登場した。なんだかなあ。


「王都より、ヴィットヴェーンの危機と聞きつけ参上した。借りを返す時が来たようだな」


「『ライブヴァーミリオン』はベンゲルハウダーですよ」


「なにっ? そうなのか……。ならば我がその分も働かねばな!」


 やる気マンマンだよ。どうすんだ、これ。


「ハーティさん、指示を」


「丸投げですか」


「いいから指示を」


 とにかく、適当でもいいから指示だして。従うからさあ。


「……『ルナティックグリーン』『ブルーオーシャン』『セレストファイターズ』『万象』、それと『聖ブルフファント騎士団』は道中を確認しながら68層を目指してください」


 そうそう、そうこなくっちゃ。特に『万象』と『ブルフファント』のメンツを立てるのが上手い。


「スキルは大丈夫ですね? じゃあ行きましょう」


「まて、指揮官は誰になる」


 ベースキュルトが面倒くさいことを言いだした。ああ、もう。


「わたしです。文句ありますか?」


「……よかろう」


「我も従うぞ!」


 だったら最初から言うなって。



 ◇◇◇



「ベルベスタさん!」


「あぁ、お戻りかい」


「はい」


 46層は酷い有様だった。なにが酷いって、人口密度だ。

 ひとつの階層でこれだけの冒険者がいるのって、初めて見たよ。どこの通路も広間にも、冒険者っていうか、ちびっ子たちがいる。なんなんだ、コレ。


「あ、サワおねーちゃん、お帰り!」


 なんて言いながらジャイアントフロッグを倒してる。強いなあ、みんな。


「よっしゃあ、レベル75!」


「ジョブは」


「ハイニンジャだよっ!」


『オーファンズ』はバランスを重視しながらも、どこか尖ったレベリングをしてる。

 ニンジャ系、ナイト系、ウィザード系。なんでサムライ系が無いのかね。



「数の暴力に対して、数とレベルの暴力ね」


 しみじみとリッタか呟いた。同感だよ。


「ベルベスタさん、これから下層に行くんですけど、どんな感じですか」


「あぁ、問題無しだねぇ。変なのが出てこないのを祈るだけさあ」


 そうなんだよねえ。黒門の向こうからなにが出てくるやら。



「子供たちばかりにこのようなっ」


「ベースキュルト卿、これがヴィットヴェーンですよ」


 わたしは現役の伯爵なので、侯爵子息への言い方ってこんな感じになっちゃうんだ。


「これが貴様の目指したものか!」


「ちょっと違いますけどね。でもまあ、頼もしい冒険者がいっぱいって、いいですよね」


「理解できん。狂人が」


「褒めても」


「欠片も褒めておらん!」


「さいですか。わたしだって、子供たちに負担をかけるのは心苦しいですよ。だけど」


「もういい!」


 ベースキュルトが吐き捨てるけど、黙ってられないね。


「あの子たちは必死に戦ってます。懸命に生きてます。それを憐れむのは侮辱ですよ」


「……わかっている。わかっているんだ。それでもな」



 ◇◇◇



「アンタンジュさん!」


「おう、来たか」


 47層への階段近くにあった黒門前では、『クリムゾンティアーズ』が中心になって戦ってた。

 彼女たちならジャイアントフロッグなんてものともしない。慣れてるしね。


「マッチャーとリンドールは当然として、マーサさんまで」


「あら、冒険者は諦めないんですよ」


 そう言いながらマーサさんはカエルを撲殺してる。笑い顔が怖いって。

『サワノサキ・オーファンズ』のクランリーダーたるマッチャーは、コウガニンジャをやってる。副リーダーのリンドールはロウヒだね。

 わたしたちが渡したわけじゃない。自分たちで冒険して、そして得たアイテムでジョブチェンジしたんだ。この子たちは、そこまでできるようになった。正直、感動だよ。


「サワ、ここは俺たちだけで十分だ!」


「そうです。サワさんたちは先に行ってください」


 まったく二人とも頼もしいったら、ありゃしない。


「……そうか、強い子らなのだな」


 ベースキュルト、あんたそういうキャラだっけ?

 まあいいや。先に進もう。


「あ、ワンニェとドールアッシャさんスイッチね。ドールアッシャさん凄いですよ」


 レベル124のフサフキだ。頼りになりますよ。

 そんな感じで『クリムゾンティアーズ』と『ブルーオーシャン』を元のメンバーに戻した。そんな時だ。



「なんかでっかいのが出てきたぞー!」


『オーファンズ』の誰かが叫んだ。

 ああ、確かにその通りだ。黒門からぞろぞろと、毒々しい紫色をしたでっかいカエルが這い出てきてる。


「ギガントフロッグ……」


 レベル80相当じゃないか。確かにヴィットヴェーンで戦ったことはあるけど、普通は単体なんだぞ。群れを成すなんて。

 それに対して位置的接敵判定をもらうのは『オーファンズ』1番隊、『元気が一番』じゃないかっ!


「マッチャー、リンドール! 逃げて!!」


 そうだ、巻き込まれたのはマッチャーとリンドール、それと4人の元孤児を含めた『オーファンズ』最強のパーティだ。だからって。


「サワさん。わたしたちを甘くみないでください」


「俺たちの力、見せてやるぜえ!」


「サワ、やらせてやれ」


「ターン」


「信じてあげて。あの子たちを」


 ターンとリッタが自信ありげに、彼らを信頼しろって言う。


「サワさん見ていてあげてください」


 マーサさんまで。

 わかったよ。わたしも腹をくくろう。



「でっかくて、硬くて、力がつよいだけのジャイアントフロッグだよ! 速さは大したことない。みんなの力、見せつけて!」


「おうよ!」


 マッチャーが力強く応えてくれた。


「『BFS・INT』『EX・BFS・INT』『北風と太陽』!」


 リンドールが全開のINTバフを掛けて太陽を出現させた。

 ジリジリとした高熱がカエルを焦がす。


「『BFS・INT』『EX・BFS・INT』『EX・BFW・SOR』」


 別の女の子がレベルを削って、広域バフを掛けた。あの子が本命バッファーなんだ。


「『克己』『活性化』『芳蕗』『一騎当千』『ハイニンポー:ハイセンス』」


 マッチャーや他のメンバーが自己バフを掛けまくって、そしてギガントフロッグに飛びかかっていった。



「『秘宝サンポ』!」


 トドメはリンドールの魔法だった。

 前衛系の4人は毒を食らって、弾き飛ばされてダメージを貰っても、自己回復を掛けて、最後まで戦い抜いた。


「あいつらだって冒険者だ」


「そうだね。そうだね、ターン」



 いつしか、わたしの頬には涙が流れていた。だけど拭う気にもなれない。

 だってさ、あの子たちは本物の冒険者なんだから。


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