第19話 カエルの皮の価値
「ずおりゃああ」
気合の入ったわたしの掛け声が第4層に響き渡る。ただしディフェンスだ。
第4層ではスケルトン系が多く出現する。魔法や特殊攻撃が無いので、こういう物理的攻防がやりやすいのだ。ただし、ツーヘッドスネイクは除く。
「サワの声、大きいぞ」
「気合の表れだよ!」
「そうなのか?」
「うん」
そう言うターンは、軽快に移動しながら、わたしに襲い掛かったスケルトンを背後から打ち砕いていく。つまり今やっている事は、わたしがタンクでターンがアタッカーなのだ。
これは非現実的な話じゃない。もし前衛が抜かれた場合、後衛の防御はプリーストかシーフが担うのが常識だ。前者は受けタンク、後者は避けタンクって感じになる。
「ただ、わたしの場合、タンクやる予定ないん、だけど、ねっ!」
そう言いながらも、これは良い経験だ。『パワードメイス』を使って、敵の攻撃をとにかく受けるんだ。少々の傷は構わない。どうせすぐ治る。それが良くないことも分かっているんだけど、今はそんなことを言っている余裕はない。
「サワ、もっとこう、相手の剣をよく見て、斜めに流す感じだぞ」
「はい!」
「むふん!」
わたしの返事が気に入ったのか、ターンの速度がさらに上がる。ああ、スキルか。横合いからのターンの飛び蹴りが、わたしを攻撃していたスケルトンの首を粉々に砕いてみせた。
「ありがとうございます!」
「ふむ、サワはまだまだだな」
「じゃあもう一本いっとく?」
「行く」
二人でドロップを拾いながらの会話は意外と楽しい。
「やっぱり、冒険譚にはバディだね」
「バディ?」
「相棒ってことだよ。熱い絆で結ばれた二人組は、いつだって最強なんだ」
「ターンとサワはバディなのか?」
「そうだよ。わたしとターンはこれからどんどん強くなって、最強のバディになるのさ!」
「なるぞ!!」
「じゃあ、次行ってみよう」
「おう!」
その日、わたしたちが帰ったのは、日付をまたぐ直前だった。互助会での夕食はもちろん無し。ツェスカさんと『クリムゾンティアーズ』にえらく怒られて、ショボショボとご飯を食べた。パーティの面々は、ポロッコさんも含めてお酒を飲んでいた。どういうことだ?
◇◇◇
それから連日、わたしはポイズントードを狩りまくった。ドロップしたカエルの皮は、なんでも防水効果があるらしくって、安物の外套に重宝されるそうだ。
あんまり持ち込まれる素材じゃないそうで、冒険者協会の査定担当者は大喜びしていた。何よりだ。
「あの、ちょっとこれはどうかと思います」
「どういうことですか? カエルの皮って役に立つって言ってたじゃないですか」
「物事には限度っていうものがあるんですよ」
問題が起きたのは10日くらい後だった。2日に1回、1スタック。すなわち99枚ずつ下ろしていたカエルの皮の価値が暴落していると、その査定担当者さんは言ったのだ。
冗談じゃない。わたしはいいよ。ちょっとした小金持ちになったから。このまま1年くらいたったら、カエルの皮御殿でも建てようかと思っていたくらいなんだから。
「互助会の皆が困るじゃないですか!」
そうなんだ。私はドロップしたカエルの皮の4分の1を、プリースト研修生に渡していたんだ。だって、1日潰して収入無しじゃ可哀そうだし、互助会の上納金、いや会費だって必要なんだし。
それが暴落? 誰だ、そんな真似をしたのは。わたしか。
「分かりました。今から暫くカエルの皮は下ろしません。その代わりと言ってはアレですけど、プリースト互助会の方々の皮は買ってもらえませんか? そんなに多くはないはずです」
「勉強はさせてもらいますが、通常価格ではとても」
「ぐぬぬ……。わかりました。入荷を調整させてもらいます。通常価格で下ろせるのは、1日どれくらいですか?」
「10枚、あ、いや20枚で、なんとか」
睨み付けるわたしの顔を見て訂正を入れてきやがった。だったら最初っから20枚って言え。
わたしはその足でプリースト互助会を目指した。
◇◇◇
「そんなわけで、通常価格の2割引きで構いません。互助会として、全員から買い取って保管しておいてもらえませんか」
「うーん、こういう話はウェンシャーだね」
プリースト互助会会長、サーシェスタさんは、早速面倒そうな案件を副会長に放り投げた。まあ、確かに適任そうだし。
「まずはサワさん、物事には限度と言うものが」
「ああそれ、協会で散々言われたからもういいです」
「言うようになりましたね」
「開き直っただけですよ。で、どうです? 卸し値で400ゴルドですけど、20枚で8000ゴルド。2割5分で2000ゴルドです。給食の足しくらいにはなりませんか?」
「3割ですね」
なに交渉してきてるんだよ。互助会員のためを思って言ってるんだよ?
「もうそれでいいです」
面倒くさくなったので、そういうことにした。
「冗談ということにしておきます。2割5分でいいですよ。サワさんの貢献には感謝していますから。これは本心ですよ?」
打って変わってウェンシャーさんがにこりと笑った。こういう笑い方をする彼女は初めて見た。
その後の話だ。
わたしの20個スロットがあるインベントリが、カエルの皮で満杯になった。やっていられるか。
そこでふと気づいた。禁断の技に気付いてしまったのだ。
それは『倉庫係』。すなわち2割5分引きで、スロットが空いている人たちで、お金に困っていなさそうな人たちに、カエルの皮を売りさばいたのだ。ただし、相場操作をしそうな人は避けた。
「はいよ、お釣り、皮3枚と銅貨4枚だよ」
ん?
「ほら安いよ安いよ、今ならなんと600ゴルドだ。皮2枚だよ!」
んん?
「どういうことですか!?」
わたしは冒険者協会の査定担当者に詰め寄っていた。
「すっかり、貨幣っていうか、皮幣になって流通してるじゃないですか!」
「いやだなあ、流通させたのはサワさんじゃないですか」
なんか担当者さんが爽やかな笑顔だ。ムカつく。
この街、ヴィットヴェーンのみんなは、ほぼ全員ステータスカードとジョブを持っている。要は、インベントリを所有しているのだ。しかもインベントリは迷宮産のものしか入らない。皆さんスッカスカなのだ。そこに大量に、しかも安定して流通し始めたカエルの皮。
逞しいみなさんは、それを貨幣として扱ってしまい始めたのだ。インベントリがあるから、傷まないし。なんでもこういうことは、何度かあったそうだ。いまではほとんど出回らないけど、1層のウサギの皮とか。
「いやあ、銅貨と銀貨の中間の価値なものですから、皆さん重宝してるみたいですよ」
「ネットで、いや本で読んだ知識ですけど、通貨発行権なんてとんでもないですよ! 偉い人に知られたらわたしどうなるんですか! 消されませんか!?」
「随分難しい単語を知っているんですね」
のほほんとした担当者の口調にイライラする。こっちは命の危機なんだぞ。
「いや、だから」
「大丈夫ですよ。王都の方で大口の取引きが見つかりました。ついでに他国へも流通させるみたいですから、入荷したら全部持っていってくれるそうですよ。残念ながら消える貨幣ってことになりますね」
「ああ」
わたしはカウンターにどべっ突っ伏した。良かった。本当に良かった。
「もうしばらくしたら、300ゴルドは1サワ、なんてなっていたかもですね」
「そういう冗談、要りませんから。ホント要りませんから」
「あ、それで、プリースト互助会の在庫は買い取ってもらえそうですか?」
「ええ。そっちも問題ありませんよ。サワさんは善人ですね。とても『緑の悪魔』」
「死にたいんですか? 呪われたいんですか?」
「どっちも勘弁してください」
「だったら、口には気を付けることですね」
「なあサワ。何の話だったんだ?」
冒険者協会からの帰り道、ずっと横にいて黙っていたターンが話しかけてきた。
「現実のダンジョン経済は難しいって、そういう話かな? わたしも素人だからよくわかんないよ」
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