第186話 侯爵令息はレベリングをお望みのようで
「それであんなことさせたのかい」
サーシェスタさんがため息を吐く。
「いえだって、判断する材料はいくらでも欲しかったから」
「いいけどねぇ、あの子らを道具扱いはダメだよ。サワ嬢ちゃんならわかってるだろうけどさぁ」
ベルベスタさんからダメ出しをくらった。ごめんなさい。
年少組はもうベッドの中だ。明日はお休みで、明後日からまた潜る予定。目標は85層だね。
「問題はあの第5王子だねぇ」
「当面は様子見だって思いますけど」
「そりゃそうかもしれないけど、例の侯爵令息だったかい? ソレがなんかやらかしたりしないかってさぁ」
「うっ」
ベルベスタさんの言う通りだ。第5王子じゃなくって、ベースキュルトがやらかす可能性がある。
自分のために、第5王子のために、両方だ。しかも絶対ろくでもない。
「むしろ侯爵令息に重点を置いた方が、いいかもしれませんね」
「申し訳ないけどハーティさん、お願いできますか」
「お任せください。伯爵邸の出入りを確認します」
◇◇◇
「騎士団が潜る?」
「いえ、侯爵家の私兵です。協会事務所で同行者を募っていますね」
翌日早速、ベースキュルトがやらかした。
「行きます。『ルナティックグリーン』『ブラウンシュガー』出撃」
「おう」
わたしたちはヴィットヴェーン街に向けて、全力で駆け出した。
アホみたいなSTRのお陰で3分で協会事務所に到着だ。どれどれ。
「貴様あ!」
「俺たちゃ予定を組んで潜ってるんでさあ。受けるも断るも自由。それが冒険者ってもんでしょうが」
「この私が命じているのだぞ。しかも報酬まで払ってやるのだ。冒険者ごときは黙って従えばよいのだ」
ああ、なるほどね。わたしは一歩前に出る。
「そこまで。わたしはヴィットヴェーン冒険者協会調査部別室室長、並びに教導課課長のサワです。この騒ぎはなんですか?」
カウンターのスニャータさんが、神と悪魔を両方いっぺんに見たような顔をしてる。いや、どんな顔だそれ。
セルフツッコミはここまで。おい、ベースキュルト。やっちゃってくれてるなあ。
「き、貴様」
「こんにちは、ベースキュルト卿。何をしているのでしょうか」
「……冒険者の勧誘だ。問題無かろうが」
「それが自由意志の下なら」
あのなあベースキュルト。わたしはアンタがそれほど嫌いじゃなかったんだよ。
だってあの時、キールランターが氾濫した時、一緒に戦ったじゃないか。あんたは逃げ出さなかったじゃないか。たとえそれが貴族の面目を保つためだからって、だったとしてもさ。
「悔しいなあ」
「何を言ってる!?」
「いいですよ、レベリング依頼ですよね。だったら教導課長のわたしが受けるのも、また筋でしょうから」
「な、なにを」
「スニャータさん、会議室は空いてます?」
「は、はい」
「それと大物のお客様なので、会長にお越しを願ってください」
「わかりましたあ」
速攻でスニャータさんがいなくなった。
「さあ、ご案内しますよ、みなさん。あと、シローネ」
「ん」
ちらっと耳打ちして、『ブラウンシュガー』にはクランハウスに戻ってもらう。状況説明だ。
◇◇◇
「サワ嬢は厄介事を持ち込むのが得意だね」
「向こうから来たんですよ。普通の冒険者に任せるわけ、いかないじゃないですか」
「まあねえ」
「なにをこそこそとしている!」
はいはい。
協会事務所の会議室には会長と『ルナティックグリーン』、ベースキュルトとその私兵30人くらいが詰めている。面倒だし、とっとと話を進めよう。
「ベースキュルト卿は私兵のみなさんとレベリングをしたい、ということでよろしいでしょうか」
「私兵などと呼ぶな『聖ブルフファント騎士団』だ」
なんだそれ。
「そ、それは素晴らしいお名前ですね。ホワイトロードやホーリーナイトがいらっしゃるのですか」
「……おらん。心構えの問題だ」
「それは素晴らしいお心がけですね」
なんで素晴らしいを連呼せにゃならんのよ。
まあいい、話を進めねば。
「レベリングとのことですが、どの程度まで」
「ふん。彼らはナイトが18人、ウィザードが9人だ。全員をヘビーナイト、ハイウィザードにしたい。できれば噂に聞くさらに上位のジョブが望ましいな」
いっつも思うんだけど、こいつらに斥候とか回復って概念ないのか? ああ、ロードが回復役ってか。
「ベースキュルト卿ご自身は? 先日の氾濫でレベル50は超えていると思いますが」
たしかロードだったはず。
「わたしはホワイトロードだな。アイテムが見つかるまでは待機だ」
お前も潜れよ。自分でアイテム探すくらいの根性見せろや。
ああ、面倒くさい。まあいいか。
「ではこちらを」
「これは?」
わたしがインベントリから取り出した、装飾の多い剣を聖騎士団やらのみなさんが見つめてる。
「『フルンディング』。ホワイトロードへのジョブチェンジアイテムです。使ってもいいですけど、お代は素材でいただきますよ。後払いで結構です」
「これを売るというのか」
「ええ」
実際のトコ、吸血鬼氾濫でホワイトロードとホーリーナイトが流行したもんだから、珍しくもないんだよね。『訳あり』なんて20人以上いるし、大手クランを合わせたらヴィットヴェーン全体で40人くらいいるんじゃないかな。
「ですがその前に、ふたつの道があることをご提案します。これは冒険者協会として、全員に確認していますので、特別扱いではありませんよ」
「言ってみろ」
偉そうだなあ。繰り返しになるけど、侯爵令息とわたしなら『サイド』持ちの現役子爵で公爵令息夫人の方が格上な気がするんだけど。
「ひとつはさきほどベースキュルト卿が仰ったヘビーナイト、ハイウィザードへのジョブチェンジとレベリングです。アイテムさえあれば、ホーリーナイトやガーディアン、エルダーウィザードなんて、さらに上位ジョブにもなれますね」
「素晴らしいではないか! それをやれ」
だから立場を弁えろって。レベリングしてもらうのはそっちだぞ。あと、黙って聞け。
「もうひとつはソルジャー、メイジからやり直し、複数のジョブを経由したマルチロールになる道のりです」
「なんだそれは、今更ソルジャーだと!? 馬鹿馬鹿しい」
アンタんとこ、シーフもエンチャンターもいないじゃないか。回復はご当人ってか?
「時間はかかりますけど、お勧めは後者ですよ。わたしたちはそうして強くなりました」
「ふん、乗せられてやろうではないか。ベンター、ヘックス。お前たちがやれ」
「は、はい」
「ははっ」
ナイトから一人、ウィザードから一人か。周りの連中がニヤニヤしてるのが引っかかるなあ。これはアレか。
「いつから始めますか?」
「ふん、明日からだな」
「わかりました。では明日、迷宮前でおち会うということで。ですが、マルチジョブは時間がかかります。今日から始めましょう。ベンターさんとヘックスさんをお借りしても」
「構わん」
◇◇◇
「明日からも、わたしとターンは、ベンターさん、ヘックスさんのレベリングを続けます」
「おれたちは」
シローネが残念そうだ。そうだよねえ、明日から85層探索の予定だったのに。
「『ブラウンシュガー』『ブルーオーシャン』は『クリムゾンティアーズ』と一緒に探索ね。70層を目途で」
「わかった」
「わかったわ」
「あいよ」
シローネ、リッタ、アンタンジュさんがそれぞれ答えてくれた。
あの会議室でのやり取りの後、わたしとターンはベンターさんとヘックスさんをソルジャーにして、背負子レベリングを敢行した。勿論コンプリートしたよ。55層まで突撃したからね。
あのふたりは目を回して、まともに会話できなかった。そのうち仲良くなろう。
「それと侯爵令息と聖騎士団のみなさんですけど、キューン、ポリン、ズィスラ、ヘリトゥラ、それと『ライブヴァーミリオン』にお任せします。背負子なんて要らないですよ。お望み通りにしてあげてください。隊長はクリュトーマさん、副隊長はズィスラです」
まあ実質的な隊長はズィスラだ。クリュトーマさんは名代みたいなもんだよ。
「サワも悪趣味だねえ」
サーシェスタさんがなんか言ってるけど気にしない。先に権威を持ち出してきたのはあっちだ。
ならこっちはそれに応えるのみ。公爵令息夫人と孫娘がふたり、さらに正真正銘の王女がふたりだ。せいぜい頑張るんだね。
「経済力、武力、そして権威。全部揃いましたね」
ハーティさんが悪そうに笑った。いや彼女だけじゃない、年長組全員が悪人顔だよ。
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