第182話 迷宮総督





「迷宮総督、ですか」


「そうだ。ヴィットヴェーンにおいては第5王子殿下が就かれる予定だね」


 フェンベスタ伯爵に呼ばれたと思えば、政治的に物騒な話題だった。なんでわたしに話すかなあ。


「新設の役職ですよね?」


「ヴィットヴェーンの好況とキールランターの氾濫で、中央は本腰を入れてきたということだよ」


「統合派、ですか」


「それもあるが、流石に慣習を覆すまでは至っていないね。あくまで監視するという程度だよ」


 できれば監督もしたいってか。


「前置きはどうとして、わたしを呼んだ理由をお聞かせ願えれば」


 フェンベスタ伯爵邸の応接にいるのは、伯爵本人とわたし、冒険者協会会長、そしてもしものために同行を願ったハーティさんだ。

 わたしにどうしろってんだろ。



「もちろん君に総督就任の件を伝えるためだよ。それと君が第5王子殿下をどう思っているのかと、それが聞きたくてね」


「式典の場で交流があったのでは?」


「君こそ前置きはよしてくれ。かの王子殿下はどうなのかな?」


 うーん、難しいなあ。


「ではこれは、平民上がりの新米子爵の発言と受け止めていただければ」


「よかろう」


「曲者でしょうか」


「ほう」


「最初はブルフファント侯爵の神輿だと聞いていました。けれど」


 普通に考えれば40代なんだろうけど、なんかこう年齢不詳な王子殿下は謎な人って印象だ。


「脅したとはいえわたしたちに戦場を与えて、最終的に統合派、中立派、分権派それぞれの活躍を認めてくださいました」


「君の入れ知恵と聞いているが」


「たとえそうでも受け入れたのは事実です」


 そうなんだよね。なんでわたしたち分権派の功績をキッチリ残したのか、それがわからない。

 もしかして今回の総督への足掛かり?


「何も考えていない、日和見、それとも深謀遠慮。なんでもアリです。これ以上は平民あがりのわたしにはなんとも言えません」


「……そうか。いらっしゃってから判断するしかないな」


「いつ頃の予定ですか」


「10日ほど後になるそうだ。王子殿下と侯爵令息、それと魔術師を含めた私設騎士団が同行するらしい」



 ◇◇◇



「ハーティさん、領民に通達をお願いします」


「わかりました。手出し無用、ですね」


「視察だとかいって、ちょっかいをかけてくるかもしれません。全て『訳あり』で対応します」


「わかっていますよ」


 うんうん、簡単に通じてくれるのは助かります。


「問題は『ライブヴァーミリオン』ですね。みなさんはどうします?」


「メッセルキールはブルフファント家と仲が悪いの」


 クリュトーマさんが申し訳なさそうに言うけど、それはまあ仕方ないんじゃないかな。

 キールランターの氾濫でみたけど、対抗してる感じがあからさまだったもんなあ。


「ターナとランデは?」


「叔父様とはあまり話をしたことがないわね」


「うーん」


 王女二人は第5王子と接点が少ないみたいだ。

 ふたりは第1王子と第3王子の娘なので、叔父姪の関係なんだけど、派閥的に微妙だそうな。この場合の派閥っていうのは迷宮関係じゃなくって、次期王様ってことね。どうもブルフファント侯爵は第5王子を持ち上げてるみたいなんだ。当然第5王子の正室はブルフファント侯爵家の出だね。


「でも、お父様とは仲が良さそうよー」


 ランデはそう言うけど、さて、昼行燈なのかそれとも単なる神輿なのか。

 わからん。わからんものはどうしようもない。



「では、メッセルキールとして第5王子殿下に隔意無しと」


「そうね。だけど、親しくしたいとは思わないわ」


「クリュトーマさんとしては、どうします?」


「総督として、王族として、正式な呼び出しがあれば出向くくらいかしらね」


「わかりました」


 こりゃ『ライブヴァーミリオン』は前面に出せないなあ。

 わたしが対応するしかないか。前回の脅しが通じてればいいんだけど。



「もし向こうが侯爵やら王族を持ち出してきたらわたしが対応します」


「大丈夫なのかい?」


 アンタンジュさんもさすがに微妙そうだ。


「『サイド』と力でねじ伏せますよ」


「いや、あたしが言いたいのはそういうトコなんだけど」


「ターンに任せろ」


「おれもいるぞ」


『ルナティックグリーン』と『ブラウンシュガー』はビビってない。

 リッタは……、微妙だ。実家の心配かな。


「来るものは仕方ありません。基本的には『ルナティックグリーン』で対応します。『シルバーセクレタリー』は情報収集を」


「かしこまりました」


 ピンヘリアが即答してくれた。頼もしいね。



 ◇◇◇



 で、ぴったり10日後、王子殿下一行がヴィットヴェーンにやってきた。

 出迎えはフェンベスタ伯爵とサシュテューン伯爵、それと一応筆頭子爵のわたし、それと迷宮絡みということで、会長もだね。


「出迎えご苦労」


 ヴィットヴェーンの入り口で、なんか凄い装飾した白馬に乗ったままのたまったのは、ベースキュルト・レディア・ブルフファント侯爵令息だ。事前に聞いたはなしだと侯爵令息より伯爵当主の方が格上だったんだけど、王家の威を借りるわけね。

 もちろん第5王子は馬車の中で、姿なんぞ見せもしなかった。そのままフェンベスタ伯爵邸に向かうそうな。


「聞いちゃあいたが、アレがそうなのか」


「騎士団っていうのか。物々しいね」


 冒険者や一般人がひそひそやってる。不敬にならないように気を付けてね。

 しずしずと進む馬車と騎士団は、徒歩のわたしたちを後ろに目抜き通りを進み、貴族街に入っていった。これだけで疲れた。早く終わってほしいもんだ。



「こちらが国王陛下からの任命書である」


 場所はかわって伯爵邸の大広間。もちろん上座は王子殿下一行だった。

 それとベースキュルト、なんであんたはそんなに偉そうなんだ?


「ここにポリュダリオス・スワスノヴィヤ・ランド・キールランティア第5王子殿下が、ヴィットヴェーン迷宮総督に就任されたことを宣言する」


 詰めかけていた一同が一斉に膝を突く。まあ、お約束ってやつだ。


「では殿下、お言葉を」


「うむ、良しなに頼む」


 ベースキュルトに続いて、王子殿下から出た言葉はひっじょーに短かった。むしろ助かるね。

 小学校の校長先生の話長くてさ、わたし倒れたことがあるんだよ。たしか2年生だったかな。



 そうして就任式典はつつがなく終わったんだけどさ。


「これはサワ嬢、久しぶりだね」


「これは、殿下におかれましては」


「ああ、よいよい。普段の通りで構わんよ」


 歓迎の晩餐会で壁の花になっていたけど捕まった。王子殿下の後ろにいるベースキュルトが、すっごい嫌そうな顔してるよ。


「氾濫の折には世話になったな」


「いえ、こちらこそ、差し出がましく」


 世話の部分にアクセントがあった気がする。やっぱりこの人、読めないよ。


「陛下からもお言葉を賜っている。ヴィルターナとカトランデをよろしくだそうだ。まったく、孫には甘いとは思わないか」


「ふたりには伝えておきましょう。喜ぶと思います」


「順調に育っているかな?」


「……ええ、それはもう」


 どういう意味だろ。


「ははっ、騎士団も調練してもらいところだよ」


「それは」


「いやいや、追々だ。まずはヴィットヴェーンを知ってからだよ」


「はっ」



 ◇◇◇



「ぶっはぁ、疲れたー」


「お疲れ様です」


 ハーティさんがそう言ってくれたけど、本当に疲れた。あの王子殿下はなにを考えているんだか。


「陛下がターナとランデによろしくだって」


「はあ」


「そうー」


 ふたりとも滅茶苦茶怪訝そうだ。そりゃそうだよね。


「どうするの、サワ」


「向こうからなにか言ってくるまでは、様子見かなあ」


 リッタが腕組みして考え込んでるし。ほんと悪役令嬢っぽくて格好良いよね。癒されるわあ。


「なんか嫌な予感がするから強くなろう。そうしよう」


「おう」


 ターンもリッタの真似して腕を組んで頷いてくれた。うん、ターンも格好良いね。


「サワ、逃げてない?」


「やめてよリッタ、自覚してるんだから」


 こりゃ妙なちょっかいが入る前に90層、できれば100層くらい行っておきたいね。


「とりあえずさ、迷宮いっとく?」


「サワ……」



 呆れないでよ。

 わたしだってどうしたもんか、わかんないんだからさ。


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