第136話 狂気のサワ





「3分、3分間、わたしは何もしない」


 もはや恒例になりつつある訓練場で、わたしは腕を組んで仁王立ちしている。


「殴るなり、蹴るなり好きにしていいよ。わたしにまいったって言わせたら、無罪放免にしてあげる。ただし」


 ああ、イライラする。そんな自分にイライラする。


「それまでにわたしを降参させなかったら、その後は知らん!」


「サワ嬢、それは流石に」


「男爵令息が公爵夫人に諫言ですか」


「いえ、申し訳ございません」


 会長は黙ってて。これは、冒険者同士のケジメなんだから。

 見物しに来た冒険者たちも、いつもと違う空気にピリピリしてるみたいだ。


「まさか、殺すんじゃないだろうな」


「公開処刑かよ」


 殺さないって。わたしをなんだと思ってるんだ。

 確かにこんなとこ、他のクランメンバーに見せたら、相手が死ぬ。今死ななくても、後日殺される。それは避けないとね。

 ね『シルバーセクレタリー』。観客に紛れてるのは気付いているよ。分かってるだろうけど、手出し無用だからね。


「お互いが納得するまで、勝手に殴り合えばいいさ。殺しは無しだよ」


 会長の視線がこっちを向いてる。だから殺さないって。


「始め」



 腕を組んで微動だにしないわたしにビビったんだろう。相手は掛かってこない。


「わたしは前言を翻したりしませんよ。掛かってこい!」


 RPGのHPについて、解釈は色々だ。

 漠然とオーソドックスなHPもある。単純に体力の総量って考え方もあるし、効果的な打撃を避ける技量値、なんてのもある。ならヴィットヴェーンの場合はどうか。


 多分『耐久値』と言うのが近い。普通のゲームならHPが半分になっても、それどころか1でも残れば普通に反撃できる。『ヴィットヴェーン』でもそうだった。

 だけどここは現実だ。殴られれば痛いし、HPが半分になったら動きも鈍る。どこまで耐えられるというのが、この世界でのHPってことだ。STRやVITとは違うけど、HPっていうひとつのパラメーターってわけだよ。

 すると当然、値が大きい程『耐えられる』。打撃毎に削られるけどね。それはとても自然なことだ。


 ==================

  JOB:HOLY=KNIGHT

  LV :14

  CON:NORMAL


  HP :264+68


  VIT:92+30

  STR:113+38

  AGI:102+13

  DEX:118+25

  INT:64

  WIS:38+12

  MIN:51

  LEA:17

 ==================


 わたしのHPは300を超える。VITは120を、STRは150を。



「後になって貴族を笠に着たりはしません。いいから来い! 早く、早くだ!」


「う、うおおお」


 多分リーダー格の人が最初に殴りかかってきた。わたしは腕を組んだまま微動だにしない。してやるもんか。

 なまじっかAGIが高いだけに、相手の動きがモロ見えだ。パンチが迫ってくる。やだなあ。


 どんっ、ていうモノ凄い音を立てて、吹き飛ばされた。自分の身体がごろごろと転がってるのがよく分かる。

 結構痛いなあ。こっちのSTRは高いけど、相手も21層を歩けるような冒険者だ。本気で殴れば木くらいなら打ち砕くんだろう。


「ど、どうでえ。舐めたマネするから」


「何がですか」


 防具に付いた土埃を払うのも面倒くさい。そのまま立ち上がって、もっかい腕を組んでやった。

 口の中に鉄っぽい味が広がる。切ったかな。



「あ、いや、ちょっと待ってください」


「どうした、もう降参かあ」


「いえ、このままじゃ不公平ですからね」


 そう言いながら、ジャイアントヘルビートル製の胸甲とかを外す。これがあったら頭部以外ダメージが通らないだろう。


「じゃあ、再開です。お待たせしたお詫びに、ここから5分に延長しましょう」


「舐めるなあああ」



 ◇◇◇



「サワ嬢、もう10分になるのだがね」


 会長が手に持つ懐中時計を見ながら言った。金無垢の格好良いやつだ。いいなあ。

 わたしといえばボロボロだ。レッサーデーモン製の装備に傷は無いけど、その下は青痣だらけだろうし、何より顔は酷いことになってるはずだ。口と鼻からは血が滴り落ちているし、たぶんボコボコになってるだろう。視界も悪い。


 ちょっと離れた観衆はビビりまくってるし、その中に紛れた『シルバーセクレタリー』は全員血涙を流しながら、こっちを見てる。後が怖い。


「てめえ、気狂いか!」


「まさかあ」


 目の前ではチンピラ6人が、肩で息を、してないね。さすがは冒険者。10分程度じゃ、息も切らさないか。


「さてみなさんは、わたしを降参させることができませんでした」


「ま、まさか」


「今更なにをビビってるんですか。良いようにイキって、元気に殴って、反撃は嫌ですか」


「……」


 おうおう、ビビっとるわあ。


「冒険者舐めんな!」



 わたしの叫びにビクっとなったチンピラの一人に、左フックをお見舞いしてあげた。もちろんボディだ。気絶などさせるか。


「ぐぼぁあぁ」


「なに情けない声出してるんですかあ。ここからですよ」


 口をパクパクさせてるそいつの手を握ってあげた。パキパキと素敵な音を立てて、指の骨が砕けていく。


「あぎゃあぁぁ」


「はい、反対の手を出してくださいね」


 同じことをしてあげた。ついでに踵で、両膝を砕いておく。

 これで一人終了。


「なんなんだよ、なんなんだよおぉ」


 残り5人が一斉に逃げに回った。だけどね。


「なんだ、てめえら」


「……」


 逃げ出したチンピラは『シルバーセクレタリー』に回り込まれてしまった、ってやつだ。

 しかも全員血涙を流し、強く握りしめた両拳からも血が滴り落ちている。そして無言。これはこれで怖い。


「はい、次はあなたですよ」


 背後から忍び寄る影、すなわちわたしが、次の獲物を捕獲した。



「さてリーダーさん、あなたで最後ですよ」


 ひっくり返ってビクビクしてる5人を後目に、わたしは最後の一人に迫る。


「待て、待ってくれ。謝る。わるかったあ!」


「謝罪は受け入れましょう。ですが、ダメです」


「なんだよそれえ」


「不公平じゃないですか。リーダーなら5人分を全部引き受ける、それくらいの気概を見せてくださいよ」


「なあ、俺たちは明日出ていく。もう二度とヴィットヴェーンには近づかねえ。勘弁してくれ!」


「明日? 何をとぼけたこと言ってるんですか。治療はしてあげますから、1時間後には旅路ですよ」


「どうしてそこまでするんだよぉ。ちょっとちょっかい掛けただけじゃねえか」


「そうですね、事務所でのイザコザとか酔った上での事だったら、少し『訓練』して終わりだったでしょう」


「ならっ!」


「迷宮舐めてんじゃねぇ!」


「なっ!」


 そうだよ、こいつらは迷宮でやらかしたんだ。神聖で静謐な聖地でだ。



「もちろん他の迷宮から来た人たちへの警告でもあります。そういう連中に言っときますよ。これは見せしめです。ヴィットヴェーン甘く見んな!」


 今回の騒動を見てた一部の連中がビクっとした。ざまあ。

 そうだ。これは見せしめの意味合いが強い。会長とか冒険者協会からしてみればね。ここんところ増えてきたよそ者に対する牽制だ。


「だけどそれはオマケです。わたしは腹を立てていますよ」


 気圧されたのか、誰も口を開かない。いや『シルバーセクレタリー』だけは膝を突いて、わたしの言葉を拝聴してる。やめてそれ。


「迷宮でのイザコザはご法度! 冒険者の基本中の基本だ。それだけじゃない」


 息を吸い込む。


「迷宮ってのはなあ、静かで、命がけで、楽しく生きる場所なんだよ! アンタらはそれを汚した!」


「きょっ、狂人かっ!?」


「わたしの考えがおかしいなら、それで結構。狂人で問題無しだ!」


『狂気の沙汰』は伊達じゃない。


「レベルアップできて、装備が出て、お金も稼げて、生きてるって実感できる。そんな場所なんだよ、迷宮はさあ!」


 さて仕上げだ。


「納得できました? できてなくても結構です。やることは一緒ですから」



 ◇◇◇



 夕日の中、わたしとベルベスタさん『シルバーセクレタリー』の8人が迷宮を目指している。

『シルバーセクレタリー』はチンピラ6人を引きずっているけどね。別にこいつらのうめき声を聞きたいわけじゃないんだけど、気絶させる手間が面倒くさい。


「いやあサワ嬢ちゃん、酷い顔だねぇ」


「そんなですか」


「ははっ、カエルみたいだよぉ」


「じゃあ似合ってるってことですね」



 その後迷宮の入り口で、戻ってきた『訳あり』たちに出会ってしまい、さらにひと悶着があった。

 特に『ブラウンシュガー』『ルナティックグリーン』、リッタあたりの怒りは凄まじかったよ。


「死ね! 死ね!」


「いやズィスラ、本当に死んじゃうから」


「それもやむなし」


「ターン、目のハイライトはどこ行ったの!? いつものキラキラした瞳がいいよ」



 そんな経緯で、チンピラ6人はその夜のうちにヴィットヴェーンを去っていった。これで終わりなら良いんだけど。


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