第40話 ヴィットヴェーンが変わり始める





「お兄様、そろそろにしていただけませんか?」


「ハーティ……。分かっているよ、キミのお気に入りをどうこうしようとは思っていないさ」


「なら良いのですが」


 ハーティさんはため息を吐きながら、会長に釘を刺す。


「サワさんは、自由意志を持って行動してもらうのが、冒険者協会、ひいてはこの街の利益に繋がる。この私の見立てを疑いますか?」


「参った参った。でも、隠す事じゃないなら、聞いてみたくもなるだろう?」


 会長さんが両手を上げて降参の様子だ。


「それはまあ。サワさん?」


「ごめんなさい」


 なんで謝らなきゃならないんだろ。あ、そだ。



「せっかくお話を聞いていただけるなら、冒険者協会にもご提案したいことがあります」


「ほう、なんだね?」


「わたしの話を聞いた上で、冒険者協会でも新人に選択肢を与えてほしいんです。もちろん冒険者は自由です。ですから、あくまで説明だけをして、後は自由意志でという程度で構いません」


「なるほど。ではこのような場ではなく、後日、協会事務所で聞くことにしようかな」


「分かりました。追って日時をお伝えいただければ」


 やっべえ。なんか話が大きくなってる。情報を隠して自分たちだけで強くなろうなんて思ってなかったけど、こういうのは予想外だ。

 どうせ『晴天』みたいに保守的なクランが、小娘の言うことなんぞ真に受けてたまるかって、そういう展開になると思っていた。


「面倒事になるかなぁ」


「どうでしょうね」


 ハーティさんはニッコリとほほ笑んだ。



「じゃあ、みんなお疲れさん!」


「お疲れ様でした!」


 パーティも終わり、客たちは引き上げていった。ここからはクランだけでの打ち上げだ。


「しっかし、サワ。何してんだよ」


 アンタンジュさんのツッコミに、全員が同意の顔を見せている。だってさあ。


「サワは頭が良くて突拍子もないけど、時々勢いだけになるものねえ」


 ウィスキィさん、胸が痛いよ。わたしは知識量あっても、人並み以上に世間知らずなんだから。


「貴族と渡り合えるのに、どうしてかしら」


「自分でもよく分かりませんよ」


 病床で、やたら尊大な貴族が出てくる小説を沢山読んだからかな。なんか謙りモードになると、妙にアドリブが利くんだよね。



「で、どうすんのさ」


「とりあえず連絡を待ちますよ。準備だけはしておきますね」


「作ったばかりのクランなんだ。潰さないでくれよ」


「もう、アンタンジュさん。虐めないでくださいよ」


 まあ、わたしの『ヴィットヴェーン』知識が火を噴くだけだ。連絡が来るまでは、レベル上げの日々を送ろう。ハーティさんにもレベルアップの楽しさを教えてあげなくては。



 ◇◇◇



「これが、レベル上げ、ですか……」


 ターンとチャート、シローネはマーティーズゴーレム狩りに行っている。今ここには、わたしとハーティさんの二人だけだ。百合の花が咲く、わけがない。なにせ今のわたしは、グリーンモンスターだ。すっかり慣れたよ。


 わたしはレベル17で、ハーティさんがレベル6だ。一気に上げてもいいんだけど、一応感想を聞いておきたくて、一旦全滅させたんだ。


「ひでぇ。カエルが可哀そうになってきたぜ」


「付き合わされているの、協会のハーティだろ? なんであんなクランに」


 外野、煩い。

 ぴちゃんぽたんと緑色の雫を垂らしながら見物客に近づくと、彼らは尻もちをついて後ずさった。ビビるくらいなら、最初から見るなし。


「あんなクランとは聞き捨てなりませんね。私は乞うて入れてもらったんですよ」


「えー?」


 なんでそういうことになっているのかなあ。あれか、引き抜きってことじゃマズいって感じかな。


「それでハーティさん、どうです?」


「どうと言われても、なんというか上がってもいないはずのMINが鍛えられた気分ですね」


「そりゃ良かった」


「いいのかよ?」


「人としてどうなんだよ」


 だから、外野は煩いって。濡れた犬の真似すんぞ?



「それでですね、資料を作るお手伝いをお願いしたいんですよ」


 ずしゃ。


「それは構いませんけど」


 どしゃっ。


「いやぁ、助かります。自分でもまとめきれてない感じなんですよ」


 びしゃっ。


「そういう時は、全部書き出してから整理すると良いかもしれませんね」


「ひでえ、適当に雑談しながら、敵を切ってやがる」


「ああなるほど、じゃあ今晩にでも色々書き出してみます」


「ああはなりたくねえなあ」


「月夜の晩ばかりじゃありませんよ。なんならウチの隊長けしかけますよ?」


「すまねえ、謝る。だけどターンの嬢ちゃんは関係ないだろ」


 謝るくらいなら、最初から胸の内に秘めとけってんだ。ほれ後ろにいるよ。



「サワ。どうする?」


「ターン、おかえり。どうだった?」


「順調だぞ」


「とりあえずその短剣、納めてあげて」


「次は無いぞ?」


 そう言ってターンは冒険者の首に当てていた短剣を納めた。見たことか。

 とかなんとか、実は彼らだって分かっていたはずだ。要はそういうごっこ遊びなんだろうね。乗ってあげたよ。


「いやあ、ターンの嬢ちゃんもすげえなあ。サワさんがこっちを見なかったら気づかなかったよ」


「わたしの瞳にターンが写っていた?」


「正解だ。まあ人相手じゃないと意味は無いかもしれん」


「それでも勉強になります。どうですこの後、一杯」


「有難くいただくよ」


 そう、彼らこそわたしの犬友。例の二人組だったりする。

 わたしの拙い知識だと、こういう人たちって死なないんだよね。死んだと見せかけて「死んだかとおもったぜぇ」とか言って帰ってくるタイプだ。是非見習いたい。



 そんな感じで『ルナティックグリーン』は束の間のレベル上げに勤しんでいた。

 現在のレベルは、わたしが17、ハーティさんが8、ターンが20、チャートとシローネは16だ。そろそろターンがコンプリートする。遂にその時がやってくるんだ。



 ◇◇◇



「冒険者協会教導課?」


「はい」


 今わたしは冒険者協会会長の前で、事前説明をしているところだ。いきなり冒険者たちを集めて話をするわけにはいかない。社会人としては当たり前の行動らしい。全然そんなこと考えてなかった。


『これからのサワさんは、こういう説明をする機会も増えるでしょう』


 そうやってハーティさんに言われて、社会人としての基礎を習っているわけだ。面倒だけど、仕方ないのかな。

 黒門騒動の時みたいにその場のアドリブで渡り切るには危ないこともあるだろうし、この際だから覚えておこう。



「わたしでも『訳あり令嬢たちの集い』でもなく、協会として正式に活動するのが良いと考えました」


「もし何かあった場合、責任を取り切れないということかな?」


「概ねその通りです。申し訳ありません」


「いや、それでいいよ。たしかにサワ嬢の言う通りだ。僕も黒門騒動で箔も付いたし、新しいことをやるなら責任は協会にということだ。勿論功績もだけどね」


「はい」


「ハーティがそっちに行って良かったよ」


 バレてるかあ。そうだよ、ハーティさんの発案だ。責任の所在はハッキリさせた方がいいって、アドバイスを貰ったんだ。



「それじゃ『ルナティックグリーン』から、サワ嬢、ターン嬢、ハーティを臨時教導官として雇用するとしよう」


「あの……」


「なに、短期間だよ。必要なのは実践じゃなくて、理屈の伝授さ。君が言いたいのはそういうことだろう?」


「感謝致します」


「それはこちらの台詞だよ。じゃあ確認だ」



 生き残れて、短期間で力を身に付けるための手法、もしくは可能性と言った方が良いかな。もちろん楽な道のりじゃない。

 だけど、生きた証明がここにいるんだ。それを説明すればいい。


 対象になるのはヴィットヴェーン全市民ならびに、近隣の村々の住民だ。ちなみに無料。

 だけどステータスカードの発行費用、ジョブチェンジ費用は今まで通り。ただし、短期貸し出し制度ありだ。


 もし、もしもだ。ツェスカさんみたいにレベル5で職を持っている人たちが、全員レベル8になってみたらどうなる? 街が変わる。

 冒険者たちがより安全に収穫を上げられるようになったら? 街が豊かになる。



 つまりこれは、ヴィットヴェーン大改革の第一歩になる。そんなお話なのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る