第157話 おっきなカエル





「……イーサさん、フェンサーさん、リィスタ、シュエルカ、ジャリット、テルサー。『ブラッドヴァイオレット』。隊長はイーサさん」


「分かりました」


 物理魔法両方をこなせる高レベルメンバーを選んだ。魔法はフェンサーさんとリィスタ。回復、補助はテルサーだ。物理攻撃はイーサさん、シュエルカ、防御はジャリットが担当だね。

 アベレージレベルは70を超える。フェンサーさんの代わりにヘリトゥラかリッタを入れようか悩んだけど、ここはレベルで圧す。


「入った直後に戦闘があり得ます。臨戦態勢で」


「当然ですわ」


 こういう時、フェンサーさんのノリが助かるよ。



「……行く」


 ジャリットがドカンと隠し扉を蹴飛ばした。

 迷宮のオブジェクトは壊れない。偽装が解けて、普通に扉が開いた。同時に『ブラッドヴァイオレット』が突入する。


「敵がいない、です」


 リィスタが端的に報告してくれた。いないねえ、敵。


「えっと、『ブラッドヴァイオレット』解除、元のパーティに」


 そうしてからわたしたちも、隠し部屋に入ってみた。広い。一辺8ブロック、まるまる隠し部屋だったんだね。大体目算で分かる。100メートル四方ってくらいかな。

 他に扉は無さそうだ。宝箱も無し。だけど、あれって、まさか。


「サワ、アレなに?」


 リッタが部屋の奥を指さした。そう、わたしも同時に見つけたんだ。


「召喚陣……。しかも光ってる。全員戦闘用意、何か出る」


 召喚陣について説明は要らないよね。モンスターが出てくるだけだから。問題は数だ。入口以外の壁3面全部に1個くらいずつ並んでる。

 次の瞬間、扉が閉まって、壁に戻った。


「モンスタートラップ!?」


 一般的だと、モンスターハウスなんて言われるかもしれない。『ヴィットヴェーン』では、そこにいる敵を全滅させないと、出ることのできないトラップ全般を指す。

 ここは55層。果たして何が出てくるか。


「パーティを振り分ける……。時間も連携も無い。どうしよう」


 一瞬の躊躇がタイムアップを招いた。合計30体にも及ぶモンスターが、一斉に現れたんだ。



「サワ、おっきいカエルだ」


「そうだね、ターン。大きいね」


 ジャイアントフロッグ。全長3メートルにも及ぶ、でっかいカエルだ。

 召喚された途端、わたしたち目指してジャンプしてきやがった。完全に敵判定してる。左右にいる『クリムゾンティアーズ』と『ブルーオーシャン』が真っ先に、そのすぐ後、前にいた『ブラウンシュガー』に戦闘判定が入るだろう。


「敵を倒しきるまで出られません!」


「なるほど、やったろうじゃあないか」


 アンタンジュさんが獰猛に笑う。


「魔法に弱め、物理に強め、麻痺、毒、それと粘液です」


「粘液?」


「行動阻害です。できたら当たらないようにしてください」


 イーサさんが怪訝そうな顔をしている。聞いたことない攻撃だもんね。

 こうなるとカダしかいない『クリムゾンティアーズ』がマズいか。『ブルーオーシャン』もそうだけど、シーシャはカダの他にオーバーエンチャンターを持ってる。


「シーシャはコンディションバフ」


「分かりました」


「ポロッコさんは後衛。状態異常に気を付けてください」


「はいっ」


『ブラウンシュガー』は大丈夫だ。なんたってテルサーがナイチンゲールとカダの両方を持ってる。

『ルナティックグリーン』はわたしだね。前に出にくいなあ。アンチポイズンとアンチパラライズは飲んでるけど、アンチ粘液なんぞあるわけない。



 ◇◇◇



 見せられないよ。どっかからそんな声が聞こえたような気がした。


「酷い目にあったわ」


 リッタが珍しく泣き言だ。まあ分からないでもないけど。

 結局30匹のジャイアントフロッグが5セットで、モンスタートラップは終了してくれた。勝った。勝ったよ、わたしたちは。だけどねえ。


「これ、なんとかならないの」


「さあ、どうなんでしょう」


 ウィスキィさんがうんざりしたようにこぼして、イーサさんがそれに答える。かなりキてるみたいだ。

 わたしたちは今、緑の粘液まみれだ。『デイアルト』系を掛けたから行動阻害効果は残ってないけど、何故か物理的に粘液だけは残ってる。これぞ『ルナティックグリーン』の本懐よ、ってそうじゃない。


「でもレベルが4つも上がりましたから」


「サワはそればっかりね」


 ウィスキィさんのため息が心に痛い。いいじゃん、レベル上がったんだから。緑色になるのは慣れてるし、わたしは平気だよ。


「とりあえず51層に戻ろう。水場がある」


「そうですか。そうですね」


 アンタンジュさんはそう言うけど、ちょっと残念だな。ここのリポップタイムがどれくらいか、確認したかったんだけど。



「で、サワはどうする気だい?」


 みんなを代表してアンタンジュさんが聞いてきた。

 ここは51層の水場近くだよ。なんとか全員が身ぎれいになってる。あの粘液、水で簡単に流せたんだ。


「あの部屋の前にキャンプ地を造りましょう!」


「どうしてそうなるんだろうねえ」


 何言ってるんだろう?


「だって、大当たりですよ!」


 あんな短時間で150匹のカエルが出たんだ。しかも内2体はジャイアントフロッグ・ブラック。

 ドロップも狙えるし、特殊攻撃もネタは割れてる。50層以降で初めて見つけた絶好の狩場だ。


「汚れるわ」


「何言ってるのリッタ。汚れるのとレベリング、どっちが大切なの!?」


「汚れたくないわよ!」


「そんなのどうでもいいじゃない!」


 あれ? なんだろうこれ。全然楽しくない。むしろ気持ち悪い。なんでわたしはリッタと言い合いしてるんだろう。



「もしかしてこれって」


「なによ、サワ」


「わたしとリッタって今、喧嘩してる?」


「……サワ、あなたねえ」


 ああ、これって喧嘩なのかも。もう覚えてない頃、小学生の低学年だったときにしたかな。記憶が朧気で憶えてないや。

 でもやだな、こんなの。


「あ、あの、ごめんリッタ」


「サワ、喧嘩は良くない」


「そうだぞ、喧嘩は嫌だ」


「ターン、チャート」


 見れば、年少組がオロオロしてる。これはマズい。リッタもなんとなく気まずそうだ。



「いいわよ、もう。それにサワ、引き下がる気、無いでしょう?」


「え、あ、その」


 そっか、謝れば良いってもんじゃないんだ。正直に話さないとダメだよね。


「うん、ごめん。あの部屋はレベリングに合ってると思う。汚れるのは確かにそうだけど」


「お風呂を作るわ」


「え?」


「素材はあるから、後は水だけよ。ありったけ51層から持っていって、それで準備するの」


 リッタは何を言ってるんだろう。


「サワが使い物になっていないから提案するわ。計画変更よ。深層探索は一旦止めて、55層でレベリングをすればいいんじゃないかしら。汚いけど、効率は良いわ」


 リッタまで効率なんて言い出した。それより、喧嘩ってどうなったんだろう。



「ね、ねえリッタ」


「なに」


「仲直りできるかな」


「とっくに終わってるわ」


「……良かったあ」


 なんだか泣けてきた。このまま仲直りできなかったらどうしようって、怖くて仕方が無かった。


「泣かないでよ」


「だってさあ。許してくれてありがとう」


「そうじゃないでしょう。お互いによ。わたくしも言い方がキツかったわ。ごめんなさい」


 ああ、良かった。本当に良かった。


「サワとリッタ、仲直りしたの?」


 ポリンが心配そうに見上げてきた。


「ええ、仲直りよ。元々喧嘩してたつもりもないし」


 そりゃないよ、リッタ。



 ◇◇◇



「まあ、こんなものかしら」


 リッタが陣頭指揮を執って造られたのは、6人くらいがいっぺんに入れるお風呂だ。一辺は迷宮の壁を使ってるから、3方向に岩を積み上げた感じだね。ロックリザード製の立派な浴槽になったよ。

 2辺は高さ5メートル、残り1辺だけが1メートルくらいで、そこが入り口だ。


「お湯はどうするの?」


「岩を焼くわ」


「なるほど」


『ト=リィハ』を使うのか。確かに水に直接打ち込んだら吹き飛んじゃいそう。だから岩なんだね。凄いやリッタ。


「以前に本で読んだことがあるだけよ」


 照れちゃってまたまたぁ。

 喧嘩して仲直りしたら、前より仲良くなれた気がする。だけど喧嘩は嫌だから気を付けよう。


「むむっ」


 ターンがじっとりした目でこっちを見てるよ。なんとなく撫でたら元に戻った。何事?



「……こっちも終わった」


 ジェッタさんが指示出ししてた砦の方も大体終わったみたい。

 隠し扉をぐるっと囲む感じで石と木を組み合わせた作りだ。中々立派な出来上がり。流石はドワーフ。

 さて、では。


「あたしたちはここで警戒しとくから、3パーティで行ってきな」


「アンタンジュさん、まさか」


 目を逸らさないで。


「戻ってきたところでモンスターに会ったら大変ですわ」



 そう来たかあ。まあ『クリムゾンティアーズ』がここでレベリングする意味って、薄いもんね。

 じゃあ、行きますか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る