第159話 わたしにダンジョン経済は難しいよ





「ここは、地上?」


 不思議そうにポリンが呟く。その通りだよ。


「後ろを見たら分かるよ」


「……迷宮の入り口」


 そういうこと。

 それと、そこらの冒険者たち、化け物を見るような目で見ない。驚く気持ちは分かるけどさ。



「おいおい、こりゃどういうことだい」


「おかえりなさい。みんなが戻ってきたら説明しますよ」


 待つこと15分くらいで、アンタンジュさんたち『クリムゾンティアーズ』が戻ってきた。

 さらに10分で『ブルーオーシャン』が、同じくらいで『ブラウンシュガー』も。よしよし、全員無事だね。


「簡単に言えば地上へのテレポーターですよ」


「まあ、確かにそうだねえ。で、あのローブはなんだい?」


「謎の大魔導師です。ガル・ハスターって言うらしいですね」


「ベルベスタさんが変な気を起こしたりしないだろうねえ」


「出会った瞬間に地上ですから、何もできませんよ」


 クランハウスへの道すがら、アンタンジュさんたちに説明をしておいた。あんな現象、理屈なんて分かるわけない。現実として受け止めるのみだ。



「それにしても最高ですね。55層から59層、超レベリングスポットじゃないですか」


「確かにそうね。お風呂を造って良かったわ」


 リッタのお手柄ってことにしとこう。

 さて、これからの行動を話し合わないとね。



 ◇◇◇



「ほう、面白いねぇ」


 案の定、ベルベスタさんが食いついた。対話も意思疎通も無理だと思うよ。


「それよりこれからどうするか、です。二つですね。このまま深層探索を続けるか、それとも55層でレベリングを繰り返すか」


「一度、70層でどうだい。半年前の倍だよ」


「なるほど」


 アンタンジュさんが折衷案を出してくれた。

 確かに55層でレベリングしてから70層アタックなら、現実味がある。


「それにどうせサワなら、70層でレベリングとか言い出しそうだ」


 周りから笑い声が上がる。否定できん。


「ま、まあ確かに55層レベリングは効率的です。ドロップも悪くないし、上位ジョブを3つくらいは並べたいですね」


「豪勢だねえ」


 サーシェスタさんが混ぜっ返す。だけど、それはもう目の前の現実だ。

 上位マルチジョブが普通にできるんだ。やるしかない。


「じゃあとりあえずの目標は70層で、その後はパーティ毎に考えるってことで」


「異議なしだよ」


 アンタンジュさんを含めて、周りも同意くれてる。よし、この方針で行こう。


「それとだけどさ。このネタどうする?」


「……公開しましょう」


 それが一番だ。



 ◇◇◇



「というわけで、55層は美味しいってことです」


「話は分かったよ。みんなはどう思う?」


 2日後、例によって会長と大手クランやら冒険者の皆さんが揃ってる。応接室は満杯だ。


「強さはどれくらい必要なんだ?」


『晴天』のリーダー、ゴットルタァさんが代表して発言した。


「最低でも複数のゼ=ノゥに勝てるくらい、ですね。あと戻ってくるのに、エルダー・リッチを倒すことでしょうか」


「むうう」


 唸っちゃったよ。


「……1パーティなら組めるか。情報ありがとよ」


 あ、行けるんだ。


「だが暫くは44層だなあ。今のトコは『訳あり』で稼いでくれ」


「待ったりはしませんよ?」


「こきやがれえ」


 うん、冒険者っぽいやり取りだぜ。


「じゃあ、マップは公開しても良いんだね」


「はい。報奨金は貰いますけどね」


「もちろんだよ」


 商談も成立だ。ただ、懸案もあるんだよね。



「それで、素材についてはどうなりましたか」


 実はこっちの方が議題としては大きいんだよね。大手クランが44層に到達したってことは、39層のジャイアントヘルビートルを倒したワケだよ。当然素材が手に入る。


「俺たちも食ってかねえと、冒険者やってる意味がねえ。会長、どうするんですかい?」


「価格調整中だよ。やれやれ、探索階層が伸びるのは歓迎だけど、素材の扱いがね」


 これまで20層台がメインだった素材が、いきなり40層まで行ったんだ。価格調整だって必要になるよね。

 深層の素材に高値を付けるのは簡単だ。だけどそれが大量に出回ったら? 当然暴落する。そしたらどうなる。浅い階層の素材もつられて値が落ちるんだ。ダンジョン経済、面倒くさい。


「新人の稼ぎを無くすわけにはいかないからね」


 当然だ。このまま市場に任せていたら、大手クランだけが生き残る、なんてことになっちゃう。


「武器や装備に回せるモノは、なるべく自分たちで消化してほしいね。それ以外は価格統制を掛けることになると思う」


「仕方ありませんなあ」


「たった数か月で献上した品が当たり前の素材になった。伯爵閣下たちも分かってくれてはいるけど、こればっかりはね」


「深層探索を制限とかですか?」


 思わずツッコンだ。冗談じゃないぞ。


「それこそまさかだよ。氾濫騒ぎがあったばかりだ。冒険者が強くなることに文句を付けるなんてあり得ない」


 良かった。なら、値段については協会に従おう。


「44層より下の素材は、溜めるか身内で使います。領内で流通させるでしょうけど、ウチには横流しするような子は居ませんから」


「正直なところ、助かるよ」


 会議に参加してるケインドさんやジュエルトリアなんかは肩をすくめているよ。ホント頼みます。


「新人が食べられて、深層組が報われる。中々難しいところだけど、なんとか調整することにするよ。君たちは心置きなく探索に専念してほしい」


 会長のありがたいお言葉で、会議は終わった。



 ◇◇◇



「とうりゃ」


 キューンの一撃がエルダー・リッチを倒した。なんかこう、通過キャラになってきた気がする。ちょっと哀れだけどドロップは貰うよ。


「『シャドウ・ザ・レッド』」


 ニンジャ専用頭部装備だ。目だけを隠す、マスカレードパーティに出てくるアレだね。真っ赤かだ。

 防御力皆無だけど魅了耐性がある。見なかったことにしたいけど。どうしよう。


「さあ60層だね」


「おう」


 ターンの物分かりが良すぎて泣けてくるよ。だけどさ『シャドウ・ザ・レッド』を装備するの止めて。


「わたしも欲しい」


 キューンまでもがとんでもないことを言いだした。


「ん」


「ありがとう」


 すっとマスクを外したターンが、ソレをキューンに手渡した。嬉しそうに装備するキューン。えっと、マジ?


「似合ってるぞ」


「そう」


 ちょっと嬉しそうにしてるキューンがいる。駄目だここで指摘したら、彼女たちの美しい交流が崩壊する。わたしのするべきことはひとつだ。


「キューン似合ってるよ」


 そう言って親指を立てるのみ。確か70層越えたら『狐のお面』があったはずだ。よし、それを目指そう。そうしよう。



 60層から新たに追加されたのは、ジャイアントマミーとかアナコンダ、ユニコーン、サーベルタイガーなんかだ。相変わらずゾンビも混じってるし、ゼ=ノゥに加えて、ダ・ゼ=ノゥも出てくる。


「ジャイアントマミーはレベルドレイン使ってきます」


「気を付けるわ!」


 ズィスラが元気に返事した。わたしの教育だか悪影響だか、レベルに敏感なみんななんだよね。

 エルダー・リッチを倒したお陰で『ルナティックグリーン』のアベレージレベルも60台に乗った。基礎ステータスがあるから、同レベル帯なら全然行ける。


「いい感じだねえ」


「絶好調」


 ターンとキューンのニンジャムーヴもノリノリだ。バシュって動いて、ズシャって切り裂くだけで、敵が消えていく。DEXが滅茶苦茶だけに、クリティカル率が高い。

 ボーパルワンコとボーパルキツネ状態だね。



「ブラックマミーとジャイアントマミーね」


 63層でゲートキーパー部屋を見つけた。どうしようかな。


「あたしたちから行くよ」


 今のわたしたちには、見える敵については一番弱いパーティからって暗黙の了解がある。それで今、アンタンジュさんが名乗りを上げたってことは、そういう意味だ。

 相対的に低いレベルだったメンバーが60台に乗せてきたから、強さで追いついちゃった部分は確かにある。だけどなあ。『クリムゾンティアーズ』には同じジョブを続けてきた、プレイヤースキルっていう大事な要素があるのに。


「アンタンジュさん」


「分かってるさ。ここはひとつ、先輩冒険者が後輩に見せつけてやるところだ」


「分かりました。見届けます」


「刮目ですわ」



 フェンサーさんが高らかに宣言して、戦闘が始まった。

 ひとつのジョブを鍛え上げた大切な強さを、きっちり見届けよう。


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