第36話 居場所
「こんなもんかな」
ワザと残していたカエルを全滅させて、とりあえずチャートとシローネのレベル上げはここまでだ。大体と言うか、感覚で分かってきてしまう。多分レベル8だなって。
「うおお」
「来た」
二人が銀色に包まれて、レベルアップは終わった。予定通りのレベル8。今日はここまでだけど、最低でもレベル13、できれば20くらいまでは引っ張りたいな。
やっぱしマーティーズゴーレムを狩るしかないか。そっちはターンに任せてもいいかな。
「じゃあ今度は『村の為に』の1班ですよ。チャートとシローネに負けないように、頑張ってくださいね」
「お、おう」
緑色のわたしに怯えながらも、彼らはなんとか返事を返してくれた。大丈夫大丈夫、そのうち慣れるからね。
結局その日は5人がレベル8、3人がレベル4ということで、パワーレベリングは終わった。まだまだ行くよぉ。
◇◇◇
「『緑の悪魔』がまたなんか始めたって?」
「ああ、例のハズレ狩場で10人くらいのセリアン集めて、レベルアップやってるらしい」
聞こえてるぞ。その悪魔とやらは、あんたらのすぐ近くで牛乳を飲んでいるんだぞ。
「酷ぇ話だぜ。あんな可愛らしい耳とシッポをした連中に対して……」
そうだね、可愛いよね。わたしとしても接点が生まれて嬉しいよ。あと、酷いこと、してないからね。
「マスター」
「わたしはここの職員で給仕ですので、マスターじゃありませんよ?」
「いいからマスター、あの二人に一杯あげて。もちろんわたしの奢りだからね」
「分かりました」
よしっ。わたしのやってみたかったことリストが、1行達成された。冒険者ギルドで酒を奢る。決まったぜ。
「マスター」
「ターンさん、ですからわたしは」
「焼肉定食を二つ、ターンの奢りで」
「……かしこまりました」
「注文なんぞしてないぞ。これは?」
「あちらのお二人からになります」
「っ!?」
わたしは彼らに背を向けたまま、腕を横に出し、親指をぐっと突き立てた。ターンも同じことをしていた。これは決まった。背中で語るってヤツだ。ハードボイルドだぜぇ。
「そ、そうか、これは心して食わないとな」
「う、うう、そうだな。実に美味そうな酒と焼肉定食だ。有難く頂くとしよう」
そんな声を聞きながら、わたしとターンはコツンと拳を合わせた。あの人たちとは仲良くなれそうだ。
◇◇◇
「あと1週間くらいで完成だってさ」
「おおう!」
冒険者の宿の大部屋で、わたしたちは今後の予定を話し合っていた。
新人のレベルアップに『クリムゾンティアーズ』が参加できていなかったのは、クランハウス建築に付き合っていたからだ。流石に細かい作業はドワーフの大工さんにお任せで、荷運びから足りない材料なんかを都度都度、調達してくれていた。
「とりあえず30人くらいは入れる規模だな」
アンタンジュさんの報告は頼もしいものだった。
「十分じゃないですか! じゃあ、そろそろ」
「ああ、スラムを回ってみるよ。後は、エルフやドワーフの縄張りだな」
縄張りと聞けばちょっとアレな感じがするけど、どちらかと言うと自治区とか町内会が近いらしい。種族単位で集まって助け合っている状況なんだそうだ。
現在、新しいクランのメンバーは11名。そこに数人、仲間を増やす感じだ。才能とかそういうのはどうでもいい。やる気と、何かしらの渇望があれば、腰掛でも構わないとわたしは思っている。
もちろん払うものは払ってもらうけど。
「ターンみたいな境遇の子を助けられるなら、それは素敵なことだと思います」
「ターンもそうだったら嬉しい」
条件は大雑把に今のところふたつ。女性であること。不義理を働かないこと。それだけだ。
冒険者の宿、フォウライトのツェスカさんが『クリムゾンティアーズ』を紹介してくれた。だからわたしは居場所を得た。そこにターンがやってきた。さらに、ポロッコさん、ドールアッシャさん。サーシェスタさんはちょっと特殊だけど、まあ仲間だ。そしてチャートとシローネ。
みんなの居場所が大きく広くなっていく。それがとても嬉しいんだ。
「それでね。そろそろ新クランの名前を、まあ暫定でもいいんだけど、決めておいたほうがいいんじゃないかなって?」
「それは確かに」
ウィスキィさんの発言に周りは考え込んだ。名前、名前かぁ。
今のヴィットヴェーン、3大クランと言えば『晴天』『リングワールド』『白光』だ。それに負けないような名前。
「……こういうのはサワだ」
ジェッタさんが身も蓋も無いことを言ってきた。すっごいキラーパスだよそれ。
まあ、考えてなかったわけじゃないけど。
「最初は『悪役令嬢』って考えてました。だけどそれだと婚約破棄から始まらないといけないですし、わたしは訳アリ共が集まる、『訳あり令嬢』ってことで」
「なにか良い響きですわ! 『悪役令嬢』に投じますわ!」
確かにフェンサーさんの気持ちは分からないでもない。彼女、見た目悪役令嬢だ。だけど、エルフの悪役令嬢ってアリなのか?
よって却下。
「別にわたしは進んで悪役になりたくありません。結果として、信義を貫いた上での悪役なら上等ですけどね」
「その心意気は買うけど、前面に押し出すのもねえ」
アンタンジュさんはそう言って、サーシェスタさんを見た。
「元、プリースト互助会の会長で女男爵閣下なら、何か良いのは思いつかないかな?」
「あたしゃ、そういうのは若い連中に任せるよ」
権威を使って名前を決めさせようとしたんだろうけど、空振り三振だった。
「ターンは『サワ=ターン』がいいと思ってたけど、それじゃ二人だけだった。反省する」
ターンの発案は嬉しいけど、誰かの名前を入れると面倒なことになる。今はいいけど、後になってなんてこともありそうだし。
「ぼくも『三毛と黒白茶』とか考えてた。ごめん」
「チャートも目立つメンバーでって言うか、自分込みで考えてたかぁ。でも考えるって大切だよね。そう思うよ」
「そっか。ありがと」
「あの、『訳あり令嬢たちの集い』というのはどうでしょう」
そう言ったのは、ドールアッシャさんだった。
「いいねえ」
「ええ、集っている感じが素敵ですわ!」
「納得」
「文句なし」
そんな声が大部屋に響く。そろそろ他の部屋から苦情が来そうな勢いだ。
「じゃあ、新クランの名前は『訳あり令嬢たちの集い』(仮)だ。ただ、あたしたちって令嬢なのか?」
「あはは、いいじゃないですか。令嬢っていうのは心意気ですよ」
「良い言葉ですわ! 会則に入れるべきですわ」
「決まりっていうより、理念かしら」
そう言うウィスキィさんも楽しそうだ。いいよね、こうやって皆で色んなことを話して、自分たちの居場所を作ってくのって。
「サワ? なんで泣いてる?」
「え? あれ? ホントだ。あはは」
ターンが心配そうにこっちを見ていた。みんなもだ。いや、これはね。
「心配しなくていいよターン。これは嬉しい涙なんだ」
「そうなのか?」
「そう、別に居心地が悪かったわけじゃないけど、前に居たところだと、わたしは周りに気を使わせてばっかりだったんだ」
わたしが別の世界で死んだことは、流石に言ってない。だから多分みんなは、わたしのことをワケありの貴族令嬢くらいに思っているかもしれない。まあそれくらいの勘違いならセーフだから、いいけどね。
「サワは戻りたいのかい?」
サーシェスタさんが微妙な表情を見せる。貴族世界のドロドロを一番知っているんだろうなあ。
「いえ、もう会えない人がいるのは残念ですけど、今、わたしが居たいのはここなんです」
「そうかい。ならもっと居心地を良くしてかないとねぇ」
「ええ。そうですね。わたしも頑張りますよ。差し当たって、チャート、シローネ。明日もレベル上げだからね」
「おう」
「どんとこい」
ごめんねお父さん。だけど、ここがわたしの場所なんだよ。いつかどこかで伝えられたらいいな。わたしは生まれ変わって、健康になって、お父さんとわたしの思い出にある、ゲームみたいな世界で楽しくやっているよって。
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