第180話 さあ、とことん深層を目指そう
「よくもまあ、みんなのレベルを吸ってくれたわねっ!」
げしっ!
「痛い思いをさせてくれたわね!」
どげし!!
ヴァンパイアロードに、リッタの踵が叩きつけられる。
ねえリッタ。バンパイアエンプレスがちょっと引いてるよ?
「『ノーライフキング』持ちだから通ってないよ」
「わかってるわ。気持ちの問題よ」
怖いって。
「魔法の効果が切れるよ」
「『北風と太陽』」
『ギョバァァァ』
『ギャビャアァァ』
二重がけとか、恐ろしいことを。
「まあいいわ。テルサーは後ろで休んでて」
「は、はい」
ほら、テルサーまでビビってるじゃない。
「ワルシャン、拘束して」
「はいぃ。『リンポチェ』」
「ジェッタ、ジャリット。圧殺よ」
「……おう」
「『活性化』『克己』『一騎当千』」
「『シールドバッシュ+2』」
とんでもない音を立てて、シールドとシールドがぶつかり合った。間にいたバンパイアロード? コメントは差し控えたいってヤツだ。ペッシャンコだよ。
「最後はエンプレスね。ドールアッシャに任せるわ」
「ありがとうございます」
さあ、ここからはドールアッシャさんの独擅場だ。
「『BFS・AGI』『BFS・STR』『BFS・DEX』」
テルサーのバフが飛ぶ。
「『活性化』『強化』『酔えば酔うほど強くなる』『克己』『酔八仙』『一騎当千』『パンプアップ』『修行を思い出せ』……」
ドールアッシャさんがこれまで経由してきたジョブから得た、自己強化スキルが乱発された。最初、エンチャンターだったんだけどなあ。
「『オン・アビラウンケン・ソワカ』」
彼女の放った独鈷杵が、とんでもない速度でエンプレスに迫る。
だがヴァンパイアの女王はそれを躱す。いや消えた。『テレポート』だ。
「『アキレウス』」
ジェッタさんが使ったソレは、『アイギス』と並ぶガーディアンの最終スキル。時空を超えて敵を止める、神様の盾だ。
どごぉんって凄い音を立てて、ジェッタさんの目の前にエンプレスが実体化した。盾が砕け散る。レベルも3つ減ったはず。
「ぐっ。『クラッチ』」
怒れるエンプレスが血液の鞭をジェッタさんの腹に突き刺した。それでも彼女は動じない。
グラップラーの拘束スキルを発動して、すぐ次の技を繰り出す。
「『ホーリースマッシュ』」
剣を振り上げて、エンプレスの膝に突き刺した。
「……やれ、ドールアッシャ」
「『踏み込み』……。『無影脚』!!」
あえてバトルフィールド中央にいたドールアッシャさんが、一瞬でヴァンパイアエンプレスの背後に出現した。
そして繰り出されるは、フェイフォン最強の蹴り。
ずんっ!
エンプレスは微動だにしない。吹っ飛ばされたりなんかしてない。そう動かない。
ドールアッシャさんの右爪先は、ヴァンパイアエンプレスの背中から腹に入り込んで止まっていた。
「返り血を浴びるようでは、まだまだですね」
足を引き抜いてエンプレスの血を浴びながら、ドールアッシャさんはそう言った。そんなキャラだっけ。
◇◇◇
「サワ、これ」
「『エンプレスドレス』じゃない。恥ずかしいけど今の装備より防御力は上だね」
「サワにあげるわ」
「え?」
「筆頭子爵で、公爵令息夫人じゃない。ドレスのひとつも持ちなさい」
「ええー」
だってこれって、肩がバッチリ出て、スリットも凄いんだもん。濃いワインレッドもなんかこう大人な雰囲気だし。悪役令嬢っぽくない?
「ま、まあほら。ウチにはお姫さまとかもいるし、戻ってから相談しよう」
「まあいいわ。それでどうするの?」
「一応70層覗いてから戻ろうか」
なんというか、70層は普通だった。普通にレベルスティーラーがいてヴァンパイアがいて、ワータイガーや、バンシーがいた。要は初見だけど、多分元通りの70層だ。
「うん。多分普通」
「そうかい、じゃあ戻ろう。あいつらが待ってるぞ」
アンタンジュさんが笑顔で言った。
「それとな、サワ」
「なんです?」
「初めて会ったとき、あたしはレベル10でアンタはレベル0だった。それが今じゃヴィットヴェーン最強だ。だからさ」
「ありがとう、サワ」
ウィスキィさんが引き継いだ。
「ここまで来れたのはサワのお陰ですわ!」
「……うむ」
フェンサーさん、ジェッタさん。
「わたしなんて互助会の落ちこぼれでした」
「それを言ったらわたしもです。無理やり副会長やらされていました」
ポロッコさん、ドールアッシャさん。
「泣くなサワ。冒険は続くぞ」
「ターン。うん、ターン」
泣かせたのはみんなじゃないか。
だってさあ『ルナティックグリーン』も『ブラウンシュガー』も『ブルーオーシャン』のみんなにもお礼言われちゃったんだよ。泣くなって方がどうかしてるでしょ。
「随分と遅かったじゃないかぁ」
「サーシェスタさん、お待たせしました。66層から69層で氾濫だったんですよ」
「……どうしたんだい?」
「そりゃもう、殲滅しましたよ。わたしたちは『訳あり』です」
「はははっ、そりゃあいい」
55層でレベリングを繰り返してた『ホワイトテーブル』『シルバーセクレタリー』『ライブヴァーミリオン』と落ち合ってから、59層に向かう。
『マピマハロ・ディマ・ロマト』
そうしてわたしたちの69層攻略は終わった。
◇◇◇
地上に戻った翌日、わたしはハーティさんを伴って冒険者協会に赴いた。ターンも一緒だ。護衛だそうな。
「66層から69層で氾濫が起きていた、かい」
「はい」
「以前僕が言っていた懸念を憶えているかな」
「覚えています。それとターン、大丈夫」
「むふー」
ああ、だからついてきたんだ。
「だけど、ちょっと考え方が変わったんだよ」
「それは?」
「キールランターの氾濫さ。あれをサワ嬢が引き起こしたというなら、君はもう神の領域に近い存在っていうことになる」
わたしが神様ねえ。
「だから考え方だよ。迷宮に意思があるのか、それともなにかしらのカラクリがあるかは分からない。だけど強者が現れたら、迷宮はそれに応える」
なるほど。初回の黒門を例外にすれば、大体説明はつくかもね。
「原因とか理由を考えるより、対策を考えた方がいいと思いますよ」
「まあ確かにその通りだね。その点ヴィットヴェーンは、サワノサキ領があるので助かるよ」
「もし原因がわたしだとしても、強者だったとしても、どの道やることはひとつですから」
「そうだね」
「『訳あり令嬢たちの集い』とサワノサキ領がある限り、ヴィットヴェーンは安泰です。そうしてみせます」
「ははは、本当に助かるよ」
◇◇◇
「似合うじゃない」
ウィスキィさんがニコニコしながら褒めてくれた。本当かな。あやしいなあ。
70層到達記念の祝勝会だ。今回は身内だけでやってるところ。それでわたしは例の『エンプレスドレス』を着てるってわけだ。ちくしょう。
「こういうのはターナかランデじゃない?」
「よく似合っているわ、サワさん」
「クリュトーマさん……」
ううっ、クリュトーマさんに言われると否定しにくいじゃないか。
「そうそう、これを渡すわ」
「これって、扇?」
「そうよ」
ターナから渡されたのは、貴族風の扇、扇子? みたいのだった。内側が白くって外側に向かって赤くクラデーションがかかってる。ついでにポワポワしてる。
「サワ」
「なに? キューン」
「貸すだけだから」
キューンから渡されたのは『シャドウ・ザ・レッド』だ。どうしろと。いや、装備しろっていうのは、わかるんだけどさ。
「あ、ありがと。後で必ず返すね」
「うん」
そうして出来上がったのは、ワインレッドのドレスに赤いマスカレードマスクをつけて、貴族扇を持つ立派な悪役令嬢だ。
ねえ、悪役令嬢って確かリッタのロールじゃなかったっけ?
「ほらサワ、挨拶しなさい」
そのリッタに背中を押されて、わたしは上座に立った。
わかったよ。やったる。
「おほほほほ! 筆頭子爵にして公爵令息夫人のサワですわ。みなさまご機嫌よろしくて?」
「サワ、気持ち悪いぞ」
ターン……。もういいや。
「なんにしても、69層のヴァンパイア氾濫鎮圧、お疲れ様でした。それと、みんなみんな強くなりました」
それだけじゃない。
わたしはリッタと喧嘩して仲直りした。みんなに我儘言ってたことに気付いた。それをたしなめてくれる人もいる。
友達ができた。強い強い仲間たちだ。そんな中にわたしはいる。
前世で動くこともできなかったわたしは、今ここで自由に動く身体と、沢山の人生経験をもらい続けてる。
「でも、こんなとこで終わりじゃないですよ。迷宮はまだまだ続きます」
300層。ゲームではそうだった。こっちもそうかはわからない。
だけど、だからこそ目指す。みんなと一緒にだ。
「『訳あり令嬢』たちは、目指します。どこまでも深く深く、迷宮の深層を目指します。目指していいですよね?」
「もちろんだぞ」
真っ先にターンが応え、続けて年少組が声を上げた。年長組は苦笑いだけど、否定はしてない。
「では、乾杯!」
みんなが盃を掲げて高らかに叫ぶ。わたしと年少組はミルクだけどね。
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