第24話 サワは大人気
夕方にジョブチェンジを果たしたわたしは、まずプリースト互助会を訪れた。
「退会しようかと」
「ダメです」
完全な食い気味に、副会長のウェンシャーさんが言ってきた。どうしてさ。
「聞いていますよ。エンチャンターになったとは言え、あなたのスキルはむしろプリーストのままです」
どこから漏れたってか、あれだけ大演説をぶった上でのジョブチェンジだ。誰でも知っているか。
「それはまあ、そうですけど」
「つまりあなたは、ジョブこそエンチャンターですが本質はプリーストです」
「これからも新人教育をやらせるつもりですね」
「……あなたにはこれをお送りしましょう」
手渡されたのは、プリースト互助会の紋章を派手にしたような勲章だった。
「『プリースト互助会名誉教導官勲章』です。さあ、胸に付けてください。大変な名誉ですよ」
「でっち上げですよね?」
一瞬、ウェンシャーさんの表情が歪んだが、すぐに元の胡散臭い笑顔に戻った。
「何を馬鹿な。互助会で由緒ある、とてもとても」
「歴代の受勲者の名前を教えてください」
「くっ……」
勝った。完全勝利だ。
もういい加減、プリーストを育てるのも飽き飽きだ。そもそもの経験値が護衛を含めて、3分の1になるんだ。わたしは一人でカエルと戦いたいんだ。
「サワ、『クリムゾンティアーズ』はクランを作るんだってねぇ」
サーシェスタさんが割り込んできた。
「ええ、その予定ですけど」
ヤバい予感がする。蜘蛛の糸に絡め捕られているような、そんな感じだ。
「なんでも、道に迷った女を受け入れる、そんな親切なクランらしいね。だったら、名は必要なんじゃないかい?」
「名前? それはこれから考えますよ」
「そっちじゃないよ。分かり易く言ってあげよう。後ろ盾が欲しいんじゃないかい?」
「プリースト互助会が後ろ盾ですか? それは風聞が悪いんじゃ」
プリースト互助会みたいな組織が、ひとつのクランに肩入れするのはマズい。そんなことは分かっているはずだ。どう出る気なんだ?
「なあ、ウェンシャー」
「はい。会長」
「あたしもいい歳だ。そろそろ後進に座を譲りたいんだよ」
あ、見えた。断れない未来が見えた。
「そ、そんな。会長はまだまだ……」
「安い演劇はいいです。会長の正式なお名前を教えてもらえますか」
「つまんないねえ。まあいい、プリースト互助会は知っての通り、後衛互助会として力がある。やっぱり怪我人を治せるっていうのは大きいからね」
「だからってことですね」
ああ、確信した。この人は多分高貴なる者だ。
「そうだよ。あたしは、サーシェスタ・プリエスト・ジャクラシーン女男爵さ。赤い血を持った、一代限りの名誉男爵だけどね」
「それでも冒険者協会の会長よりか、格上ってことですね」
「そんな男爵が、宙ぶらりんの無役になろうとしているわけだ。さて、どうする?」
どうもこうもない。
「分かりました。役職は後で考えるとして、サーシェスタさんは『クリムゾンティアーズ』に入って、わたしはプリースト互助会所属のまま、新人育成。それでいいんですよね」
「理解が早くて助かるよ」
以前のわたしなら、知ったことかで済ませていたんだろうなあ。守るモノができるって、面倒臭いこともあるかあ。
まあ、サーシェスタさんなら悪いことも無いだろうし、ターンを育ててくれそうだ。むしろ自分もレベル上げるって言ってきそうだね。
◇◇◇
「というわけでお連れしました」
「どういうわけだか」
アンタンジュさんが不思議そうな顔をしている。ウィスキィさんは、ああ、とても嬉しそうだ。そりゃ、わたしの犠牲と引き換えに新クランの安定が図れるなら、そうなるか。
「おい、あれってプリースト互助会の」
「『究極の殴りプリースト』かっ!」
「横にいるのは『微笑みエルフ』だぞ」
ウェンシャーさんが首だけでグルリと振り向いた。180度回ってないか、あれ。酒場が静まり返る。
「だめですよウェンシャーさん、せっかくの憩いの時間なんですから」
「サワさん、あなたわたしのことが嫌いなのですか?」
「そんなことあるわけないじゃないですか」
ちょっと苦手なだけです。
そんな時、どばたん! と派手な音を立てて宿屋の扉が開かれた。
走って来たのか荒い息を吐く、白い髪でヒョロいおじいちゃんが膝に手を付いていた。60代?
「はあ、はあっ……。サーシェスタぁぁ!」
「なんだい、ドルントじいさん?」
「サワ殿は、サワ殿はどこじゃあ!」
「あ、はい」
隠れようと模索してみたが、却って面倒ごとになりそうな気がして、素直に手を挙げてみた。
「儂はエンチャンター互助会会長のドルントじゃ」
「ああはい。サワです。よろしくお願いします」
「それは互助会への入会願いですじゃな?」
「単なる社交辞令の挨拶です」
こんなんばっかりだ。
「とりあえず、座ってください。お話を伺いましょう」
さて、穏便に済ませられるだろうか。
そこから30分ほどをかけてドルントさんが語ったのは、聞くも涙、語るも涙の、多分大分誇張された『エンチャンター互助会』の悲話であった。
まあ、そうなんだよね。上級ジョブや特殊ジョブを除けば、一番人数の少ないジョブは、間違いなくエンチャンターだ。地味なんだよ。
「話は分かります。マスターレベルのエンチャンターが一人いれば、パーティの戦力は2割から3割上がりますものね」
「おおおお! 分かってもらえるかね、サワ殿」
だくだくとドルントさんが涙を流す。
そりゃそうだ、自分はゲームでの体験や攻略サイトで、大体の期待値が分かっている。これからクランを立ち上げたら、低レベルパーティを助けたいという思いもある。だからエンチャンターになったんだし。
「お頼み申します! サワ殿。何卒我が互助会へのご入会をぉ!」
ごつんとテーブルに額を打ち付けるドルントさん。額から流れ出す血を拭いもせず、何度も何度もそれを繰り返す。こりゃあまいった。
「ドルントさん、これを見てください」
わたしは自分の左胸に付けられたモノを見せつけた。
「そ、それは?」
「『プリースト互助会名誉教導官勲章』です」
使えるものはなんだって使ってやる。
「ウェンシャー、貴様謀りおったなあ!!」
「何のことやら」
ウェンシャーさんはいつもの微笑みで、ツラっと返した。
「その勲章は『プリースト互助会規則』に正式に記載されている勲章です」
「どうせ、今日にでも追記したのじゃろう」
「ところで、左手に隠している血の入った袋、見えていますよ?」
ウェンシャーさんとドルントさんの丁々発止が続く。あほらしくなってきた。
◇◇◇
「それでですね、ドルントさん。プリースト互助会は明確にメリットを提示してくれたんですよ。となると、こちらとしても慈善事業じゃありません。エンチャンター互助会は何を出せますか?」
「……会費が無料、とか?」
「話になりませんよ」
「じゃよなあ……」
「何かないんですか?」
「……どうしよう」
それはこっちの台詞だ。
「これからわたしたちはクランを立ち上げます。女性限定のしかも不遇な人たちを、自立させるためのクランです」
ウィスキィさんが説明を始めた。なにかあるのかな?
「最低でも一人、エンチャンターを引き抜きます。それはサワが見極めます」
「高レベルは困るぞ」
「そんなことはしませんよ。1週間あれば、高レベルなんて育てられますから」
「それと聞き耳を立てている冒険者の皆さん!」
ウィスキィさんが食堂の冒険者たちに声を向けた。
「話は聞いていましたよね。このサワが保証しましたよ。エンチャンターの存在でパーティの戦力は2から3割上昇するって。エンチャンターは個々人の能力を上げるジョブです。どこかのゲートキーパーを抜けないで困っているパーティはありませんか? 人数は増やせない。けれど、全員の能力が上がればどうなると思います?」
そうだ。まさにそれがエンチャンターの役回りだ。6人というパーティ上限を突き破ることのできる存在。
「サワのお陰で優秀なプリーストが育ち始めています。ですが、どこかで行き詰りますよ。マスターレベルになっても抜けない相手にぶつかるでしょう。抜けない、だからレベルが上がらない。そんなパーティにエンチャンターが居れば。しかも……、ドルントさん、エンチャンター互助会の男女比と未婚率を教えてください」
「女性が9割で、未婚率も似たようなもんじゃ」
がたがたがたっ!
椅子が次々と倒れ、男たちが立ち上がる。
「ああ、俺たちは冒険者として高みを目指している。ここらへんで稼げているからまあいい、なんて男のやることじゃあ、ねえな」
「おうよ。最強を目指してこその冒険者だ」
「ふっ、ウチの5人パーティも飛躍のときがやってきたか」
バカばっかりだけど、嫌いじゃないよそういうの。
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