004.刻印-Engraving-

1991年5月22日(水)PM:18:52 中央区特殊能力研究所五階


 僕は今、皆と一緒に所長室にいる。

 あの後、直ぐ由香さんが戻ってきた。

 彼女に所長室に集合するように言われたのだ。


 警察の人がいるのかと思った。

 でも、そこいたのは全く別の人達。

 警察には特に話しをする必要はないとの事だった。


「先程連絡があり、長谷部 和成(ハセベ カズナリ)を護送中だった車が、何者かに襲撃をうけたそうだ。長谷部も襲撃者も逃走中だ。足取りは不明との事。またそれとは別件で羽場少年が暴走覚醒状態で逃走中。皆に集まってもらったのは今後の対策についてだ」


 見た事がない人も何名かいる。

 彼等はここの研究員なんだろう。

 由香さんみたいな立場の人かもしれない。


「長谷部の今までの行動から考えると、目的はおそらく二つだな。一つ目は桐原君、三井君への復讐。二つ目は茉祐子ちゃんの確保。そして羽場少年の目的も、茉祐子ちゃんと考えられる。近藤 勇実(コンドウ イサミ)、間桐 由香(マギリ ユカ)の二人は桐原君の警護を」


「了解」


「ゆーと君、よろしくね」


「桐原君、申し訳ないけどこの件が解決するまで」


「わかりました」


「相模 健二(サガミ ケンジ)は茉祐子ちゃんの警護を。茉祐子ちゃんの新しい病室に白紙 彩耶(シラカミ アヤ)が既に行っている」


「了解しました」


「三井君も、今日はここに残ってくれるか」


「そうだな」


 素っ気無い反応だ。

 表情も特に変化がない。

 そうゆう性格なのかもしれないな。


「長谷部に襲われる可能性もあるが、君ならたぶん大丈夫だろう」


「どうかな?」


 所長は三井さんの言葉を流した。

 いや、聞かなかった事にしたのかもしれない。


「今現在、長谷部は相模 健一(サガミ ケンイチ)が、羽場は銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)が追跡してる」


「それで兄貴がいないのか」


「桐原君、極力人通りの少ない所は行かないように。他の塾生達ももし長谷部か羽場らしき人物を見つける事があれば、私か研究員の誰かに連絡をお願いしたい。長谷部、羽場の写真だ」


 まさかこんな事になるとは予想もしてなかった。


「桐原君、どこまで実効性があるかはわからないが、警察にも自宅周辺の巡回の強化をお願いしたので」


「あ・・・ありがとうございます」


「塾生達も今日は帰りなさい。念の為夜は出歩かないように」


 伽耶さんと沙耶さんの眼差しは、何処か不安そうだ。

 硬い表情の夕凪さんは、瀬賀澤さんに寄り添っている。

 その中で何故か山本さんは、悔しそうな顔をしていた。


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1991年5月22日(水)PM:20:33 中央区桐原邸一階


 僕は由香さんの運転で自宅まで送ってもらった。

 近藤と呼ばれた男性も一緒だ。

 僕と彼は後部座席に座った。

 助手席に座らないのは、僕の警護の為らしい。


 近藤さんはリーゼント気味の金髪。

 見た目が強面だ。

 ただ、実際に接してみると、見た目程怖い人ではなかった。

 見た目だけで損してそうだ。

 でも、さすがに本人の前では口が裂けても言えない。


「桐原、おまえ料理うまいのな」


「本当、ゆーと君、おいしかった」


 僕達は椅子に座っている。

 テーブルの上には、食べ終わった後の食器。

 二人の顔が綻んでいる。


「そうですか? そう言われると作った甲斐があります」


「ゆーと君、いいお嫁さんになれるよ」


 えっ!?


「嫁・・・。婿じゃないんですか・・」


「あっははは。そりゃいい。由香の嫁にっていてぇな。てめぇ先輩に何しやがる」


「変な事言わないでください。もう。ゆーと君も反応に困ってるじゃないですか」


 由香さんも少し照れているようだ。

 ほんのり顔が赤い。

 それは僕も同じなんだけどね。


「あっははは。桐原、照れてんじゃねぇよ」


「いや・・そりゃ・・由香さんかわいいしって、近藤さん何言わせるんですか」


「おまえが勝手に言ってるだけだろ。あっははは」


「ゆーと君、もう」


 由香さん、耳まで真っ赤になってる。


「あっははは。由香もまんざらじゃなさそうだなっていてぇ、まじでいてぇって!?」


「近藤さんが変な事言うからです」


 由香さんの拳骨が近藤さんの肩に放たれた。

 顔を顰める近藤さん。

 本気で痛いらしい。


「そういえば、所長にもらった資料によれば、長谷部だっけ? 三井にぼこられたんだろ? 当分動けないんじゃないか?」


「そうかもしれませんけど、単独で逃げてるなら、動けるぐらいには回復してるんじゃないですか?」


「そっか。一応外見回りしてくるわ。由香は、桐原といちゃいちゃしとけ」


「えっ・・・と・・」


「こ・・近藤さんっ!!」


「おっと、危ない。んじゃいってくるわ」


 反応に困った僕。

 由香さんが再び拳骨を放つ。

 立ち上がってた近藤さん。

 今度はあっさりと避けた。


「もう、近藤さんってば」


「言うだけ言っていっちゃいましたね・・」


「ゆーと君、気にしないでね。あの人はいつもあんなだから」


「そうなんだ」


 近藤さんが由香さんをからかう。

 その後彼女の拳骨が放たれる。

 こんな遣り取りをいつもしているって事なのか?


「さてご馳走になったし、後片付け手伝うよ」


「ありがとうございます」


「あ、でもその前に、念の為玄関の鍵閉めてくるね」


 外回りにいった近藤さん。

 由香さんは玄関の鍵を閉めに行った。

 彼女が戻ってきた後、二人で食べ終わった食器を台所に運んでいく。

 食器洗いは由香さんにまかせて、僕は布巾を持って、テーブルに戻った。


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1991年5月22日(水)PM:20:45 中央区特殊能力研究所付属病院屋上


 病院の屋上。

 睨み合っている二人。

 一人は前髪を少しだけ残して坊主頭にしている羽場 武(ハバ タケシ)。

 スポーツ刈りに眼鏡をかけているのが三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)だ。

 義彦が問いかけるように、羽場少年に話しかけた。


「もう手の施しようもないぐらい暴走してるな」


「ミ・イ、ミツ・、ミツミツミツミツイイイイイ、マユコハワタサ・イ、マユコハワタ・、マユコハワタタタタタタサナナナイイイイアアアアア」


「羽場 武(ハバ タケシ)、もう話しかけても無駄かもしれんが。これ以上続けるなら、悪いが戻れなくなるぞ」


「ガガガガガアアアアアアアアア、コワレレレレロロロロロロ!」


「無駄か」


 目が血走っている羽場。

 まるで全てを憎悪するかのような眼差し。

 彼の周囲には竜巻が渦巻いている。


 義彦は冷静な眼差し。

 じっと羽場を見ている。


 羽場から放たれた、幾本もの熱を帯びた竜巻。

 義彦目掛けてが襲い掛かる。

 しかし、義彦が放った竜巻がすべてを弾き返した。


「もう何を言っても無駄かもしれないが、おまえの力じゃ俺は倒せないぞ」


 三井が風を纏い、突然羽場に向けて水平に飛んだ。

 再び放たれた熱風を吹き飛ばす。

 勢いそのままに腹に一撃。

 続け様に顎に拳を叩きこんだ。

 屋上のコンクリートの壁に叩きつけられた羽場。

 そのまま動かない。


「容赦無しですね」


 声に振り向いた義彦。

 そこには一人の少女が立っていた。

 銀色の長い髪と白い肌の美少女。

 髪の毛は無造作におろしてる。


「吹雪か。一応手加減はしてるぞ。というかおまえ羽場を追跡してたんじゃないのか? 今まで何処ほっつき歩いてたんだ?」


「変な奴らに追いかけられてました」


「変な奴ら? あいつらか?」


 三井が視線で指し示した先。

 仮面にDreiと刻印された黒い服が十二人。

 丈の長い漆黒のローブ。

 足元まで隠れている。

 そのローブには、装飾は特に何もされていない。

 背丈は全員同じぐらいでかなり上背がある。


「・・・・そうです、あれです」


 苦々しい双眸で黒い服を見た吹雪。


「倒せば良かったんじゃ?」


 吹雪が反応を返そうと口を開いた。

 その瞬間、十二人の黒い服が突然動く。

 義彦と吹雪に襲い掛かってきたのだ。


「問答無用かよ?」


 黒い服の一団は半分に分かれた。

 義彦に六人、吹雪に六人だ。


「ただの人間じゃなさそうだな」


 そのうちの一体が義彦の蹴りを食らった。

 吹き飛ばされ、仰向けになる。

 追いかけるように、加速する義彦。

 彼は上から押しつぶすように、腹部に蹴りを放った。


 腹部に減り込んだ義彦の足。

 彼は何か堅い木材を踏んだような感触を受けた。

 それでもそのまま、力任せにに踏み込んだ。


 義彦の足が減り込み、踏み砕かれた腹部。

 破れたローブ。

 上半身と下半身の繋ぎ目が見える。

 そこから見えたのは、木製らしき様々な部品。


「こいつら人間じゃないな」


「人間じゃない!? なら、何なんです?」


「よくわからんが木製の人形って所か? とりあえずは手加減の必要はなさそうだ」


 手加減の必要がなくなった二人。

 容赦なくそれぞれのエレメントを使う。

 一体また一体と戦闘不能にして行った。


「これで最後だ。羽場も転がったままだし、こいつら一体何だったんだか?」


 半分はバラバラに切り刻まれている。

 義彦の風の刃で斬り裂かれたのだ。

 吹雪と戦っていた半分には、小さな氷の刃が無数に突き刺さっていた。


「私達だから倒せましたけど、こんなのただの一般の人達は倒すのも難しいんじゃないですか?」


「そうだな、吹雪の言う通りだ。調べる必要があるだろうな。とりあえず羽場を連れてくわ」


「私はこの黒い服の残骸を集めておきます」


「よろしく。所長に報告してくる」


 吹雪をその場に残した義彦。

 羽場を担ぎ上げた。

 その後は屋上から、病院内に続く扉に向かう。


 屋上に一人残った吹雪。

 氷を丁字型に生成。

 即席の掃除道具にして、残骸を集め始めた。

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