195.同行-Accompany-

1991年7月7日(日)AM:10:42 中央区特殊能力研究所地下二階


 魔方陣の描かれた鉄格子の中。

 蹲るように座っている男。

 のは死んだ魚の様な目をしていた。


 聞こえてくる足音にも、興味を示す事はない。

 現れた黒のレディーススーツの女性。

 鉄格子越しに男を見る。

 彼女の瞳に宿るのは、憐憫。


「鳥澤 保(トリサワ タモツ)、お前のした事は許される事ではない。でももし私が同じ立場だったとしたら、同じ事をしたかもしれないわ」


 悲しみの瞳で見下ろす白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。


「でもね。もしかしたら別に黒幕がいるかもしれないのよ。湯上 正克(ユカミ マサカツ)や他の監察官の保っていた一線を破壊した人物がね」


 彼女の言葉に、瞳に生気が少し戻り始める。


「あなたは明日、別の場所へ移送される。移送先については、毎回問い合わせてるけど教えてもらえてないわ。だから、私達はあなたが何処に移送されるのかはわからない。私も美咲もずっと疑問に思ってた。何故移送先を公表してもらえないのか」


 俯いていた鳥澤の顔が、かすかに持ち上がった。


「それを俺に聞かせて何か意味があるのか?」


「意味なんてないわ。でも、もし協力してくれる気があるならば、頼みたい事があるの」


 どう答えるべきか迷っているようだ。

 時折考え込むような表情になる鳥澤。


「移送するとなれば、手枷足枷をされる。そうすれば俺の力はほぼ使えない。そんな奴に何を頼むと言うんだ?」


 彩耶と視線を合わせた鳥澤。

 投げ遣りな瞳のままそう言った。


「あなたに何かしてもらうつもりはないわ。ただ、この二人を同行させる事を黙ってて欲しいの。IEPR日本ランキング四位のあなたなら、こっそり同行させても気付くでしょうしね。だから前もって頼んでいるのよ」


 先程までは彩耶一人だけのはずだった。

 だが、いつの間にか彼女の背後には少女が二人隠れている。

 少女二人に視線を移した鳥澤。


「白紙家の式神か? 見た目はかわいい童女だな」


-----------------------------------------


1991年7月7日(日)AM:10:46 中央区精霊学園札幌校第五研究所一階


 稲済 禮愛(イナズミ レア)が、義手を操作している。

 直ぐ側で見ている朝霧 拓真(アサギリ タクマ)。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)は禮愛の後ろから覗き込む形だ。


 拓真に視線を向ける古川。

 視界の端に人形の手のような物が見えた。

 気になってしまった古川。

 視界の端に見えた人形に歩いていく。


 古川の腰の高さぐらい。

 四つん這いになっているらしい人形。

 カバーがかけられている。

 その為、手先の部分と足先の部分以外は見えない。


「これは?」


 古川の疑問に、拓真も顔の向きを変える。

 カバーがかけられている人形に目を向けた。


「あぁ、それですか。桐原君の案で製作している人形ですよ。厳密に人形と呼んでいいのかはわかりませんけどね。実際にはもう少し大きくなる予定です。それは強度や動作性能等を確認する為の試作機ですね」


「これは完成しているのか?」


「いえ、まだです。一応の骨組みが出来ただけでして。材料不足で進んでないんですよ。火伊那達が桜田さんにお願いしていた材料を持って帰ってきたら、また作業しますよ」


「そうか。そうそう直ぐには出来るわけもないか」


 二人が話しをしている。

 その間も、禮愛は一心不乱に義手の操作をしていた。


-----------------------------------------


1991年7月7日(日)AM:12:57 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


 ベッドに寝転がっている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 一人考え事に耽っている。

 ふと、窓際に置いてある目覚まし時計を見る。

 昼を過ぎている事に気付いた。


 傷の影響と土御門 鬼那(ツチミカド キナ)達の監視。

 食料をまともに準備していない。

 その事に今更気付いた。


 朝については、前日に土御門 鬼威(ツチミカド キイ)が買ってきてくれていた。

 その為、問題なかったのだ。

 しかし、昼食については、何も考えていなかった。


 ベッドから起き上がった義彦。

 冷蔵庫を開けてみるが何もない。

 ほとんど何も買出ししてなかった。

 だから、当然ではある。


 四日前に土御門 春己(ツチミカド ハルミ)にやられた義彦。

 体を拭いてもらったりはしていた。

 しかしそれから四日、風呂には入れない。

 シャワーを浴びる事もしていなかった。


 髪の毛についている寝癖。

 どうするか迷っている。

 しかし、このまま空腹に耐え続けるのは御免蒙りたい。

 その為、面倒だと思いながらも行動を開始する。

 青色のジーパン、半袖のポロシャツに着替えるのだった。


 顔を痛みで歪めている義彦。

 それでも何とか靴を履いた。

 廊下を歩いてくる足音。

 さほど興味を抱かない。

 勢い良く玄関の扉を開けた。


 そこで驚いている顔の二人。

 見知った顔に出くわす。

 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)とリアドライ・ヴォン・レーヴェンガルト。

 二人がびっくりした顔で立っていた。


「まゆとドライ?」


「おにぃ? もうびっくりした。アリアベーカリーのパンだよ」


「義彦、こんにちわ。食事の配給です」


「えっ!?」


 予想も出来ない展開。

 二人の言葉に唖然とする義彦。


「ドライちゃん、配給っていうのは語弊あるんじゃないかなぁ? 私達はお見舞いに来たんだからさ」


「それでも配給なのです」


 意味不明な自信で、そう言い張るドライ。

 苦笑いの義彦と茉祐子。


「おにぃ、これアリアベーカリーのパンだよ。とりあえずお邪魔してもいい?」


「あぁ、もちろんだ。丁度昼飯を買いに行こうと思ってたからありがたい」


 靴を脱ぎ、部屋の中に戻る義彦。

 茉祐子とドライも彼の後に部屋に入っていく。


 ベッドに座った義彦の視界に入ってくる二人。

 茉祐子は、デニムのロングスカート。

 半袖のポロシャツもデニムだ。

 ポロシャツの中には白のティーシャツを着ている。


 白と淡い桃色のストライプのツーピースのドライ。

 袖や襟は濃いピンク。

 小さいハートマークが刺繍されていた。


「二人とも、かわいいな」


 何気なく放った義彦の言葉。

 しかし、効果は抜群だったようだ。

 頬を染めてもじもじする二人。

 茉祐子とドライの反応。

 微笑ましい顔になる義彦だった。


「二人とも紅茶でいいか?」


 立ち上がろうとした義彦。

 しかし、きりりと睨んできた二人。

 茉祐子とドライの視線に動けなくなった。


「怪我人は大人しくしていて下さい。おにぃはコーヒーでいいの?」


「あ・・あぁ」


 茉祐子とドライの予想もしない視線。

 蛇に睨まれた蛙如く動けない義彦。

 歯切れ悪く酷く曖昧に返事を返すだけだった。


「ドライちゃんも手伝ってね」


「了解です」


 しばらくしてティーカップ二つを持ってきた茉祐子。

 ドライは自分の分のティーカップをテーブルに置いた。

 そして椅子に座る。

 茉祐子もティーカップをテーブルに置いた。

 その後、部屋の隅にあった椅子に歩く。

 椅子をテーブルまで移動させて座った。


「あ、先におにぃの包帯取り替えないとだね」


 茉祐子は、視線を彷徨わせて何かを探す。

 服が汚れたら悪いからと、何度か断った義彦。

 茉祐子とドライの強い言葉に押し切られ、抵抗を諦める。

 彼女の視線の意図に気付いた義彦は、救急箱を指差した。


「あの中だ」


 こうして、上半身を晒す事になった義彦。

 傷口は左脇腹と右胸、右上腕の三箇所。

 いずれも切り傷で、左脇腹が一番深い。

 茉祐子とドライは、一緒に入っていたタオルを水で湿らせた。

 その上で、優しく義彦の体を拭いていく。


「怪我の経緯は一応聞いたけど、他の傷は塞がっているのに、この三箇所だけ何でこんなにも遅いんだろう?」


 何気なく呟いた茉祐子の言葉。


「確かに茉祐子ちゃんの疑問も当然です。説明すべきですよ」


 義彦に問い掛けるかのようだ。

 視線を合わせたドライ。

 包帯の取替えが完了。

 義彦は上着を羽織った後に口を開いた。


「憶測の話しだが、相手の武器に、自然回復を遅延するような、呪いなり何なりの効果があるんじゃないかという事だ」


「え? それじゃ回復しないって事なの?」


「いや、徐々に塞がっているだろ? だからあくまでも遅延だ。効果を解除出来ない限り、すぐには塞がらないのかもな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る