194.傷口-Wound-

1991年7月7日(日)AM:10:42 中央区精霊学園札幌校第五研究所一階


 車椅子に座っている男。

 左手だけの人形の手を握っている。

 部屋の中には彼一人だけ。

 人形の手に魔力を込めた彼。

 人間の手のような質感に変化した。


「お邪魔するよ」


 入室してきたのは、古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 稲済 禮愛(イナズミ レア)は車椅子だ。


「やってるな」


 車椅子に座り、人形の手を握っている朝霧 拓真(アサギリ タクマ)。

 古川は、彼ににっこりと微笑む。


「やってますよ。ところで所長、彼女は?」


「彼女は稲済 禮愛(イナズミ レア)、私の先輩だな」


「朝霧さん始めまして、稲済 禮愛(イナズミ レア)です。美咲に少しお話しをお伺いしました。有能な人形師と伺っております」


「まだ二級ですけどね」


 苦笑いの拓真。


「その手に持ってる奴を、彼女に見せてやってくれ」


「わかりました」


 一度魔力を送るのを停止した拓真。

 人肌の質感が、木の質感に戻る。

 その様子を見ていた禮愛。

 彼女は驚きの眼差しだ。

 再び魔力を込める拓真。

 すると、人肌の質感に再び変化した。


「これは魔導人形の技術を応用した義手ですね。義手に触れている部分から魔力を流す事で、普通の手のように利用する事が出来ます。もっとも僕自身が装着して利用しているわけではないので、どんな感覚なのかはわかりませんけど。第一号使用者の浅田さんの話しですと、最初は何か不思議な感じだったそうですよ。よければ実際にご自身の手から魔力を流してみますか? 所長の先輩という事であれば、魔力の使い方はご存知かと思いますので」


 古川に押されていく禮愛。

 拓真の前まで移動した。

 おっかなびっくりだ。

 木製の質感に戻っている人形の手。

 彼女は右手で握ってみた。


「禮愛のそんな姿、滅多に見れないな」


 何とか笑いを堪えている古川。


「美咲、ちょっと笑わないでよ」


 そう言いながら、彼女は人形の手に魔力を流してみた。

 拓真が行ったのよりは時間がかかる。

 しかし、質感が人肌の物に変わっていく。


「流す魔力で握力とかは変わりますので、慣れるまでは力加減とかは難しいかもしれませんが」


「これどうやって指とか動かすんですか?」


「魔力を流しながら、頭の中でイメージして見て下さい。最初は大変かもしれませんけどね」


 拓真の指示に従う禮愛。

 目を瞑ってイメージする事に集中し始めた。

 徐々に指がゆっくりと閉じ始める。

 完全に握った後は、今度は開き始めた。


 五回繰り返した禮愛。

 瞑っていた目を開けた。

 再び同じように繰り返してみる。


「慣れれば自然に出来るようになると思いますよ。師匠ならもしかしたらもっとうまく調整出来るのかもしれませんけどね」


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1991年7月7日(日)AM:11:55 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


「二人とも悪いな」


「いえいえ、怪我人に動き回られるのも後味悪いですしね」


「うん、私もゆーと君と同じ事思ってました」


 河村 正嗣(カワムラ マサツグ)は既にいない。

 沢谷 有紀(サワヤ ユキ)を連れて先に戻った。

 古川理事長に呼ばれているらしい。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)も既にこの場にはいなかった。


 部屋にいるのは桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 片付けをしている中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 ベッドに潜った三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)の三人。


 そんなに散らかったわけではない。

 だが、それぞれが持ってきた物があった。

 飲み終わったペットボトルや菓子類の袋。

 悠斗と愛菜が片付けた後だ。


「それじゃ、お大事に」


「義彦さん、無理しちゃ駄目ですからね」


 こうして部屋を辞した悠斗と愛菜。

 玄関に向かって歩いていく。


「昼どうしようか?」


「うーん? そうだ。吹雪ちゃんが言ってたアリアベーカリーだったかな? おいしいらしいから言ってみようよ」


「そうだね。そうしようか」


 愛菜の提案で昼は決まる。

 アリアベーカリーというパン屋さん。

 二人はそこへ向かう事にした。


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1991年7月7日(日)PM:12:05 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


「それで、二本の刀を持っていたという事なんじゃな」


 ベッドに横になっている義彦。

 椅子に座っている土御門 春己(ツチミカド ハルミ)。

 彼と言葉を交わしている。

 春己は珍しい表情。

 至極真剣な顔になっている。


「あぁ、おそらくどっちも霊装器だと思う。対峙した時は、使わないのか使えないのかはわからないが、刀に霊力を流す事はなかった」


 苦々しい表情になる春己。

「ふむ。義彦の見た刀の特徴から、封印されていた二本の刀の可能性も有るが、断言までは出来ないのぅ」


 十センチメートル程の正八面体の結晶。

 義彦の手に握られている。

 正八面体は最初は透明だった色。

 それが徐々に黒に変化していた。


「仮にじじぃの言う二本の刀だとして、それがどうかしたのか?」


「ううむ。封印されている所に儂も赴いた事があるのじゃが、非常に禍々しい刀じゃったのだ。美咲ちゃんの話しでは、精霊庁でさえも危惧していたらしいがのぅ」


「そんなに? そもそも何で廃墟同然のマンションになんかあったんだ?」


「残念ながらその経緯は、記録がないのでわからんのじゃ。ただ、聞いた話しじゃと、移動する事が出来なかったらしいのぅ」


「それで?」


「刀の名前は闇花(ヤミハナ)と兼光村正黒(カネミツムラマサコク)と言うらしい。話しても良いが、余り楽しい話しではないぞ」


 春己の言葉に、少し思案する義彦だった。

 しかし、腹を括ったかのようだ。

 彼に真直ぐに視線を合わせた。


「どうせまた、俺に難癖付けて来るだろうしな。対処の糸口になるかはわからないが、参考までに教えてくれ」


「わかったのじゃ。まず兼光村正黒(カネミツムラマサコク)じゃが、四本ある兄弟刀の一本と言われておる。兼光村正黒(カネミツムラマサコク)、兼光村正闇(カネミツムラマサアン)、兼光村正影(カネミツムラマサエイ)、兼光村正陰(カネミツムラマサイン)じゃな。戦国時代に製作されたそうじゃが、詳細は不明じゃ。じゃが、兼光村正黒(カネミツムラマサコク)がもっとも禍々しい刀と言われていたそうじゃ。何処まで本当かわからんがのぅ」


「それで? 他には?」


「それだけじゃ。兼光村正黒(カネミツムラマサコク)を除く三本は、現存しているかもわからん」


「どう禍々しいとかはわからないって事か?」


「そうじゃなぁ? 感覚の問題だし、説明するのが難しいのぅ」


 春己の返答に、苦笑するしかない義彦。

 彼が手に持っている正八面体の結晶。

 ほぼ真黒に染まっていた。


「それで闇花(ヤミハナ)は?」


「詳しい鍛造法や鍛錬法は不明じゃが、第二次世界大戦中の刀らしいのぅ? 自らの娘を生贄に鍛錬された刀という話しじゃ。今でも生贄にされた娘の怨霊が宿っていると言われておる。一級に指定されているからのぅ、怨霊かどうかはともかく何かが宿っているのは真実なのじゃろうな」


「何かやっかいそうだな」


「お主の怪我の直りが遅いのも、その影響かもしれないのぅ。それでも闇属性の影響で、中和されているんじゃろう」


「自分で忌々しいと思ってる力に助けられてるかもしれない何て、皮肉な話しだ」


 自嘲気味に笑う義彦。

 春己は何も言葉を返す事が出来ない。


「あ、これ終ったぞ」


 手に持っていた正八面体の結晶。

 春己に差し出す義彦。

 結晶を受け取った春己。

 腰に下げている巾着袋に、静かに仕舞った。


「じじぃ、今度来る時に可能であれば、霊力充填結晶を五個か六個持ってきてくれ」


「それは構わぬが? どうするつもりじゃ?」


「ん? 一応の保険かな?」


「良くわからんが、まぁ了解じゃ。さて、儂はそろそろ戻るかのぅ。孫娘達と約束してるのじゃ」


「あぁ、そうか。よろしく言っといてくれ。後暴虐無人に襲撃してくる長姉に、しばらくは受け付ける暇がないとでも」


 義彦の言葉に、苦笑いになる春己。

 手をひらひらとさせながら部屋を出て行った。

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