309.綺麗-Beautiful-

1991年7月27日(土)AM:5:14 中央区人工迷宮地下二階


「あぁ、そうか。彼女達には常識じゃないものなのかも。それに衰弱していたのでしょうね。私が開けてあげるから、伝えてくれる?」


「わかりましたよ」


 グラセエルの缶を受け取った阿賀沢 迪(アガサワ ユズル)。

 微笑みかけながら、缶を開けた。


「ありがとございますだそうです」


「口に合えばいいけど」


 次にレイエルの缶を受け取った迪。

 グラセエルは、余程喉が渇いていたようだ。

 ごくごくと飲み続けている。

 迪から缶を受け取ったレイエル。

 彼女も同様に勢いよく飲み始めた。


「それでどうだった?」


 二人を微笑ましく見つめている迪。

 トルエシウンに視線を向けた。


「そうですね。簡単にしか聞いてません。後、一部推測もはいります」


「うん、わかった」


「まず彼女達の国が虫の大群に滅ぼされました。大前提です」


「それで?」


「かなりの数が逃げ出したようですが、虫達は執拗に追跡をして来たようですね。大きな棘みたいな虫に追われて逃げて崖に追い詰められたようです。それで一か八か崖に飛び込んだようですね。落下途中に歪曲点が存在。以前から発生していたのでしょう」


「追跡棘みたいな虫達も彼女達を追って歪曲点にって事?」


「おそらく」


「それでシャイニャンはクリスタルを破壊せざるを得なかったのかもね」


「レイエルが、私達を助けてくれた紅の人はと聞いてきてます」


「シャイニャンの事かな? それじゃ会いにいきましょうか」


 トルエシウンに伝えさせる迪。

 迪がレイエルを背負った。

 グラセエルはトルエシウンが背負う。

 そして四人は天幕の外へ出た。

 二人をシャイニャンに会わせる為だ。


「クリスタルまで破壊する必要性はなかったのではないですか?」


 正座して顔を俯かせているシャイニャン。

 見下ろすリンダーナの顔は険しい。


「仰るとおりでごじゃいましゅ」


「なんですか? ましゅとかふざけているんですか!? 主は命令違反の許可はくれましたが、限度というものがあるでしょうが!?」


 彼女達は人間とは比較にならない程の感覚を持っている。

 その為、いち早く状況を把握する事が出来たのだ。


「だってさー!?」


「言い訳はいりません」


 リンダーナに一刀両断されたシャイニャン。

 ファイクロンは、少し離れたところで戦々恐々の表情。

 二人を見ながら会話を聞いていた。


「リンダーナ、少し落ち着きなさいね」


 聞こえて来た迪の声。


「命の恩人の赤の人をいじめるなと後ろの少年が吼えております」


 トルエシウンの言葉に絶句するリンダーナ。


「赤の人が私達を助けて怒られているのであれば、その責は私達が負います。赤の人は私達の命の恩人です。許して下さい。お願いしますと、迪の背負っている少女が訴えかけております」


 続け様のトルエシウンの通訳。

 目が点になってしまったリンダーナ。

 それはシャイニャンも一緒だった。


「あはははっ!! あははははははははははは!!」


 突如大笑いするファイクロン。


「リンダーナ、手前の負けだな! 迪の意志を汲んで二人を助けたシャイニャンが正しいんじゃねぇか? たとえそれが度を越えた命令違反だったとしてもよ!!」


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1991年7月27日(土)AM:9:22 中央区人工迷宮地下二階


「本当、べったりだなぁ」


 天幕の中、野流間(ノルマ) ルシアの視線の先。

 ベッドを椅子にして座っている三人。

 命の恩人であるシャイニャン。

 彼女にすっかり懐いているレイエルとグラセエル。


 シャイニャンも悪い気はしてないようだ。

 邪険に扱う素振りは一切ない。

 もっとも、三人は念話での会話をしている。

 なので、ルシアは雰囲気からそう察しているだけだ。


「ヴェールアンジュか。聞いた事もないなぁ」


 普段は青い瞳の彼女。

 右目だけが紫に輝いて、うっすらと紋様が浮かんでいる。

 鑑定眼を発動させているからだ。


「衰弱はしてたものの、命に別状はなさそうなのは救いだよね。問題は二人の心だけど。こればかりは専門家でもないとどうしようもないか」


 手に持っている大き目のクリップ付き下敷き。

 そこに挟まれている用紙。

 魔眼で得た情報を記入していくルシア。

 同時に、彼女は一人ぶつぶつと呟いている。


 レイエルとグラセエルに時折聞こえているようだ。

 二人は何度かルシアに視線を向けている。

 その都度、シャイニャンが何か教えているようだった。


「るしあー、レイとグラがねー、紫の右目凄い綺麗だってー!!」


 誰とでも比較的直ぐ打ち解けるシャイニャン。

 ルシアも既に呼び捨てにされていた。

 それは既に日常茶飯事の出来事となっている。


「近くで見たい!? って聞いてくれるかな?」


「うん、わかったー!」


 ルシアも綺麗と言われて悪い気はしないのだ。


「るしあー、見たいって!!」


「そっか。もうしょうがないな」


 シャイニャンの隣に座ったルシア。

 レイエルとグラセエルと対面する形になった。

 二人の視線はルシアの右目に釘付けになっている。


「シャイニャンもるしあのその目綺麗だと思うー! 任意発動で色変わるってどんな気分なんだろー!?」


「どんな気分!? うーん? そうだなぁ? 魔眼によるんだろうけど、私のはテレビゲームとかでステータス見てるのとかに近いのかも。私もそんなにゲームするわけじゃないけど」


「テレビゲーム? した事ないかもー。迪にねだってみようかな?」


 心の底から見惚れている眼差しの三人。

 ルシアは微笑ましいものを見ているような表情だ。


「それとなく欲しがってるみたいだって、私も伝えといてあげるね。それじゃ、私はこれ渡して来くるから」


 クリップ付きの下敷きを少し掲げたルシア。


「うん、わかったのだー! 二人にも伝えるよ」


「お願いね」


 立ち上がったルシア。

 天幕の外へ向かって歩く。


「るしあー」


「ん? なーに?」


「レイとグラがね。また見せてくれますか? って聞いてるよー!」


「時間あるときにまた見せてあげる。だから早く元気になってね! って伝えてくれるかな?」


 レイエルとグラセエルに微笑むと立ち去るルシア。

 背後からのわかったーというシャイニャンの言葉。

 嬉しそうに何かを口走っているレイエルとグラセエル。

 二人の声が聞こえた。


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1991年7月27日(土)AM:10:12 中央区人工迷宮地下五階


 階段前で見張りをしている二人。

 片倉 涼(カタクラ リョウ)と岩西 甚汰(イワニシ ジンタ)。

 二人は軽口を言い合っている。

 その二人の声が突如止まった。


「サルなのか?」


 数十秒の空白の後、呟いた岩西。


「たぶん?」


 片倉も半信半疑だ。


「とりあえず報告しようか?」


 無線にて本部に報告を始める岩西。

 半信半疑のままの表情の二人。

 彼等の視線の先は、一点を凝視している。


 半透明なフィルターの奥で動く存在。

 造形的には猿に見える。

 金属的光沢を放つ体。

 猿の形をしたロボットといった姿だ。


 最初は一体だけだった猿のロボット。

 徐々に数が増えていく。

 最終的に十二体がフィルターの奥に現れた。


「報告しておきながらだけど。夢でも見てるのか?」


 目の前に存在している。

 にも関わらず、素直に呑み込めない岩西。


「いや、俺も同感だ」


 彼の意見に同意する片倉。

 二人がじっと見つめている。

 そんな中、十二体の猿型ロボットは同時に動く。

 突如両腕を前に突き出した。

 直後、轟く銃撃音。

 半透明なフィルターに着弾する。


「いや、夢の方がまだましだろ!? これ?」


「いやいや、フィルターなかったら、俺達死んでるって!?」


 常識を塗り替える目の前の状況。

 岩西も片倉も驚きを通り越していた。

 半透明のフィルターに銃弾が着弾。

 一発も突き抜ける事なく消失。


 それでも撃ち続ける猿のロボット。

 しばらくして弾薬が切れたのだろう。

 猿のロボット達は撤退していった。


 報告すらも忘れて動けない岩西。

 片倉も、無線から声が聞こえてくるのを把握はしている。

 それでも二人は、目の前の状況にしばらく動く事すら出来なかった。

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