第九章 人工迷宮編

128.頑固-Obstinacy-

1991年6月10日(月)PM:12:56 中央区人工迷宮地下一階南ブロック


「ケガシタ・・ニンゲン・・フタリ・・イル」


 先頭の白い肌の唇が動く。

 言葉を発した。

 片言だが日本語。


「ワタシタチ・・センゾ・・ヒト・・タスケラレタ・・オンカエス」


 八つの瞳からの視線。

 石化したかのように固まっていた二人。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)とエルメントラウト・ブルーメンタール。


「ワタシ・・ルラ・・テキチガウ・・アイツラ・・マタ・・クル」


 黒い肌の少女が補足する。


「私達は醜小鬼(アグリゴブリン)と違い、あなた方に敵意はありません。銀髪の方も、その怪我では動けないでしょうし、金髪の方も、決して軽い怪我ではないとお見受けします。私はラミラ、最初に話しかけたのはルラ。ルラと同じもう一人の白肌がクナ、私と同じ黒肌がレミラです」


 四人は簡素な灰色っぽいワンピース。

 所々が汚れたり、破れたりしているがわかる。


「私はエルメ。銀髪はふぶきん」


「吹雪だよ。嘘教えない! っ!?」


「嘘じゃないですし。それに大声だしたら痛くて当たり前です」


「もう、私達を助けるって、エルメはともかく、私は足手まといにしか」


「いえ、人は私達よりも知識あります。それは強力な武器だと私達は考えます。それで、出口を探したいと思うのですが、協力して頂けますか?」


「協力はいいけど、エルメも出口がどっちか、わからないんだよね?」


「はい、ふぶきん。わからないです。ところでさっきのは醜小鬼(アグリゴブリン)と言うですか?」


「はい。違うのもいたようですが」


 答えたのは、レミラと紹介された黒肌の少女。


「ふぶきん騙したですか? さっきの説明と違います」


「え? そんなつもりはないけど?」


 再びレミラが口を開く。


「人間には小鬼(ゴブリン)という単一種族と思われていますが、実際には小鬼(ゴブリン)という種族の中に、様々なのがいるんです」


「それじゃ、私達の知る知識が、間違っているって事?」


 吹雪の疑問に、レミラは曖昧に答えた。


「たぶん」


「そんな事よりもこれからどうするです?」


 会話に終止符を打ち、現実に目を向けさせたエルメ。


「しっ! また何か来る」


 足音をいち早く察知した吹雪。

 彼女の言葉に、即座に反応したのはレミラ。


≪透明霧(クリアミスト)≫


 足音が遠ざかり、聞こえなくなるまで無言。


「一時的に姿を隠す魔法。隠す事出来ますが、臭いでこの周辺にいるのは、ばれているんだと思います」


 レミラの言葉の意味は重い。

 このままここにいれば、発見されるという事だ。


「移動した方がいいみたいね。とりあえずは、彼らとは逆方向へ行くしかなさそうかな」


 共闘する事になった六人。

 前衛はエルメ。

 その後に、吹雪に肩を貸して歩くルラとクナ。

 最後尾はラミラとレミラだ。


 この布陣の発案は吹雪。

 彼女達は、吹雪の発案に文句は言わなかった。

 そうして歩く六人。

 突如ラミラが魔法を唱えた。


≪索敵(サーチ)≫


 その後ラミラが、説明と結果を口にした。


「索敵の魔法です。近くには生命反応はありません。左側少し遠くに人二人、おそらく醜小鬼(アグリゴブリン)多数と交戦中。後方と右側に醜小鬼(アグリゴブリン)が多数いますが、直ぐには追いつかれないと思います」


「どうするふぶきん?」


「こんな所に人がいる?」


 しばし思案に浸る吹雪。


「私かエルメ、どっちかの味方の可能性が高いんじゃないかな? エルメどう思う?」


「ふぶきんに同意見です」


「それじゃあ方向は決まったわね」


 そこで、突如魔力の高まりを近距離で感じた六人。

 特にエルメは、自身から感じられる事に戸惑いを禁じえない。

 焦りであたふたしながら、自分の体を弄る。

 そして一本の鍵を取り出した。


 即座に後方に投擲。

 その瞬間、鍵は爆発した。

 六人の目には迫ってくる爆風。


 突如、視界内を覆い隠した氷の壁。

 幾重にも重なっていく。

 吹雪の瞳が青白く輝いていた。

 迫っていた爆風。

 氷の壁を突破する事は出来なかったようだ。


「ガハッ」


 しかし、動く事すらままならない状態。

 力を使った反動が吹雪を襲う。

 彼女は吐血し、足をがくがく震えさせ始めた。


「ふぶきん? ふぶきん?」


 ルラとクナは、肩を貸したまま膝を折った。

 心配げに吹雪を見る。

 レミラも同様に彼女を見つめていた。

 ラミラが口を開く。


「ルラ、クナ、彼女を一度寝かして」


 頷いた二人は、吹雪をその場に寝かせた。

 既に吹雪は意識を失っているようだ。


「私のせいだ。どうしよう・・どうしよう・・ふぶきん」


 吹雪に対処する事も出来ない。

 今後どうするかも、判断出来ない一行。

 しばらくして、重い瞼を開けた吹雪。


「はぁはぁ・・私どれ位意識失っていた?」


 エルメに止血され、手当てされた傷口。

 力を使った反動なのだろう。

 再び、出血し始めている。


「ふぶきん、たぶん一分位。ごめんなさい・・私のせい、ごめんなさい」


「エルメ、はぁはぁ、そんな事はいい。わ・私を置いて五人で逃げなさい」


「えっ?」


 小鬼(ゴブリン)の四人。

 二人の話しを黙って聞いている。


「はぁはぁ、今の爆発はたぶん・・はぁはぁ、反響して遠くにまで聞こえてるはず。はぁはぁ、すぐに追いつかれる」


 話しをするのも辛い吹雪。

 それでも言葉を続ける。


「はぁはぁ、あなた達五人ならば、逃げ切れるはずよ」


「ルラ・・ヤダ」


「クナモ・・ヤダ」


「言ったはずです。先祖の恩を返す為だと。なので私もお断りします」


 ラミラの言葉にレミラも続けた。


「同感です。先祖の恩を返す事もせず、逃げるならば、ここで戦って死んだ方がましです。例えその後、どんな未来が待っていようとしても」


「ふぶきんの言いたい事はわかるけど、私もやだ。ここで戦う。だからもう無理しないで、おとなしく寝てるです」


「はぁはぁ、あなた達馬鹿でしょ?」


 そう言いながらも吹雪は、彼女達に感謝するしかない。

 本当はこんな所で一人。

 置いていかれるのは、怖くてたまらない。

 死ぬのだっていやだ。


 命を掛けて守る程の価値もない。

 思いながらも、残ると言ってくれた彼女達。

 その言葉は、吹雪に死に抗う力をくれた。


 何とか上半身を起した吹雪。

 最悪無茶してでも、力を使うつもりだ。


 しばらくして、聞こえてくる足音。

 背後を覆っている氷の壁。

 その壁の向こうで騒いでる集団。


 迫ってくる醜小鬼(アグリゴブリン)の群れ。

 前方の通路だけではない。

 右側に続いてる通路からも、徐々に見えて来る。


 前方の軍勢と相対するエルメとラミラ。

 右側の軍勢には、レミラとルラ。

 クナが吹雪を守るように、陣取っていた。


 前方の軍勢と戦端が切り開かれる瞬間。

 醜小鬼(アグリゴブリン)の群れ。

 その一部から、黒い炎が巻き起こった。

 直後、駆け抜ける存在。

 まさに神速の速度で、何かが駆け抜けている。


 前方の集団は、突然の襲撃者に大混乱。

 瞬く間に斬り裂かれていく。

 醜小鬼(アグリゴブリン)の集団は、数を減らしていく。


 何が起きているのか。

 吹雪達一行にはわからない。

 前方の醜小鬼(アグリゴブリン)の群れ。

 状況を把握出来ない吹雪達の前で、しばらくして全滅した。


 一振りの刀と鞘を手に持ち、六人の前に立つ人物は二人。

 そのうちの一人は、吹雪が逢いたかった人。

 しかしもう二度と逢えないだろう。

 そう覚悟していた相手だった。


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1991年6月10日(月)PM:12:58 中央区人工迷宮地下一階西ブロック


 アリアット・カンタルス=メルダーに抱えられていたアグワット・カンタルス=メルダー。

 体の痺れも大分取れてきている。

 念の為、自分の拳を何度か握り直して確認した。


「アリア、もう大丈夫だ。下ろしてくれ」


「わかった」


 アグワは念の為、体を動かしてみる。

 問題ない事を確認した。

 痺れは少し残っているが、動けない程ではない。


 一通り体を動かし終わったアグワ。

 アリアが驚きの顔になった。

 魔力の素養が、ほとんど全く無かったアグワ。


 まだ痺れが若干残っている。

 感覚が鈍い事が災いした。

 アリアが鍵を投げたが、その意味を即座には理解出来ない。


「パパ、鍵手放して!?」


 遅れて魔力の波動を感じたアグワ。

 急いで鍵を投げる。

 しかし一足遅かった。


 至近距離で魔力が暴走し、爆発を引き起こす。

 迫り来る爆炎。

 咄嗟にアリアを抱き締めて盾になったアグワ。

 彼の意識は、そこで途絶した。

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