129.愛娘-Daughter-

1991年6月10日(月)PM:12:54 中央区人工迷宮地下一階南ブロック


 飛び散る鮮血。

 振り抜かれる刃。


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)達二人。

 到着そうそう、醜小鬼(アグリゴブリン)の群れに遭遇。


 今二回目の殲滅戦だ。

 五十近い数がいる。

 しかし、実際に戦闘に参加してる数は限られる。

 それは、閉鎖空間内であるだ。

 もしそうでなかったとしても、二人の相手ではなかった。


「まったく次から次へと何なんだ?」


「さぁのぅ? しかしこやつらが、市内に溢れたら事じゃ」


 殲滅し終わった醜小鬼(アグリゴブリン)。

 その亡骸の中を進む二人。

 余り迷宮内は明るくは無い。

 なので、視覚よりも聴覚や触覚を頼りにするしかなかった。


 警戒しながらも進んでいく二人。

 当初は中で分かれる予定だった。

 だが、万が一を考えて共闘する事にしたのだ。

 突然轟音が轟く。


「何だ? まぁ、行くしかないか」


 反応も待たずに走り出した義彦。

 走り出して数分後、見えてきた。

 またもや醜小鬼(アグリゴブリン)の群れ。


 前方にいるのは、魔術を使えるようだ。

 杖を持って何かを唱え終わった。

 その数ざっと十五。


「ちっ、距離がある。風じゃ全部は無理だ」


 風の刃を走らせようと思った義彦。

 間に合わないと悟り攻撃方法を変えた。

 突如その十五体、をまるまる飲み込む黒い炎の柱。

 それが、何本も立ち上った。


 黒い炎の柱の間を、駆け抜ける義彦達二人。

 すれ違い様に、次々に屠っていく。

 そして、殲滅した醜小鬼(アグリゴブリン)の群れ。

 奧にいた人物を見て、義彦は驚いた。


「吹雪、無事・・とは言えないが無事か?」


「み・三井兄様?」


 驚きと嬉しさと様々な感情が交錯。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)の双眸。

 不思議と自然に、涙が出て来た。


 本当は抱きつきたい。

 だが、補助がなければ立ってられない。

 その為、涙を我慢しながら控えた。


「ふぶきんの知り合い?」


 状況がさっぱり飲み込めないエルメントラウト・ブルーメンタール。


「悪いが詳しい話は後だ。まずは残りを片付ける」


 義彦はエルメの疑問を、ばっさり斬り捨てた。


「氷の向こうは俺がやる。じじぃ左側はまかせたぞ」


「やれやれしょうがないのぅ」


 吹雪を守る様な位置のレミラ、ルラ、クナ。

 三人に接近してきた醜小鬼(アグリゴブリン)。

 しかし、間に入り込んだ人物に、斬り裂かれてゆく。

 彼女達三人は彼の動きを捕捉出来ない。

 その為、何が起きているのか理解出来ずにいる。

 戸惑っているだけだ。


「レミラ、ルラ、クナ、自分の身を守る事だけに集中。エルメとラミラはそのまま前方を監視」


 何とか涙を堪えながら、指示を出す吹雪。

 義彦は氷の壁の前に立っている。

 その向こうでは、氷を何とかしようとしている、醜小鬼(アグリゴブリン)達。

 斬りつけたり、叩いたりしている。

 中には、魔術を使えるようなのもいた。

 炎を出して溶かそうとしている。


 刀を上段に構えた義彦。

 裂帛の気合と共に、刀を振り下ろした。


 余りの速度に、誰も刀閃を認識出来ない。

 何度も重なり合う音。

 連続で、斬り付けているようだ。


 氷の壁が粉々に砕け散った。

 背後にいた醜小鬼(アグリゴブリン)の群れ。

 彼等のうち、前衛にいた者達。

 気付けば、バラバラに斬り裂かれていた。


 氷の壁がほぼ消失。

 その為、攻め入ろうとする。

 義彦が、刀を溜めて放った。

 龍のような複数の黒い炎。


 瞬時に炭化させて、醜小鬼(アグリゴブリン)を蹂躙。

 それだけで八割が壊滅。

 難を逃れ、生き残っている者達。

 それでも、義彦に攻撃をしようとする。


 前衛の生き残りが、剣を握り走ってくる。

 弓を構えて矢を穿とうとする後衛。

 魔術を唱えてるらしい。

 火の玉を放とうとしている者もいた。


 傷だらけの、鰐のような生物に乗っている醜小鬼(アグリゴブリン)。

 そのまま、突進して来る。

 しかし彼らは、義彦に触れる事さえ出来なかった。

 さして時間を置く事もなく、全滅させられる。


「三井兄様、助けていだだいでありがどうござ・・」


 その後は、吹雪の声は言葉にならない。

 決壊した涙腺から、とめどなく流れる涙。

 義彦はそんな吹雪の前に、両方の膝を曲げて座る。

 彼女の頭を優しく抱きしめて、泣くにまかせた。


 迷宮内に響き渡る吹雪の泣き声。

 本来であれば、こんな所でこんな事をしている。

 それは非常にナンセンスだ。

 だが、誰も文句を言う者はいなかった。


 その間に再び襲い掛かってきた群れ。

 義彦と一緒に来た人物。

 彼により、壊滅させられた。


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1991年6月10日(月)PM:13:11 中央区人工迷宮地下一階西ブロック


 何とか目を覚ましたアグワット・カンタルス=メルダー。

 血塗れの、アリアット・カンタルス=メルダー。

 何かと戦っているのが見えた。


 アグワの体は、まともに動かす事も出来ない。

 良く見ると、体があちこち焼け爛れている。

 爆風が迫る中、アリアの前に躍り出た。

 庇う様に、覆いかぶさり盾になったアグワ。


 おそらく背中側は、もっと酷いのだろう。

 軋む様な鈍い痛みが走った。

 それで覚醒したようだ。


 アリアの服も所々焦げていた。

 皮膚が爛れている部分もある。

 アグワよりは軽症とはいえども、軽くはないだろう。


 戦ってる相手は、緑の体色。

 醜い顔の小柄な人型の生物。

 確か小鬼(ゴブリン)の一種だったと、彼は記憶している。


 普段なら相手ではないだろう。

 しかし、手負いの状態での数の暴力。

 アリアの体には、突き刺さった矢。

 斬られたような傷。

 それが、いくつもついている。


 そこで彼は気付いた。

 自分は守られている状態なのだ。

 どの位意識を失っていたのかわからない。

 その間、アリアは唯一人で、自分を守り続けていたのだ。


「はぁはぁはぁ」


 息も上がっている状態。

 アグワを守る為に、アリアは戦い続ける。

 そうして、小鬼(ゴブリン)の群れを一掃したアリア。

 その場に膝をついた。

 渇いた口で、何とか言葉を紡ぐアグワ。


「アリア、パパの事はいい。ここから逃げろ。お前一人ならば逃げれるはずだ」


「意識が戻ったのね。でもパパの言う事でも、それは聞けない。動けないパパは私が守るんだから」


 かすかに足音が聞こえてくる。

 徐々に近づいてくる足音。

 そして現れた人物に、アグワもアリアも驚愕した。


 今回の一連の騒動。

 アグワ達に持ちかけた、イーノム・アルエナゼム。

 彼が現れたのだ。


「二人ともこっぴどくやられたようだね。しかしあの爆発で死なないとは、思ったより頑丈なんだな」


「どうゆうこと? やはりあの鍵は、爆弾だったって事?」


 人狼化しているアリア。

 ボロボロの体で、イーノムを睨みつける


「アグワの娘にしては、察しがいいようだね。その通りだよ。結果に関わらず、君達全員を葬る為の魔法爆弾だ」


「え? 全員? 皆のも?」


「その通りだ。ところで、背後のアグワは死んだのかね?」


「ざ・残念だな。生きてるぞ。イーノム、俺達を罠に嵌めやがったって事か?」


「半分そうだね。でも君達の勘違いしている、望みを叶える場も提供したけど」


「何?」


「十年前のあの出来事、君は正確に理解してない、という事だよ」


「ふざけないで!! たかが人間が許さない!!」


「人狼か。怖い怖い。しかし君ではまず、私には勝てないよ」


「何を? 許さない! 殺してやる!!」


 満身創痍の体でイーノムに飛び掛るアリア。

 しかし突然彼女の体が、横に弾き飛ばされた。

 イーノムが何かをした素振りもない。

 少なくともアグワにはそう見えた。


 しかし、アリアの左脇腹が抉られている。

 服もはだけて、焼け爛れた毛の中。

 小ぶりな乳房が見えていた。


「ア・・・アリア? イ・イーノム貴様きさまぁぁぁぁ!!」


「おっと、これではまだ、足りないか?」


 全く動く素振りの見えないイーノム。

 だがアリアの右足が、突然膝から千切れた。


 気絶していたアリア。

 突然の激痛に覚醒し、叫び声をあげる。

 更に左手が肘から寸断された。

 叫び声とも奇声ともつかない声。

 ひたすら上げ続けるアリア。


「アリア? アリアァ? アリィアァァ?」


 涙を流し、怒りと屈辱。

 様々な感情に溢れかえるアグワ。

 思いとは裏腹に、体は動かない。

 アリアに興味を失ったイーノムは、アグワを見る。


「アグワ、一つ真実を教えてあげよう。十年前、君の妻や仲間達を惨殺したのは【殺戮の言霊乙女】でも【破壊の踊刃乙女】でもないよ。マリアットよかったな」


「何? 今何て言った?」


「だから。十年前、君の妻や仲間達を惨殺したのは私なのだよ」


「な? 何を言っていやがる? あの時貴様が、あの場所に到着したのは、後のはずだ? 調べたし間違いない」


「いや、最初からあの場所にいたよ」


「そんな馬鹿な事があるわけ?」


「十年間騙されて、娘も死にそうでショックなのはわかるけど、それが真実。やっぱり絶望した者の表情は、いいものだね」


 ポケットから何かを取り出したイーノム。

 アグワの前に置く。

 爆発した鍵と同様の形状の物。


「これは渡したものよりも、少し威力が高いんだけどね。ちなみに起爆は十分後。それまで精々考えたまえ」


 突然アグワを襲った激痛。

 左手の肘から先が、握り潰されていた。

 既に痛みに蝕まれている彼は叫び声一つ上げない。

 その瞳に宿るのは、憎悪と悔恨。


「生き残れたらまた会おう」


 失禁し意識もまばらなアリア。

 彼女の叫び声が続く。

 その中を、イーノムは足音を立てて去っていった。


 動かない体を軋ませる。

 激痛に苛まれながらも、アリアの側まで這い進んだアグワ。

 既に痛みで、何処を見ているかもわからない。

 そんな眼差しの娘を、アグワは抱きしめた。


 絶望の中で、生き残る方法を模索し考える。

 しかし現実は残酷だ。

 爆炎に包まれるアグワ。

 聞こえ続ける怨嗟の声も、直ぐに途切れた。

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