127.臆病-Timidity-

1991年6月10日(月)PM:12:11 中央区大通公園一丁目


 突如中空に放り出された、四人の少女。

 全員が驚きの表情。

 然程高さがなかった事が幸いした。

 何度か転がりながらも、着地した四人。


「皆、大丈夫?」


 黒い肌の少女が、他の三人を見た。


「大丈夫!」


「ダイ・・ジョブ」


「ダイジブデス」


 二人は白い肌で、他の二人は黒い肌。

 髪の毛はかなりボサボサ。

 簡素な灰色っぽいワンピースの四人。

 服の所々が汚れたり、破れたりしているのがわかる。


「ココドコ?」


 白い肌の少女の片方が、周囲を見渡す。

 背後を見ている黒い肌の少女。


「あれから落ちてきた?」


「なのかな?」


 首を傾げる黒い肌の少女二人。


「ドコカ・ワカラナイ・・ケド・・ニゲル・・センケツ」


 白い肌の少女の言葉に、三人は頷いた。


「ドコカ・・アトマワシ・・ニスルベキ」


 彼女達の背後。

 クリスタルの上には、どす黒い球体が浮いている。

 禍々しい雰囲気を放っていた。


 逃げるようにその場から離れていく四人。

 先頭は濁った紫色の髪の、黒い肌の少女。

 彼女は注意深く周囲を観察しながら進む。


 彼女の後ろを進むのは白い肌の二人。

 くすんだ水色の髪の少女は左を警戒。

 右を警戒しているのは、薄汚れたピーコックブルーの髪の少女だ。


 一番最後を進んでいるのは、煤けたラベンダー髪の少女。

 時折、背後を警戒しながら進む。

 最大限警戒しながら進んでいる。

 その為、経過時間の割には、進む速度は遅い。


 彼女達がここに放り出されて、十分以上が経過した。

 煤けたラベンダー髪の少女。

 彼女の表情が険しくなる。


「皆、何か足音が聞こえるよ」


 四人に辛うじて聞こえる声で囁いた。


「イソイダホウ・・イイカモ?」


「カナリ・・カズ・・オオイ・・イソグベキ」


 顔を見合わせて頷いた四人。

 極力足音を立てないように、走り出した。

 素足である事と、周囲の構成材料が良い方に働いた。

 彼女達四人は、ほとんど足音を立てる事なく走っている。


 どれぐらい彼女達は走り続けたのだろう。

 既に四人共、呼吸が乱れている。

 それでも足を止める事はない。

 やっとの事で見つけた階段。


 警戒するのももどかしい。

 というような感じだ。

 そのまま階段を駆け上がっていった。


 その頃、後方のクリスタルに現れている存在。

 ほとんどのものが、緑色の肌で醜い顔。

 武器と防具を身に纏う彼等。

 僅かに、統一しようとしたらしい片鱗が見える。

 装備の何処かに、歪ながら、同様の紋章が存在しているからだ。


 それなりに規律正しく整列している彼等。

 隊列の整った部隊から、進軍を開始している。

 指揮している個体に従いながら、彼等は動き始めていた。


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1991年6月10日(月)PM:12:56 中央区西七丁目通


「巴、まだ時間になってないよ」


 不健康そうな色白の男性。

 丸眼鏡の巨乳の女性に言葉を掛ける。

 だが、車から降りた白衣の彼女は、歩みを止める気配も無い。

 少し重そうにバッグを抱えながら歩いていく。

 男性の方も車を降りて、リュックを手に追いかけた。


「巴ってば?」


「いいじゃない。五分や六分早くたって」


「そうかもしれないけど、一応命令は命令だしさ」


「白磁だって、早く試したくてうずうずしてるんでしょ? だからいいじゃないの」


「それはそうなんだけど・・・」


 歩みを止めるのを諦めたのだろう。

 白磁と呼ばれた男性。

 巴と呼ばれた女性に並んで、歩き始めた。


「やっと試せる機会が来たんだし、白磁ももっと嬉しそうにしなさいよ。桜田が自慢してた、アレもあるんでしょ?」


「そうだけど。自慢する程の効果が、本当にあるのかなあ?」


「だからこそ、今この時に試すしかないんじゃない!」


 目的地に近づいた二人。

 その扉は豪快に壊されている。


「先客がいるみたいね」


「そうだね。どうしよっか?」


「簡単に入れていいじゃない」


 三巳 巴(ミツミ トモエ)は躊躇する事も無い。

 進んでいき扉の奧に消えた。


「待ってよ」


 躊躇していた四鐘 白磁(シカネ ハクジ)。

 巴が振り向く素振りも無く、扉の奥に消えてしまった。

 その為、意を決して後を追う。

 廊下の中程で、白磁を待っていた巴。


「いい歳して、あいかわらず臆病なんだから」


 呆れるような、それでいて微笑んでいるような巴。


「だってさ・・・」


「はいはい、言い訳はいいから行くわよ」


 歩き出す巴に、白磁も小走りに追いかけた。

 そして廊下の奧。

 何か鋭利な刃物で斬りさかれたような扉。

 その奥に見えるのは螺旋階段。


「階段を降りろって事ね」


 怖い物など、何もないかのように進んでいく巴。

 それとは対照的に、少し怯えた表情で歩く白磁。

 男女が逆転している状態である。

 螺旋階段を降りて、辿り着いたのは長方形の部屋の中心部。


 片側は幅二メートル程の正方形状の穴。

 その奧には、操作盤のような機械が一つ。

 反対側の床には正方形状に魔方陣。

 そして奧には、同じように操作盤のような機械が一つ。

 二つあるボタンのうち、一つが点滅している。


「地下に降りれる機械かな?」


 戸惑う事なく魔方陣の上を歩く巴。


「少しは警戒しようよ?」


「大丈夫よ。ちゃんと警戒してるから」


「説得力ないよ」


 白磁の呟きは、巴には聞こえていないようだ。

 恐る恐る魔方陣の上を歩き始めた白磁。


「えい!」


 白磁に聞く事も、確認する事もない。

 巴は点滅しているボタンを押した。

 かすかな駆動音。

 同時に魔方陣の床が、徐々に下方向に減り込み始める。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 驚きの声で、叫び声を上げる白磁。


「巴、押す前に何か言ってよ」


「もう本当怖がりなんだから。でもだから可愛いんだけど。でもやる時はやる男だし。だから愛しくて堪らないんだよ」


 真っ暗闇になりつつある二人だけの空間。

 巴は、白磁を力一杯抱き締めた。

 白磁の唇に自分の唇を重ね合わせてる。

 舌で彼の唇を、抉じ開けた。

 絡み合う二人の舌。


 二人だけの暗闇の空間。

 彼女達が行った行為。

 いつも以上に、お互いに愛しさを感じさせていた。


「巴と同じぐらい――」


 白磁はそれ以上、言葉を続ける事が出来ない。

 再び巴の唇で塞がれたのだ。


「言わなくてもわかってる。白磁大好き。愛してる。愛してるんだから」


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1991年6月10日(月)PM:12:59 中央区大通公園一丁目


 高さ二メートル程の、紫色のクリスタル。

 明滅している魔方陣。

 訪れるものもいない空間で、静かに輝いている。


 クリスタルの頭上。

 黒く暗い球体が、微動だにせずに浮いている。

 まるで全てを飲み込んでしまいそうだ。


 その球体の上層階。

 西の地下区画を進む軍団。

 進軍する醜小鬼(アグリゴブリン)の群れ。


 その中には、三メートルはあろうかという鰐のような生物。

 更にその上に、騎乗している者もいる。

 まるで何者かに命令されているかのようだ。

 規律正しく進軍していく。


「ススメ! ススメ!」


 鰐のような生物。

 その一体が、突如、轟音を轟かせて爆発。

 内側から肉片をばらまいて弾けた。

 瞬時に声が掻き消される。


 しかし、破壊はそれだけでは留まらなかった。

 周囲を巻き込み、膨れ上がっていっく爆発と衝撃。

 容赦なく空間内を蹂躙していく。


 全てが収まった空間。

 その後に残されたのは、焼け焦げた肉片や金属の欠片。

 三十体程いた彼らは、その爆発により全滅した。


 しかし、地下で蠢いている醜小鬼(アグリゴブリン)は彼等だけではない。

 革の防具を纏った者が多い。

 だが、中には金属製とおぼしき装備の者もいる。


「ススム! ススム!」


 殆どが二十体から三十体程の部隊。

 しかし、いくつか十人以下の少数だけの部隊も存在する。

 彼等だけは、かなりの速度で移動をしていた。


「アルケ! アルケ!」


 とある四十体程の部隊。

 縄のようなもので拘束されている者もいる。

 彼等彼女等十体程。

 総じて、醜小鬼(アグリゴブリン)よりも見た目が麗しい。


 見た目が麗しいタイプ。

 他の部隊にも、僅かながら存在する。

 拘束はされていなかったが、装備は貧弱であった。

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