稀少-Scarcity-

1991年7月14日(日)PM:21:22 中央区精霊学園札幌校第四研究所一階


「あぁ、もう悔しい悔しい悔しい悔しい。一矢報いる事すら出来なかったなんて」


 心底悔しそうな表情。

 ひたすらぼやいている赤石 麻耶(アカイシ マヤ)。

 重症の彼女は要安静の状態だ。


 彼女、両足も負傷している。

 歩くのも一苦労な状態。

 ベッドの上から彼女は動けない。


「麻耶うるさい。あんまうるさいと追い出すよ。もしくは麻酔漬けにして黙らせるよ」


 事務仕事に没頭している黒神 元魅(クロカミ モトミ)。

 既に何度彼女に集中しているのを妨げられたのかわからない。

 その為、容赦ない言葉を投げかける。

 麻耶は再びしかめっ面になった。


「何処の子供だよ? 魅羽ちゃんの方が大人じゃないさ」


 元魅の追撃にぐうの音もでない麻耶。


「二人とも何度目ですか? 麻耶さんも大人しくしてましょうよ」


 麻耶同様に動くのもままならない土御門 春季(ツチミカド ハルキ)。

 正直彼はこの場に居辛い。

 だが、麻耶同様に、負傷の為動けないのだ。

 その為どうしようもない。


 職員寮に戻るという手もあるにはある。

 だが、一人ではまともに動けない彼。

 土御門の家族に迷惑を掛ける事になる。

 その為、渋々断念した形だ。


「悔しいのは同じです。だからこそ、まずは完治させないとですよ」


 もう何度目かわからない言葉を繰り返す。

 同じような内容の言葉を紡ぐ春季。

 心の中ではうんざりし始めている彼だった。


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1991年7月14日(日)PM:21:27 中央区精霊学園札幌校第四学生寮女子棟一階一○三号


「それじゃ、エリシャルベルさん、姉をよろしくお願いします」


 頭を下げた土御門 乙夏(ツチミカド オトカ)。

 任せてよと言わんばかりの表情だ。

 無い胸を突き出すエリシャルベル・ウェジェルシャルシャル。


「お姉、無理しちゃ駄目だよ。エリシャルベルさんに迷惑かかるんだから」


 土御門 茅秋(ツチミカド チアキ)の言葉。

 まるで幼子に言い聞かせるかのようだ。

 思わず口をへの字に曲げた土御門 深春(ツチミカド ミハル)。


「わかってますよ。私よりも動けない方を心配したら?」


 骨折により左手を吊っている深春。

 それでも儚い抵抗を試みた。


「パパは、姉様と違って無茶はしないと思うもん」


 茅秋の間髪入れずの反論。

 同意するように、乙夏も首肯した。


「あはははは。深春の負けだね」


 若干涙目になり始めている。

 笑い転げるエリシャルベル。


「エリシャ、笑い過ぎでしょ!?」


 膨れっ面になった深春。

 即座に突っ込みを入れた。


「ふふふ、ごめんごめん。乙夏ちゃん、茅秋ちゃん、料理おいしかった。ありがとね。もし良ければまた作ってね」


 彼女の言葉ににっこり微笑む乙夏と茅秋。


「はい。お口にあったようで何よりです」


「茅秋で良ければいつでも作るよ。それじゃ、乙夏姉様、戻ろうよ。時間も時間だしさ」


「そうですね。それでは」


「エリシャルベルさん、またねー」


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1991年7月14日(日)PM:21:30 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟四階四○二号


「ごめんね。今日本当は私の番だったのに」


 ベッドの上で横になっている中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 短時間で蓄積した疲労。

 少し辛そうな顔をしている。

 言葉の後心底申し訳なさそうな表情になった。


 言葉を掛けられている土御門 鬼威(ツチミカド キイ)。

 気にしている素振りはない。

 寧ろ、その眼差しは労わるように彼女を見ている。


「愛菜さん、お気になさらず。今は御身を労わる事です。動くのもままならないのですから。それに追加で怪我でもされては桐原さんに申し訳ありません」


「えっ? あ? え? えぇぇ? なんでそこでゆーと君?」


 顔を赤らめて、彼女はしどろもどろになる。


「見ていればわかります」


 至極そっけない鬼威の反応。

 愛菜は何も言えないでいる。

 一人身悶えるばかりだ。


「でも調査の為いない間に、こんな大事件が勃発するとは思いませんでした」


「うん、そうだね。たぶん私も目的の一つだったんじゃないかと思うんだ。自分自身ではほとんど扱えてない力なのに、そんな価値あるのかな?」


 愛菜の何処か自罰的な言葉。

 鬼威は咄嗟に何も言えない。


「稀少という意味では価値はあるのかもしれません。ただ稀少なだけで狙う意味が私にはわかりませんけど」


「うん、そうなんだよね。正直こんな力欲しくはなかったな。基本的には遺伝なんだそうだけど、パパもママも覚えてる限り、こんな力持ってたとは思えないんだよね。後天的にも不可能ではないみたいだけど、あの時の出力は後天的だったとしたら、有り得ないみたいだし。どうしてなんだろう」


「それは・・・私にはわかりません。でも、在り来たりな事しか言えませんが、得てしまったからには、上手に付き合っていくしかないのではないかなと思います」


「そうだよね。そうするしかないよね。わかってる、わかってるんだけどさ」


 少しだけ悲しそうな愛菜の瞳。


「とりあえずは、怪我もありますし、体を回復させる事に専念して下さい」


「うん、迷惑一杯掛けちゃうと思うけど、そうするね」


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1991年7月14日(日)PM:21:32 中央区西七丁目通


「わらわが封印されてから精々が数十年のはずじゃが、塵芥の如く人が殖えておるのぅ」


 ビルの上から眼下を眺めている【白銀狐】。

 ゆらゆらと揺れている複数の尻尾。

 その表情は何処か楽しげにも見える。


 傷口は既に回復しているようだ。

 だが負傷したのは間違いない。

 灰色と赤の着物に黒の帯が、斑に変色していた。


「今の時代の人間はこのような格好は余りしないみたいじゃな。適当な人間に取り付いて、しばらく今のこの国の情報を集めた方がよさそうじゃ。手頃な駒がいるといいのじゃが」


 目を皿のようにしている。

 彼女は眼下の人間を観察していた。

 スーツ姿の一団や、ラフな格好のカップル。

 様々な人達が行き交っている。


 そんな中、彼女の視線が一点を見つめ始めた。

 人混みの中を歩く制服姿の一人の少女。

 彼女に固定されている瞳。


「あれは制服なのかのぅ? 悪くない服じゃな。中々に可愛げのある女子じゃし。あれが良さそうかのぅ」


 彼女の無意識の囁き声。

 囂々と唸りを上げる風の音に掻き消された。


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1991年7月14日(日)PM:21:34 中央区精霊学園札幌校東通


 一人仁王立ちしている土御門 春己(ツチミカド ハルミ)。

 眉間に皺を寄せて思案気な表情。

 意識せず白い髭を撫でている。


「ふうむ。何やらいろいろときな臭くなってきておるの」


 溜息を思わず溢した春己。

 難しい表情のまま、手が顎に触れる。

 様々な思考が頭の中を駆け巡っていた。


「まるで昨日を狙ったかのようじゃしな。これだけ人がいるんじゃがら、少々情報が漏れる事はあるかもしれぬが」


 周囲には人影一つ無い。

 彼にしては珍しい事だ。

 今日は誰一人、お供を連れていない。


「だとしても、ただの偶然なのかのう? 昨日の全体の人員の人数や配置については、把握している人間はそんなにいないはずじゃがなぁ」


 ぼんやりと伸びている影。

 月明かりだけが、彼を照らしている。

 微かに何かの虫の声が聞こえて来た。


「そうとわからずに、漏らしているという可能性もあるかもしれぬが。さりとて何処からかなぞ、特定するのは難しいのじゃろうなぁ」

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