270.困惑-Perplexity-

1991年7月14日(日)PM:20:16 中央区精霊学園札幌校時計塔五階


「報告書だけでは伝わらないような話したい事、お互いあると思うけど」


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)を見ている白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 同意を求めるような眼差しだ。


「そうだな。とりあえず、今年に入ってからいろいろ事件が起き過ぎだろって愚痴りたいね」


「確かに手が回らないのは事実。九十九と科出が現れたそうね? 何故今頃表舞台に出て来たりしたのかしら。後【白銀狐】だっけ?」


「そうだな。ファビオにでも聞いたか」


「ええ、簡単にだけどね」


「【白銀狐】についても情報を集めないとな。それと九十九と科出はわからん。科出とは少し口論みたいな感じになっけど。今考えると何か別の意図があるような気がする。追求出来る程の証拠はないが、いくつかの事件には特殊技術隊が絡んでいると今でも思ってはいるんだがな。科出や九十九も絡んでいるのだろうか? でも彼女の言葉は、ある意味私達に注意を促しているとも取れる側面があったな」


「評判を調べた限りでは、後藤という男は部下達からも信頼されているようなのよね」


 ふと視線を下に向けた彩耶。


「全然関係ないんだけど、この魚は美咲が自分で焼いたの?」


「そんなまさか。私がこんな綺麗に焼けるわけない。茉祐子が焼いてくれたんだよ。おひたしとかもあるんだけど、明日の朝ご飯にでもしようかと思ってね」


「それで、おつまみに魚だけ食べてるってことか」


「そうゆう事だ。そういえば龍人が行方不明らしいな」


 思い出したかのように、口に出した古川。


「断定は出来ないけど、しばらく誰も姿を見ていないのは事実のようね。柚香ちゃんが彼の行き付けの喫茶店にも確認してくれたようだけど、しばらく来ていないそうですし」


「そんな店があったのか」


「ええ、どうやら古い友人のお店らしいわよ」


「そっか。どの事件もほとんど進展らしい進展も見せないまま、数だけが増えていくし。警察もここ最近妙に非協力的だし。困ったね」


「本当そうね。十年近くかけてやっと気付いた地盤ですけど、まだまだ緩いって事か」


「白紙家が協力してくれてなかったら、もっと酷かったんだろうな」


 どちらからともなく漏れる溜息。


「まぁ、札幌近辺を取り仕切っていた五家は、白紙家以外は元々反対派なわけだしな。反対派の傘下の一条河原家の二人を、私達に協力させたのも、内部情報を探る為だったのだろうし。もっとも鎮が実は賛成派だったのは、驚いたけど」


 過去を思い出すかのようだ。

 遠い目をする古川。


「報告書は見たと思うけど」


「あぁ、鎮からの手紙の事か。実家に戻ってしばらくすると監視が強まり、連絡難しいって話しと、霙が長期休暇だろ?」


「えぇ、そうよ」


「彼女達には特に変化は無いし、鎮がどうにかされてるとは考え難いが、手紙はどうやって出したんだろうな?」


「そうね? 移動の時に目を盗んだとか? 本当の所は本人しかわからないわね」


 古川は缶を口につけると一気に飲み干した。


「本当はいろいろと確認もしたいけど、今日は娘達に会いに来たのが目的なのよね。だから今日はお暇するわ」


「わかった。伽耶と沙耶が動いたお陰で助かった部分もあるから、お手柔らかにな」


 コップに口を付けた彩耶。

 一気に中身を飲み干した。

 そして一呼吸付く。


「もちろんわかってる」


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1991年7月14日(日)PM:20:22 中央区精霊学園札幌校第二学生寮女子棟四階四○二号


 椅子に向かい合わせで座っている二人。

 白紙 沙耶(シラカミ サヤ)と色名 砂(シキナ スナ)。

 沙耶は、目がとろんとしている。

 非常に眠そうだ。


「沙耶さん、眠った方がいいのではないのですか?」


「うーん、そう・・・なんだけどね」


 彼女の言葉は、若干歯切れの悪い。


「私は詳しくは知りませんけど、伽耶さんの話しだとかつての仲間ですかね? その方に刃を向けた事を気にしているのですか?」


 首を傾げながら問いかける砂。


「少しそれもあるかもしれないけど・・」


 思い悩んでいるのを理解している。

 砂はどう対処していいか判断出来ない。

 掛ける言葉が中々浮かばなかった。


「私達姉妹が戦った相手・・山本さんは・・」


 しばし無言の二人。

 先に言葉を紡いだのは沙耶。


「沙耶さん達がぶつかった相手が山本と言うのですか?」


「うん、そう」


 悲しそうな瞳で俯く沙耶。


「今思い返してみれば、私に好意があったのは本心からだったんじゃないかなって思うんだ」


「好意ですか?」


「恋心って言えばいいのかな? それがあんな方向に進んじゃうなんてね」


 小隊のメンバーの三人。

 それ以外とはプライベートで接する。

 砂にはそれすらほとんどなかった。


 今までは基本的に上官と部下という関係。

 盲目的に命令に従う機械と同義だった彼女。

 人の機微を感じるという事が難しい。


 彼女達小隊のメンバー四人。

 他者と触れ合う時間が大幅に増えた。

 その事により、与えられた命令を越えて思考を拡大させる。

 無意識に目覚め始めていた。

 だから、今彼女は必死に考えている。

 沙耶に対して何を言うべきか考えていた。


「私には、正直恋心なるものがどんな物なのかわかりません。でも沙耶さんが三井さんを見ている眼差しに、何か特別な想いが感じられるのはわかります。きっとそれは凄い事なんだと思うんです」


 砂の言葉に、少しだけ驚いた表情。

 沙耶は、まっすぐ砂を見た。

 そのまま言葉は差し挟まない。

 じっと先を続けるのを待った。


「ただその恋心を自分の中でどう結論し処理するのかは、人それぞれなんじゃないんでしょうか? 山本という人物が沙耶さんに好意を持ったのも、彼自信の心が決め、手に入れようと行動し、辿り着いた結末なんだと思います。いろいろと間違っていたのかもしれませんが、少なくとも彼が自分で選んだ結末だったんじゃないでしょうか? 例えそれがどんな結末だったとしてもです」


「うん」


「確かに山本という人物は沙耶さんに好意を持ったのかもしれませんが、それは沙耶さんには与り知らぬ事です。間違った選択をしたのは山本という人物であって沙耶さんではありません。だから、沙耶さんが気にする事ではないと思うんです。私の言ってる事は的外れかもしれませんし、要領を得ないかもしれません。でも、沙耶さんは自分の出来る事をしただけです。守りたいものを守る為に、出来得る力を行使しただけです。その途上にたまたま山本というのがいたというだけだと思うのですよ」


「うん、ありがと。悩むなってのは無理だけど、そうだよね。悩んでもどうしようもない事なんだよね。私がどうにか出来た事じゃないんだよね」


「疲労困憊で体も心も疲れ切ってる状態では、頭もうまく働かないと思いますし、いい加減おやすみになっては? 体の痺れは回復したとは言え、肉体的にも精神的にも消耗しているはずです」


「そうだね。正直体はずっと重いままだし。ご飯食べた後に直ぐ寝るのはちょっとどうかなって気持ちもあるけど、正直起きているのも辛いしね。砂ちゃんも今日は早めに眠ったほういいよ」


「はい。食事の後片付けと、武器の手入れをしたら眠るつもりです」


「うん、今度私にも見せてね。持ってる人はきっと他にもいたんだろうけど、実物をちゃんと見た事ってないんだよね」


「はい。皆には見せるのは内緒ですよ」


「わかってる」


 椅子からのっそりと立ち上がった沙耶。

 緩慢な動作でタンスからパジャマを取り出す。

 少し苦労しながら着替えた。


「片付けまでまかせちゃってごめんね。おやすみ」


「おやすみなさいです」


 ベッドに入った沙耶。

 やはり相当消耗していたようだ。

 すぐに眠りに落ちた。


 台所で一人、夕食で使用した食器類を洗った砂。

 武器の整備を開始する。

 その前に、お茶を入れて椅子に座り一息付く。


 そこで鳴ったのはインターフォン。

 訝しげな表情になりながら、応対する砂。

 相手を確認し、彼女の表情が珍しく困惑に彩られていた。


「こんばんわ、はじめまして」


 玄関の扉を開けた後の相手の第一声。


「いつも沙耶がお世話になっています」


 頭を下げる白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 砂の困惑の度合いが深まる。

 彼女は、思わず同じように頭を下げた。


「こんばんわです。沙耶さんのお姉さんですか?」


 頭を上げた後、微笑む彩耶と困惑の砂。


「あら? 嬉しい事言ってくれて。でもお姉さんじゃなくて、お母さんかな? 娘と相部屋の色名さんだよね? 砂ちゃんって呼んでもいいかな?」


「え? あ、はい。どうぞ」


「沙耶は眠っているかな? どう? 大丈夫そう?」


「はい。気にしてるようです。起こしてきましょうか?」


「いえ、いいわよ。消耗して眠ったのなら、そう簡単には起きないでしょうしね。今度伽耶と伊麻奈ちゃんも連れてうちに遊びに来てね。お持て成しするわよ」


「はい。是非」


「後日また来るつもりだけど、沙耶の事よろしくね」


「はい、大した助力は出来ないと思いますが、誠心誠意努力します」


「そんなに畏まらなくてもいいのに。でも心強いわね。私は伽耶の所にも顔出して来るから。寝てそうですけども。砂ちゃん、今度ゆっくりお話ししましょ。それじゃ」


「え? あ、はい。また」


 砂は、若干茫然としている。

 歩き去る彩耶の後姿。

 見えなくなるまで見つめていた。

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