204.亀裂-Crack-

1991年7月8日(月)AM:11:49 白石区ドラゴンフライ技術研究所地下二階


 一人座り込んでいる形藁 伝二(ナリワラ デンジ)。

 彼は目を瞑り、思考の渦の中に身を置いている。

 側には意識を失った鳥澤 保(トリサワ タモツ)が転がっていた。


 扉を開ける音に、瞑っていた目を開けた形藁。

 歩いてくるのは、金髪リーゼントの石井 火災(イシイ カサイ)だった。

 形藁の側まで歩いて来た火災。

 鳥澤を一瞥、形藁に視線を戻す。


「これが三属性の覚醒者?」


「そうだな。事が終わった後は好きに実験すればよい」


「ありがたいお言葉で。あぁ、そうそう。基地への搬送は予定通り終了。しかし、良かったのか?」


「構わぬさ。あれらは万が一の為の手駒だ。お前としても失いたくはなかろう?」


「いやまぁ、そうだけどよ。それで既にこいつにも終わってるのか?」


「問題無い。お前が聞きたそうな知識は余りなさそうだがな。しかし、アラシレマめ。戻るのが遅いところを見ると遊んでるのか?」


「もしかして、謎の暴風騒ぎはそれか?」


「たぶんそうだろう」


「適当にごまかしてくるわ」


 火災は、鳥澤を肩に抱え上げた。

 何でもないかのようにその場を後にする。

 一人取り残された形藁。

 彼は再び目を閉じた。


「白紙 彩耶(シラカミ アヤ)の式神か。刑務所の受刑者に手を出すのはそろそろ潮時にするべきか」


 形藁が思い悩んでいる。

 その頃、アラシレマ・シスポルエナゼムは遊んでいた。

 吹き飛ぶ藤原 柚季(フジワラ ユズキ)。

 藤原 柚華(フジワラ ユズカ)に視線を変えた。


 助け出そうと走り出す柚華。

 直ぐ側まで移動していたアラシレマの攻撃に気付く。

 彼の拳を、金砕棒で受けようと身構えた。


 アラシレマは金砕棒の棘のない部分を右手で掴んだ。

 左手で彼女の腹部を殴打。

 アラシレマの爪が突き刺さった。


 痛みに顔を顰める柚華。

 アラシレマから顎へ一撃貰った。

 金砕棒を手から取りこぼし、宙を舞う。


 落下した先には、液体が待ち構えている。

 肌を焼かれる痛みに失いかけていた意識が目を覚ました。

 歯を食いしばり、立ち上がろうとする二人。


「まーだやーる気なーんだねー? 威力弱めすーぎたかーな? 立ち上がーらなかったら、これでおわりーだったのーにねー」


 二人の手や足に、纏わり付いた粘性の液体。

 まるで意志を持っているかのようだ。

 そのまま固定され、二人は動く事もままならなくなった。


 褐色の肌を体を徐々に駆け上がっていく。

 余りの激痛に、耐え切れなくなった二人。

 叫び声を上げ、涙と鼻水を振り撒き始めた。

 それでも抵抗するように体を捻る。

 しかし、粘性の液体は伸びるだけだ。


「うーるさーいなぁーもう」


 アラシレマの言葉に反応するようだ。

 粘性の液体がうねり出した。

 彼の意図を理解しているかのように動き出した液体。

 狙ったのは、叫び声を上げる二人の口の中。


 突然、口内に侵入する液体。

 二人は抵抗する間もなかった。

 口の中を蹂躙し、舌や声帯を焼いていく痛み。

 叫ぼうとして走り抜ける痛みに、更に泣きじゃくる。


 徐々に体中に侵食していく液体。

 手も足も体も徐々に痺れていく。

 とうとうその場に倒れて、粘性の液体呑まれた。


「もーういーいかなぁ?」


 魔力を流すのをやめたアラシレマ。

 粘性の液体は直ぐに霧散。

 後に残されたのは柚華と柚季。


 服はところどころ溶けており、肌が露出していた。

 皮膚も手足の先を中心に、一部が焼け爛れている。

 骨が露出している部分もあった。

 意識を喪失している二人の顔に残された涙の痕。


 じっと眺めているアラシレマ。

 突然の音に振り向いた。

 空間の壁に、徐々に亀裂が入っていく。


 その後に見えたのは拳。

 予想外の光景に、珍しく唖然とするアラシレマ。

 破壊された空間から現れた男。

 白装束に身を包み、白髪で無表情だ。


「だーれーだー?」


「お前こそ誰だ? こんな往来のある道のど真ん中で、隔離結界とかじゃまくせぇ。赤い四つ目に黒い狼人? もしかして【四赤眼の黒狼】か?」


「そーよーばれてるらーしいねー?」


 アラシレマが答えたその瞬間。

 その体は腰から上と下に断たれていた。


「えっ?」


 警戒すらしてなかったアラシレマ。

 何が起きたかわからない。

 間抜けな声を発したのが自分だ。

 その事すら理解出来なかった。

 更に体が分断されて行く。

 いつの間にか柚華と柚季の側に移動している白髪の男。


「さすがに素手ではこの程度の威力か。それにしても三角鬼(サンカクキ)が何故? しかしこれは酷いな」


「もー痛いじゃなーいかー」


 声に振り向く白髪の男。

 回復したアラシレマが立っている。


「白鬼族(ハクキゾク)だーと思ってー気にしてなーかったけーど、まーさかEETR日本ランキング七位の【白鬼王】だったりーすーるのかーな?」


「【白鬼王】と言われるのは好きではないが」


 白髪の男は無表情のままだ。

 害虫でも見るかのような冷酷な視線。


「東京ではなく、まさかこっちにいるとは思わなかった。これはしつこく顔を見せるように言っていた婆さんに感謝だな」


 向かい合い睨み合うアラシレマと白髪の男。

 穴の開いた空間部分。

 外から聞こえてくる声。

 通り過ぎた一般の人々が騒いでいるようだ。


「ちーなみーに、後ろの娘達だーけどー、はーやくしーないとしーぬかーもね」


 彼の言葉にも白髪の男は動じない。

 先に仕掛けたのは白髪の男。

 真っ直ぐに向かってきたのはアラシレマも知覚していた。


 白髪の男が何かを囁く。

 その後、アラシレマはバラバラに切り刻まれていた。

 少女二人の側に戻る。

 切り刻まれたアラシレマの顔をじっと見ている白髪の男。

 視線を感じながら、完全に回復したアラシレマ。


「なーにをしーたのかーな? とーちゅうかーら動きーにつーいていけなーかったんだけーど」


「答える必要はない。【四赤眼の黒狼】、本当に不死属性というのであれば、やっかい極まり無いがな」


「さてどーでしょーね? ほんとーはもっとあそびたーいけど、あんまーり騒ぎをおーきくもしたーくないしーね」


≪白櫻散花(はくおうさんか)≫


 突如アラシレマから放たれた白い桜吹雪。

 白髪の男はに取り囲まれる。

 その間に、アラシレマは空間の壁を破壊して逃走した。


 白髪の男が展開した白いエネルギーの奔流。

 柚華、柚季は守られている。

 白髪の男の体。

 複数の小さな白い櫻の花びらが突き刺さっていた。

 アラシレマが込めた魔力が失われていくようだ。

 徐々に消失していく花びら。


「師の十八番を使うか。やはり、奴は仇で間違いなかったようだ。どうにかして師の魔術を奪ったという事か」


 白いエネルギーの奔流で、柚華と柚季を抱え上げる。

 白髪の男は、落ちないように固定した。

 枝葉を伸ばし、落ちている二本の金砕棒と長短の薙刀を拾う。


 別のエネルギーの奔流を伸ばす。

 先を刃状にした上で、空間を破壊して走り出した。

 崩壊していく空間と騒ぐ人々。

 それらを背後に、尋常ではない速度で突き進む。


 何度か道を曲がり、時に建物の屋根に飛び乗り辿り着いた先。

 一軒の立派な日本家屋を見上げる白髪の男。

 玄関を開け、中に入っていく。


「剣さん、一体? 抱えてらっしゃる少女達は? その怪我は? 何がどうなって?」


 入り口で掃除をしていた白髪の女性。

 驚きの顔で捲くし立てる。

 うんざりした顔になる剣。


「郁、とりあえず落ち着け。そう一度に言われてもな」


「あ、はい。すいません」


「婆さんはいるか?」


「はい、いつものお部屋です」


「そうか。それじゃ悪いが風呂に水をいれといてくれ」


「かしこまりました」


 先に玄関に入り、駆けていく郁と呼ばれた白髪の女性。

 その後に、剣と呼ばれた白髪の男も中に入っていく。

 少女二人を、玄関の戸口にぶつけないように注意した。


 彼は、迷う事なく中を進む。

 そして辿り着いた部屋の襖を開けた。

 中にいるのは、正座している白髪の女性。

 顔にはたくさんの皺が刻まれていた。

 かなりの高齢者に見える。


「婆さん、この二人助けられるか?」


 エネルギーの奔流で包んだまま、相手の前に持っていった。


「こりゃ酷いのう。こない幼子に」


 顰めた顔で、彼女は少女二人の容態を目視で確認していく。


「詳しい話は後だ。郁に水風呂を用意させてる」


「口の中、こりゃ喋る事もすらもままならぬのぅ。剣、桶に水。綺麗なタオル。後隣に言って部屋二つ借りて、点滴の用意。あのおさぼり馬鹿息子の医者も連れてまいれ」


「わかった。このまま畳の上に寝かせていいのか?」


「その力で固定的な敷布団でもこしらえてくれるとありがたいんじゃがの」


「だよな」


 畳の上にエネルギーの奔流を展開。

 一枚の敷布団のように構築。

 二つ作り上げると、少女達をそっと寝かせる。

 剣と呼ばれた男は走っていった。


「三角鬼(サンカクキ)のようじゃな。人族だったら、二度と喋る事も出来なくなっていたじゃろうが、角鬼族(カクキゾク)ならば。どちらにせよ、可能であれば完治させてやりたいものじゃ」

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