011.圧倒-Overwhelm-
1991年5月25日(土)PM:20:40 中央区環状通
「吹雪ぢゃああん、三井ざああん、私のせいでわだあしの・・」
環状通の近くにいる僕達。
吹雪さんも既に少女の側に移動していた。
ぐしゃぐしゃな顔で泣きじゃくっている少女を慰めている。
何故二人の名前を?
三井さんと吹雪さんの事を知っているようだ。
知り合いなのだろうか?
「たす・・け・・ら・・れ・・た?」
伽耶さんの声が微かに聞こえた。
何と言ったかまではわからない。
無事とは言い難い状態。
だけど、とりあえず二人とも生きてはいるようで一安心だ。
僕に一度視線を向けた紅髪の男。
今は三井さんを睨んでいるようだ。
三井さんも同じように睨んでいるだろうな。
「たかが人間のくせに、二度も楽しみを邪魔しやがって・・・。すぐ終わらせるだと終わらせれるものなら終わらせ・・」
何が起きたかわからない。
三井さんの拳が紅髪の男を殴り飛ばし吹き飛ばしたようだ。
吹き飛ばされていく紅髪の男。
そのまま地面を転がっていく。
そして、一人少し離れた所にいる仮面の側まで転がっていった。
何故一人だけ離れているのかはわからない。
だけども、他のよりも明らかに背が低かった。
三井さんが片手で持っていた電柱。
背の低い仮面に叩きつけるように放り投げる。
しかし電柱は掠る事もなく躱され飛んで行った。
しばらく道路を削りながら、大分遠くで止まったようだ。
「あの時の仮面有りに、さしずめ仮面無しってところか? そしておまえは紛い物仮面有りってところか?」
一人だけ離れているのは何故だろう?
「紛い物とは失礼ですね」
ゆったりとした黒いローブ。
男か女かは判断し難い。
僕の耳に聞こえてきた声。
高音で透き通るように綺麗だった。
声から判断すると、少女のようにも感じる。
「紛い物じゃなかったら何なんだ? おまえだけは明らかに異質な感じがする。いろいろとな」
「いろいろが何を含んでいるのかわかりかねますが、異質かどうかお試しになられてはどうですか?」
「そうするとしよう」
三井さんの言う、紛い物の意味は僕にはわからない。
でも明らかに他の仮面よりも背が低い。
誰が見てもそれだけは間違いない。
視線を交錯させて、二人は睨み合っている。
「ぺっ、ふざけるな。俺を殴っておいてただで済むと思ってるのか」
倒れていた紅髪の男。
脇腹を押さえている。
僕達が見ている中、苦悶の表情ながら立ち上がった。
紅髪の男が血を吐き出した。
口の中でも切れたのか?
内臓にもダメージがあったのかもしれない。
良く見ると少し足が震えてる気がする。
三井さんの一撃は、相当効いているようだ。
「長眞、あなたでは彼には勝てません。あちらの少女にすら勝てるかどうか」
「な・・なんだと」
紅髪の男の表情が、悔しそうに歪んだ。
「事実をいったまでです。あの二人は私でも勝てるかどうかはわかりません。しかし目的は出来れば達成したいところです。あの二人が関わってくるのはもう少し後の予定のはずでしたが・・こうなっては仕方ありません」
「く・・力馬鹿なのは否定出来ないがよ。じゃあ俺の相手は小僧てめえだ」
長眞と呼ばれた男。
僕に向かって突進して来る。
同時に仮面の四人が、吹雪さんに襲い掛かるのが見えた。
紛い物と呼ばれた仮面。
三井さんに視線を向けている。
彼に向かってゆっくり歩き始めた。
紅髪の男から繰り出される拳。
どうやら三井さんの一撃が効いているようだ。
僕でも辛うじて目で追う事が出来る。
こうして戦闘は開始された。
僕はちらりと横に視線を向けた。
吹雪さんはおそらく木刀か何かが入っているであろう竹刀袋を使っている。
四対一という不利な状況。
それなのに、舞うように繰り出される攻撃を躱している。
「小僧、ちょこまかと防ぎやがって」
僕は長眞の攻撃をナックルでいなす。
攻撃のタイミングを計っていた。
何度か繰り出される拳を、逸らしたり防いだりする。
そうしてその絶交のタイミングが来た。
長眞の体重を乗せた一撃は空を切る。
僕の拳を左顎に叩き込んだ。
更に右からもう一発、続けて下から顎に渾身の一撃。
そのまま宙を浮き、地面に落ちる長眞の体。
吹雪さんは何をどうしたのかはわからない。
ただ、無数の氷柱(ツララ)が、四体の仮面の手足に突き刺さっている。
道路に縫い付けられるようにして、行動不能になっていた。
三井さんと紛い物と呼ばれた仮面。
二人の戦いは、仮面の防戦一方のようだ。
よく見れば三井さんの瞳は赤黒く、吹雪さんの瞳は青白い。
燃えているといっても通じそうな程輝いている。
「ただの人形じゃないようだな。むしろ人間と言った方が正しいのか?」
「さあ、そもそも人間の定義とは何でしょうね? しかしここまで強いとは思いませんでした。予想以上です」
防戦一方だった仮面は、三井さんと距離を取った。
その表情はわからない。
でもたぶん、三井さんをかなり警戒していると思う。
「人間の定義か、考えたこともないな。そうだ、一つ聞いていいか?」
「何でしょうか?」
「さっき俺達が助けに入った時、おまえなら気付いてたんじゃないか? 邪魔しようと思えば出来たのに何故しなかった?」
「そうですね。あの野蛮な力馬鹿がしようとしていた事に手を貸すのは、個人的には同意出来かねましたので。うら若き乙女を蹂躙するなど」
「なるほど。ついでに何企んでやがるのかも教えてくれないか?」
「それはお断りします」
「そうか、残念だな」
その瞬間、三井さんの体から赤黒い何かが吹き上がったような印象を受けた。
辛うじて見えた三井さんの動き。
紛い物と呼ばれた仮面の腹部に拳を叩きこんだようだ。
吹き飛ばされた紛い物と呼ばれた仮面。
そのままコンクリートの壁に激突し減り込む。
仮面の隙間から赤い液体が滴ってきた。
「な・・何というい・・威力・・・」
そのまま地面に落ちる。
片膝を付くが、立ち上がる事が出来ないようだ。
しかし三井さんは追撃はしなかった。
「な・・なぜ止めをささない」
「あんたが一体何なのか知らないが、人間だろうが人間じゃなかろうが、女性を殴るのはやはり気が引ける。それに聞きたい事がいろいろあるんでな。だがこれでもまだ抵抗する気なら容赦なく叩きのめす」
その時、突如一面が物凄い濃い霧に飲み込まれた。
誰かが何かを叫んでいるが聞き取る事すら出来ない。
霧が晴れた頃、仮面達も長眞も消えていた。
僕達は少女を拉致され、取り逃がしてしまった。
その後少ししてから、数台のパトカーが到着する。
パトカーの中には、由香さんの車も混じっていた。
後から聞いた話だが、狙われていたのは伊麻奈という少女だった。
たぶん薄桃色の髪の毛の、泣きじゃくってた少女がそうなんだろう。
逃げている少女を追いかけていた紅髪の男達。
そこに偶然居合わせたのが、伽耶さんと沙耶さんの二人。
伊麻奈ちゃんは、三井さんと吹雪さんとも過去に面識があるそうだ。
狙われている理由等はさっぱりわからない。
だけど、再び僕は事件に巻き込まれる形となった。
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1991年5月25日(土)PM:20:47 中央区環状通
環状通近くの道路にいる僕達。
そこに到着したのはパトカーと由香さんだけではなかった。
救急車に搬送される伽耶さんと沙耶さん。
僕達の前に現れた白衣の男性とラフな格好の女性。
「初めましての方もいるかな。私は白紙 元魏(シラカミ モトギ)、隣は妻の白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。娘の伽耶と沙耶を助けてくれてありがとう。彩耶、私は娘達と一緒に行くから安心しなさい」
白衣を着ている男性。
元魏さんはオールバックで黒髪眼鏡。
理知的な表情をしている。
隣のラフな格好の女性は彩耶さん。
膝まである黒い髪のポニーテール。
先っぽだけが三つ編みになってるようだ。
伽耶さんと沙耶さんの両親。
前に名前だけは聞いていた。
この二人がそうらしい。
「わかりました、元魏さん。娘達をお願いね」
「わかっている。それじゃ」
改めてこちらを向いた彩耶さん。
「本当に伽耶と沙耶を助けてくれてありがとう。それであなた達は伊麻奈ちゃんを助けに行くつもりなんでしょう?」
「もちろんそのつもりだ」
三井さんは即答した。
もちろん僕もそのつもりだ。
関わった以上、ほっとけない。
「私も同行させて頂きます」
「娘さん達に付いてなくていいのか?」
「元魏さんが付いていますから」
「そうか。それなら何も言わないが、とりあえず現状を整理しよう」
「そうですね」
「俺達が交戦したのは伽耶、沙耶に怪我を負わせ、その後悠斗が倒した長眞という奴」
三井さんが一撃いれてなければ、僕が勝てたか正直わからないけど。
「後は俺が戦った仮面をかぶった人形らしい女。吹雪が道路に縫い止めた仮面の四体、それとここからは推測なんだが長眞、人形らしい女、仮面有り四体を運んだ奴等、後は霧を作り出した奴の少なく見積もっても四人はいる。霧の中とは言え感じた限りはもっといるだろうな」
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