010.衝突-Skirmish-

1991年5月25日(土)PM:20:18 中央区福住桑園通


「伽耶、このままじゃ駄目。一回引くよ」


「でもどうやってさ、沙耶」


 福住桑園通から比較的近くの歩道。

 黒いローブに仮面の四人。

 彼等の攻撃に、防戦一方の二人。

 紅髪の男は、挑発的な微笑みで見ているだけだ。


 何か方法はないか思案しようとする白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。

 その僅かな隙が、繰り出された攻撃に対する防御を鈍らせる。

 一体の仮面の拳が左肩に炸裂し、彼女は吹き飛ばされた。

 コンクリートの壁に叩きつけられ、一瞬息が止まる。


「沙耶!!!」


 沙耶に一瞬気を取られた白紙 伽耶(シラカミ カヤ)。

 その腹部に突き刺さる拳。

 勢いのまま、後ろに飛ばされる。

 停車していたバンのフロントに叩きつけられた。


「げほげほ・・・。沙耶、大丈夫?」


「だ・・大丈夫・・」


 しかしその顔は苦痛に歪んでいる。


「あぁ・・私のせい・・・」


 極 伊麻奈(キワ イマナ)は涙目になり、伽耶と沙耶を見ていた。


「伊麻奈ちゃん、心配しないで大丈夫だから」


 遠くから近付いてくるサイレン。

 紅髪の男の背後に止まったパトカー。

 二人の警官が降りてきた。


「喧嘩の通報があったが君達か?」


「ただの人間が何のようだ。邪魔するなら喰い殺すぞ」


 車から降りた二人の警官。

 紅髪の男の威圧にたじろく。

 しかし、警察としての職務を果たそうとする二人。


「逃げてえ」


 しかし伽耶が発した言葉は彼らの耳には届かなかった。

 警官二人は紅髪の男に首を掴まれる。

 そのままパトカーのフロントに叩きつけられた。

 呻き声が聞こえる。

 拉げたパトカーのフロント。

 尋常ではない力で叩きつけられたのがわかる。


 その光景に、伽耶も沙耶も絶句していた。

 次の瞬間、お互いがお互いの顔を見合わせる。

 無言で二人は同時に頷いた。


「伽耶、私の今考えてる事わかる?」


「もちろん。やるよ」


 二人同時に剣を巨大化させていく。

 五メートル近くまで巨大化した二つの剣。

 剣というには、些か大き過ぎる。


 パトカー側を向いている紅髪の男。

 彼に向けて勢いよく投げつける。

 直後、紅髪の男が振り向いた。


 手前でぶつかった二つの剣。

 周囲に凄まじい水蒸気をまき散らす。

 瞬間的に、水の温度が上昇させられた結果だ。


 紅髪の男は水蒸気の直撃を喰らった。

 しばらく目を開ける事すら出来ない。

 やっと目が開けれるようになった紅髪の男。

 伽耶も沙耶、伊麻奈の三人は、既にいなかった。


「くそ、逃げやがったのか? 小娘どもめ、やってくれる・・・」


 イラついた表情の紅髪の男。

 その瞳は怒りに満ちている。


「だが、あのダメージだ。そう遠くには移動できないだろうさ。だからといってこのムカつきは晴れないが」


 彼は、コンクリートの壁を何度も殴り始めた。

 その度に、亀裂が入ってく。

 ぴたりと拳が止まった頃、コンクリートの壁は陥没し、大きな穴が開いていた。


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1991年5月25日(土)PM:20:34 中央区環状通


 環状通近くの歩道を進む三人。

 左肩を抑えている沙耶。

 遅れ気味ながら、前に歩を進める

 息も荒く、時折苦痛に顔を歪めていた。


 伽耶はそんな沙耶を心配している。

 伊麻奈の手を引いて歩いている彼女。

 時折、後ろを振り向いていた。


「普段何気なく歩いてる道なのに、ちょっと怪我しただけでこんなにも遠いなんてね」


 自嘲気味に呟いた沙耶。

 何とか笑おうとした彼女。

 その顔は、どことなくぎこちない。


「沙耶、本当に大丈夫?」


 彼女の呟きが聞こえていた伽耶。

 思わず後ろを振り向く。

 そこで伽耶は違和感に気付いた。

 沙耶は、左手を全く動かしてないのだ。

 彼女をじっと見つめる伽耶。


「ばれちゃったかな」


「沙耶の馬鹿」


 そうっと沙耶の左肩を触る伽耶。


「伽耶、痛い・・・」


「ごめん。でもこれ折れてるんじゃないの?」


「そうかも・・ね」


「そうかもねじゃないでしょ!?」


「お姉ちゃんごめんなさい・・。伊麻奈のせいだよね」


 沙耶は痛みを堪えた表情。

 それでも右の手の平を伊麻奈の頭に置いた。

 優しく撫で始める。


「伊麻奈ちゃんのせいじゃないよ。だから気にしないの」


「早く公衆電話見つけてお父さんかお母さんに連絡しないと」


 焦りが加速する伽耶。

 その表情には余裕がない。

 彼女は後ろの方から聞こえてくる足音に気付く。

 それは、複数人の足音だった。


「見つけたぞ。小娘ども」


 振り向いた伽耶。


「さっきの・・・」


「伽耶、仮面有りが一体増えてるよ」


「本当。なんで?」


「安心しろ。こいつらは使わねえよ。俺が直々にいたぶってやる」


 歯を食いしばる二人。

 紅髪の男はゆっくりに歩いてくる。

 炎の剣を形成した伽耶。

 斬りかかろうと前に一歩踏み出す。


 しかし、次の瞬間吹き飛ばされた。

 背後の電柱にぶつかる伽耶。

 そのまま、前のめりに落ちた。


「えっ・・・」


 何が起きたのかわからない沙耶。

 伊麻奈を庇いつつ、後ずさる。


「なんだ? さっきの威勢の割にはもう終わりか?」


 紅髪の男の頭。

 先程とは少し違っている。

 紫色の、渦を巻いた角のようなものが二本突き出ていた。


「何こいつ・・何なの・・」


 沙耶は恐怖に支配されそうになる。

 それでもな心を奮い立たせた。

 水の剣を形成しようする。


 気付けば首を掴まれていた沙耶。

 横に投げ飛ばされた。

 コンクリートの壁に右肩から激突。


 倒れるのだけは何とか踏ん張った。

 しかし、痛みの走る左肩を抑えつけられる。

 言葉にならない悲鳴を発っした彼女。

 頭の中を駆け巡る警告のような激痛。


「これは折れてるな。パキッと。人間は本当脆いな。そうだ、このまま握りつぶして二度と戻らないようにしてやろうか」


「――させない」


 炎の剣で背後から斬りかかる伽耶。

 しかし振り下ろす事は出来なかった。

 腹部に強烈な一撃を受ける。

 沙耶とは反対側の壁まで吹き飛ばされた。


「興ざめだな。威勢だけは一人前だったが」


 戒めを解かれていた沙耶。

 彼女は崩れ倒れていた。

 涙と鼻水でぐしょぐしょの顔の伊麻奈。

 沙耶に駆けつけ、呼びかけるが反応する気配はない。


 何とか立ち上がった伽耶。

 その側に、いつの間にか立っている紅髪の男。

 彼女はそのまま壁に抑えつけられている。


「こっちも気を失いやがったか」


「だ・・れが・・・」


 両手を抑えつけられたままの伽耶。

 手首のの向きを変え、炎の剣を一気に伸ばす。

 その先には紅髪の男の腹部があった。


 しかし切っ先は突き刺さらない。

 男の皮膚の手前。

 肌に沿って割れていった。


「・・・うそっ?」


 その光景を目の前で見せられ驚愕する伽耶。

 歴然たる力の差に、一気に恐怖が心を駆け巡る。

 両手を抑えられたまま投げ飛ばされた。


 その後何が起きたの彼女にはわからない。

 衝撃で左手に激痛が、続いて右足に激痛が走る。

 そこで伽耶の意識は途絶えた。


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1991年5月25日(土)PM:20:37 中央区福住桑園通


 四人で外で夕食を済ませた僕達。

 由香さんの車で送ってもらう途中だった。

 車の無線から聞こえた内容に驚愕する。


 特徴から白紙姉妹かもしれないと判断出来た。

 彼女が襲われているらしいのだ。

 その現場で、警官と通りすがりの市民も被害にあったらしい。


 助けに行くという事で意見は一致。

 そのまま車で現場に到着。

 そこには白紙姉妹はいなかった。


 現場の状況確認の為、車の外に出ている由香さん。

 増援で来た警官と話をしている最中だ。

 僕と三井さん、吹雪さんは、由香さんの車の中にいる。

 白紙姉妹の行方を探しに行く為に、どうするか相談していた。


 そこで車の無線が再び情報を告げる。

 比較的近くで喧嘩が起きているという知らせ。

 そこに白紙姉妹らしき人物がいるとの情報だった。

 どうやら近くに住んでいる住民が通報したようだ。


 僕達は車から直ぐに降りた。

 急いで無線の内容を由香さんに伝える。

 その上で、彼女をその場に残し現場に急いで向かった。

 場所と位置的に、車より走ったほうが早いという判断だ。


 現場の道路に到着した僕達。

 まっすぐ行った所に倒れている人が二人いた。

 更に側には泣き崩れている少女が一人。

 その近くに五人。

 一人が少し離れた所にいる。


 そのうちの一人、紅髪の男。

 彼が手に持つのは電柱。

 どうやら近くのをを引っこ抜いたようだ。

 その電柱を、沙耶さん目がけて振り下ろそうとしていた。

 おそらく足元を狙っている。


「やばい!? 先いくぞ」


 そう言った三井さん。

 彼の体が、弾けるように飛んで行った。

 風の力で加速したのだろう。


 振り下ろされた電柱。

 沙耶さんに電柱が届く前に停止していた。

 電柱の先端の方は、背後の民家に減り込んでいる。


「電柱抜いて振り下ろすなんて、むちゃくちゃしやがるな」


 三井さんが両手を十字にして電柱を止めたのだ。


「馬鹿な・・・」


 紅髪の男は驚いているようだ。


「み・・つ・・い・・さ・・ん?」


「とりあえず生きてはいるようだな。待ってろ、すぐ終わらせる」


 微かに沙耶さんの唇が動いたようだ。

 その後で三井さん声が聞こえた。

 沙耶さんが何を言ったのかは、僕にはわからない。


「これからお楽しみのつもりだったのに、よくも邪魔してくれたな。これでどうだ」


 僕は紅髪の男が次に何をするのかわかった。

 反対側に倒れている伽耶さんに、電柱をぶつけるつもりだろう。

 僕と吹雪さんの体が突如加速した。


「全く無茶させるよ、三井さんも」


 三井さんが加速させたのだろう。

 何とか伽耶さんの側に来ていた僕。

 咄嗟に地面のコンクリートを両手に触れさせた。

 ナックル状に変化させたコンクリート。


 紅髪の男が背後に振り下ろした電柱。

 間一髪で受け止める事が出来た。

 さすがに三井さんのようにはいかない。

 片膝をついて、辛うじて何とか止めた形だった。

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