009.少女-Maiden-

1991年5月25日(土)PM:19:02 中央区特殊能力研究所三階


 多目的トレーニング場の観覧席にいる僕達。

 吹雪さんは、ベンチを挟んで三井さんの首に纏わり付いている。

 僕はどう反応していいかわからない。

 由香さんは、何故か少し笑顔で二人を見ていた。


 吹雪さんがシャワーを浴びていたというのは本当らしい。

 髪の毛が少しだけ、しっとりとしている。

 それにしてもこの二人、どうゆう関係なんだろうか?


「いい加減兄様はやめろ」


「嫌です。三井兄様は三井兄様です。私は三井兄様の義妹で弟子なのですから」


「妹にも弟子にもした覚えはないぞ」


「私がそうありたいだけです」


 どうやら仲良しらしい。

 だけどこの状況。

 僕はどう話しを戻していいかわからなくなっていた。

 表情を見る限り、由香さんも同じような事を思っているようだ。


「毎度の事だが、平行線だな」


 やれやれといった感じの三井さん。

 この二人は毎度このやり取りをしているのか?

 気付けば、三井さんの飲んでた缶ジュースが手にない。


 いつのまにか吹雪さんが飲んでいた。

 彼女がうっとりとした眼差しになっている。

 たぶん、僕の気のせいではないと思う。


「あ? 吹雪!? いつの間に?」


「油断大敵ですよ。義彦兄様!! うふふ」


 この二人は一体何なんだろうか?


「由香さん久しぶりです。そちらははじめましてですね。銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)と申します」


 銀髪の彼女は一度、三井さんの首から手を離す。

 優雅に僕に一礼をしてくれた。

 しかし、再び三井さんの首に纏わりつく。

 まるで、そこが定位置みたいに感じてしまう。


「桐原 悠斗(キリハラ ユウト)です」


 何か気の利いた反応も返せない。

 とりあえず名乗りだけにしといた。


「とりあえず話しを戻す。基本的に俺達は現場への協力要請で赴く形だから、事件の詳細は知らない。だからまずは長谷部が今まで起こした事件の、詳細を知る必要があると思う」


「でもどうやって?」


 由香さんの疑問は最もだ。

 僕達だけじゃ手に入れれる情報なんてたかが知れている。

 警察の資料でも見れれば違うのだろうけど。


「そのへんはまかせとけ。とりあえず情報が手に入ってからどうするか考えよう」


「そうね。何か当てがあるのね」


 由香さんが、僕の思った事を代弁してくれた。

 三井さんは、当てがあるってことなんだろう。

 警察関係者にでも知り合いとかいるのかもしれないな。


「とりあえず連絡取れるように、お互いの連絡先交換しといたほうがいいんじゃないか?」


 三井さんの言葉は尤もだ。

 研究所以外では、今の所、接点がない。

 僕達は素直に連絡先を交換した。


「とりあえず時間も時間だし四人でご飯でも食べて行かない?」


 由香さんの提案に皆頷く。


「それじゃ電話して来ていいですか?」


「そこの電話使っていいよ」


「はい、ありがとうございます」


 僕は愛菜の自宅に電話した。

 どうやら愛菜の両親は今日はいるようだ。

 今日は遅くなる事を伝える。


 念の為、愛菜にも電話に出てもらった。

 夕飯は食べて帰る事、遅くなる事を伝える。

 何か言われるかとも思った。

 だけど、素直に了承してくれた愛菜。

 僕の電話が無事終わった後、由香さんを先頭に、その場から移動を開始した。


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1991年5月25日(土)PM:20:11 中央区福住桑園通


 雪のように白い肌。

 薄桃色の髪の毛

 白とピンクに彩られた薄いブラウスとスカート。


 手足についている裂傷の痛みに耐える。

 少女は苦悶の表情だ。

 何かから逃げるようにそれでも走る。

 足を振りだす度に、薄桃色の髪の毛を風を撫でた。


「痛いよ。でもとまっちゃ駄目。痛いけど駄目」


 闇雲に逃げている少女。

 路地を福住桑園通に向かって走っている。

 東から西に進んでいる形だ。


 彼女は誰かから逃げるように小走りに駆けて行く。

 その顔は明らかに怯えている。

 今の彼女には、周囲を把握する余裕はなかった。

 既に、自分が何処をどう移動しているのかさえわからない。


 苦しそうな表情で走り続ける。

 それでも彼女は、足を動かし続ける。

 まるで何か恐ろしい存在から、逃げているかのようだった。


 歩道の角を目掛けて走っていく少女。

 その角にさしかかったところで影に気付く。

 しかし、咄嗟に反応出来ない。

 勢いのままぶつかるしかなかった。


「ひっ!?」


「きゃ!?」


 少女と白紙 沙耶(シラカミ サヤ)の可愛げな悲鳴が重なる。

 突然の事に尻餅をつく沙耶。

 制服姿の彼女のポニーテールが激しく揺れる。


 勢いを殺せなかった少女。

 沙耶を、勢いのまま弾き飛ばした。

 そのままの勢いで体勢を崩した。

 道路に倒れこんでしまう。


「ごめんね。大丈夫?」


 制服姿の白紙 伽耶(シラカミ カヤ)。

 咄嗟に少女に声を掛けた。


「沙耶も大丈夫?」


「あたたたた。もう!? 何!? びっくりした」


 尻餅をついている沙耶も制服姿。

 二人は研究所の勉強会に参加した帰りだった。

 帰りに外食をした為、いつもより帰りが遅い時間になっている。


 沙耶は一人で立ち上がった。

 埃をはらうようにスカートを叩く。

 彼女が一人で立ち上がったのを見ていた伽耶。

 少女に手を差し伸べて立ち上がるのを手伝おうとした。


「沙耶は大丈夫だよ」


「反応遅いでしょ!? 見ればわかるよ」


 沙耶も少女の側まで歩いた。


「ごめんね。大丈夫かな?」


「は、はい。こちらこそごめんなさい」


 少女の声は震えている。


「本当に大丈夫? って、伽耶この子震えてる」


「うん、本当だね。それに小さい切り傷がいくつかついてる」


 少女と二人の身長は同じ位。

 その為、自然と目線も同じぐらいの高さだ。


「私は伽耶」


「私は妹の沙耶だよ」


「名前なんていうのかな?」


「え・・えっと、極 伊麻奈(キワ イマナ)です」


「こんな所にいやがったか。ガキのくせにすばしっこい」


 突然背後から声をかけられた伊麻奈。

 更に怯えた顔になった。

 恐怖しているのがありありとわかる。

 彼女は、無意識に伽耶と沙耶の背後に彼女は隠れた。


 伽耶と沙耶の視線の先の五人。

 四人はDreiと刻印された仮面をかぶっている。

 裾がボロボロの黒いローブ姿。

 異様な空気を醸し出していた。

 正直その恰好は非常に場違いも甚だしい。


 一番手前の男は、はチンピラのような風袋。

 短く刈り込んだ紅髪。

 紫の双眸で背もかなり高い。


 男は面倒くさそうな瞳だ。

 その瞳で伽耶と沙耶を見下ろしている。

 紅髪の男がドスの利いた声をだして話しかけてきた。


「御嬢さん方、そのガキ渡してくれないかな?」


 至極面倒臭そうな表情の紅髪の男。

 目の前の男を睨むように見上げる伽耶と沙耶。


「伽耶どーするの?」


「決まってるでしょ。ちょっと仮面無し、何したのかわからないけど、この娘怯えてるじゃないの!? 尋常な怯え方じゃないし、怪我もしてる。どーゆーことよ!?」


「伽耶、落ち着いて・・」


「沙耶、これが落ち着いていられると思う?」


「わかってるけど」


「大の男達がかっこ悪いんじゃないの?」


「仮面無し? 俺の事か? いいネーミングセンスしてる」


「そんな事どうでもいいの!!」


「威勢のいい御嬢さんだ事だな。久々、でもないか。まぁいいか。ガキ以外は後でお楽しみだ。死なない程度に痛めつけてやる」


「相手はやる気みたいだね。沙耶、やるよ」


「もう、伽耶らしいと言えばらしいけど。後で何言われても知らないよ?」


 男達は二人組に分かれて伽耶と沙耶に殴りかかる。

 伽耶と沙耶はたくみに、連続攻撃をかわした。

 軽々といなし、倒していく。

 しばらくして、地べたに転がっていたのは、四人の仮面の男達だった。


「何か触れた感じがおかしくない?」


「うん、木とかそんな触り心地だったけど!?」


 囁くような二人の会話。

 伊麻奈には聞こえていない。


「お姉さん達凄い!?」


「ほう、ただの小娘じゃないようだな。少しは楽しめそうだ。本気でやるか」


 何人か歩道を通りかかる人はいた。

 だが、皆恐怖を顔に歪める。

 来た道を逃げるように戻っていくのがほとんどだった。


 紅髪の男の体からほとばしる紫の光。

 四人の仮面に注がれていく。

 見た目には特に変化はない。


「さっきとは違うから覚悟しろよ」


 立ち上がり、再び伽耶と沙耶に襲い掛かる仮面。

 先程とは比較にならない速度で繰り出された拳。

 いなそうとした二人。

 しかし対処しきれずに吹き飛ばされた。


「さっきとはまるで違う・・」


「伽耶、私達もあれを」


「そうね、沙耶」


 二人とも同時に右手に意識を集中させる。

 伽耶の右手から現れたのは炎の剣。

 水の剣を右手に握る沙耶。

 二人はそれぞれの剣を正眼に構えた。


「ほう、面白い!? ただのガキじゃないって事か」


 仮面達と再びぶつかり合う。

 しかし、伽耶も沙耶も防戦一方。

 彼等仮面達から繰り出される拳。

 二人は防ぐのが精いっぱいだった。

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