008.稽古-Training-

1991年5月25日(土)PM:18:29 中央区特殊能力研究所五階


 所長室で、ソファーに座る古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 彼女の対面に、テーブルを挟んで座っているのは形藁 伝二(ナリワラ デンジ)だ。

 部下らしき二人はソファーに座る彼の背後にいる。

 手を後ろに組んで立ったままだった。


「私から二人にそちらの計画に協力するよう命令しろと?」


 怪訝な表情の古川。

 形藁の言葉を、鸚鵡のように返した。


「その通り」


 形藁は簡潔に答える。

 その表情は能面のようだ。


「あの二人はあくまで協力者であり、私から命令する権限はない。権限があったとしても命令する気はないが」


「私達からよりもあなたからの方が、素直に従っていただけると思うのだが」


「協力するかどうかはあの子達が決める事」


 古川の答えに、一瞬能面が歪んだ。

 しかし、直ぐに元に戻る。


「それでは我々が直に協力を要請する事は構わないという事か?」


「私に止める権利はない。しかし、あの二人は協力するとは思えないな」


「何故そう言える?」


 形藁の背後の二人。

 古川と彼が話している間も微動だにしない。

 ただ、常に視線は古川に固定している。

 まるで見下しているかのような眼差しだった。


「それはおそらくあなた達に説明しても、理解出来ない事だろう。それでも説明を聞きたいか?」


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1991年5月25日(土)PM:18:32 中央区特殊能力研究所三階


「あれは三井さんと誰だろう? 僕達と同年代ぐらいに見えるけど」


「剣術稽古なのかな? 木刀を手に持っているみたいだし」


 隣にいた瀬賀澤さん。

 ちらっと僕の方をみてそう囁いた。

 僕と同じように皆の視線も、三井さんともう一人に注がれてる。

 木刀を持っている二人は、激しい打ち合いを繰り広げていた。


 僕達は、多目的トレーニング場にいる。

 入口から入った直ぐの所。

 並んで設置されているベンチ。

 そこに思い思いに座っている。


 ここは三階から四階まで吹き抜けだ。

 まるで支える為かのように、所々に柱が建てられていた。

 ただ、柱は外側の方に集中している。


 多目的トレーニング場への出入口は、二重扉になっていた。

 僕達はその中間の部分にいる。

 通称観覧席と呼ばれる所にいるらしい。


 激しい打ち合いが突如鳴り止んだ。

 三井さんともう一人。

 銀髪に白い肌の少女が、相対して睨み合っている。

 銀髪の少女が一気に間合いを詰め、横薙ぎに木刀を振った。


 動きを予測していたかのような三井さん。

 後ろに下がりやり過ごした。

 即座に前に進み、木刀を斜め上から振り下ろす。


 少女は紙一重で躱した。

 攻防が目まぐるしく変わっていく。

 再び激しく打ち合う二人。


 僕達がいるここから、ガラスのような壁を一枚隔てた向こう側。

 三井さんと銀髪の少女が激闘を繰り広げている場所。

 そのトレーニング場部分は、何か特殊な処置をされてるそうだ。

 エレメンターでもそうそう破壊出来るものではないらしい。

 研究所が開発した技術の一つだそうだ。

 近くに座っている由香さんが、僕にそう説明してくれた。


「あれは銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)さんだね。確か中学一年生だよ」


 銀髪の白い肌の少女の名前を瀬賀澤さんが教えてくれた。

 夕凪さんも彼女の隣で頷いている。

 それにしても銀髪って珍しいよな。

 もしかしたら始めて見たかもしれない。


「伽耶と同じなんだよー」


「沙耶ともねー」


 どうやら僕以外は、少女の事を知っている感じだ。


「それにしても二人とも凄いな」


 正直同じ人間とは思えない。

 凄まじい速度での攻防が繰り広げられている。

 動きを目で追い切る事も難しい。


 激しく動き回ってるのはわかる。

 だけど、何をしてるのかほとんどわからない。

 時折木刀と木刀がぶつかり合っているような音だけが聞こえてくる。

 僕達はただその二人の戦いをじっと見ていた。


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1991年5月25日(土)PM:18:48 中央区特殊能力研究所三階


 どれぐらい経過したのだろう。

 大分目が慣れてきたらしい。

 二人の動きを何とか目で追う事が出来るようになっていた。


 それぞれが木刀による斬撃を繰り出す。

 ぶつかる音が四度目で途切れた。

 吹雪さんの木刀が弾かれている。

 空中をくるくる回転していく木刀。


 彼女の喉元に三井さんが木刀を突き付けている。

 最後は何が起きたのか僕にはわからない。

 だけど、三井さんの勝ちで終わったようだ。


 遠目にも銀斉さんの息があがっているのがわかる。

 足も震えているようだ。

 そして彼女はとうとう、座り込んでしまった。


 手を差し出した三井さん。

 立ち上がるのを助けてるみたいだ。

 三井さんはちょっとだけ見た目怖い人。

 でも本当は、案外良い人なのかもしれない。


「今日はこの当たりで解散にしようか」


 唐突に由香さんが提案して来た。


「そうですね」


 僕は三井さんと話したい事があった。

 なので、彼女の提案に素直に乗る事にする。


「二人ともすごかったねー、沙耶」


「本当だねー、伽耶」


「本当凄かったー。でもまり姉は見えてたっぽい?」


 夕凪さんの言葉に、思わず僕は耳を澄ました。


「あれぐらいならね」


 彼女には見えてたようだ。

 という事は、瀬賀澤さんも強いって事なんだろうな。

 そうゆう事になるのだろう。


 何だか山本さんは、忌々しそうに見てたような?

 僕の単なる気のせいかな?

 まだ彼の事は良く知らない。

 だからきっと、気のせいだろう。


 それぞれが思い思いの感想述べた。

 その後で、由香さんへ挨拶をしていく。

 僕は彼女達が去っていくのを見送った。

 見送った後、僕は帰らずこの場に残る。


 由香さんは僕が残る意図に気付いているのだろうか?

 今ここにいるのは僕と由香さんだけ。

 僕の意図を知ってか知らずか彼女から話しかけてきた。


「三井君と吹雪ちゃんの二人は、ここの奥にあるシャワールームへ行ってるんじゃないかと思うよ。もう少し待ってれば三井君は出てくると思うけどね」


 彼女の言葉どおり、しばらくして三井さんが遠目に見えた。

 三井さんは真っ直ぐこちらへ歩いてくる。

 そのまま、観覧席まで入ってきた。

 備え付けの自販機から缶ジュースを買ったようだ。

 何を買ったのかは、残念ながら死角になってわからなかった。


 缶ジュースを片手に持っている三井さん。

 僕達が座ってる近くの長椅子に腰を下ろした。

 手に持っている缶ジュースを飲み始める。

 一息ついている感じだ。


 彼の手に持っているのはメジャーなスポーツドリンクの缶。

 確かにかなり激しく動いていた。

 あれだけ動いた後だ。

 水分を補給するのは当然か。


「由香に桐原、まるで俺を待ってたような感じだな」


 僕も由香さんも、じぃーと三井さんを見ていた。

 なので、そう感じたのかもしれない。


「その通り。聞きたい事があるの。ゆーと君もたぶん私と同じ理由じゃないかな? と思うよ」


「長谷部の事か?」


「そうです。あの時の言葉。どう思ってるのかと思って」


 三井さんは、少し思案しているようだ。


「あの時の言葉か。何か俺達の知らない裏があるかもしれないしないかもしれない。調べてみないとわからないな」


「調べるつもりなの?」


 由香さん、本気で驚いているようだな。


「そうだ。そのつもりだ。本人に話しが聞ければいいが、何処に連れて行かれたのかわからないしな」


「そうなんですか」


「所長はその後の処置について、再三報告を求めているようだが」


「それでどうやって調べるつもりなの?」


「これから考える」


「三井君、呑気すぎでしょ」


 呆れたような表情の由香さん。

 でも、確かに何から調べたらいいかわからないよな。


「そう言うな。何から調べるべきか、検討もつかないだろうが」


「確かにそうですね。でも僕も気になるので、協力させてもらえませんか?」


「ゆーと君? 本気?」


「本気ですよ、由香さん。そうじゃなきゃ、三井さんを待ってまで話しをしには来ませんよ」


 三井さんはじっと僕の瞳を見ている。


「桐原、男に二言はないな」


「はい、ありません」


「三井君まで」


「それで由香はどうする?」


「もうしょうがないから協力するよ。でも立場上何処まで協力出来るかはわからないよ」


「とりあえず他の奴には言うなよ」


 しょうがないなという感じの顔の由香さん。

 でも、彼女もおそらく気にはなっているのだろう。


「三井兄様、吹雪を仲間はずれにしないで下さい」


 銀髪の白い肌の少女が、僕達の会話に割り込んできた。

 彼女はそのまま三井さんの背後に回る。

 ベンチを挟んで背後に移動した吹雪さん。

 何をするのかと思って見ていたら、三井さんの首に抱きつく様に腕を伸ばした。

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