第二章 鬼姫救出編
007.日常-Everyday-
1991年5月23日(木)AM:7:25 中央区桐原邸二階
自室で眠っている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
部屋と廊下を隔てている扉。
ゆっくりと開いていく。
半分ほど開け放たれた扉。
室内に静かに入り込んだ制服姿の少女。
髪には少し歪なヘアピン。
彼女は目を爛々とさせている。
ベッドに屈んだ彼女。
悠斗の寝顔を、じーっと寝顔を見始めた。
少しうっとりしているようだ。
しばらくそのままだった彼女。
ゆっくりと悠斗に手を伸ばす。
手がどんどん近付いていく。
そしてとうとう手が悠斗に触れた。
少女は彼の肩を細い指で掴んだ。
そして寝顔を披露している悠斗を、揺すり始めた。
「ゆーと君、朝だよ。ご飯出来てるよ。早く準備してよ」
少女に優しく揺すられる悠斗。
しかし、中々目覚める気配がない。
少女の揺する度合いが、徐々に大きくなっていく。
眠い眼を半分程開けて、少女の顔を見る悠斗。
「うぅぅぅ、もうちょっと寝かせて」
「うーじゃないよ。もう。ふぅ」
「ひゃぁ」
「やっと起きたね。ゆーと君、おはよう」
「お・・おはよう愛菜」
少女の名は中里 愛菜(ナカサト マナ)。
悠斗の幼馴染。
そして彼にとっては家族とも言える存在だ。
赤みがかった黒髪のストレートヘアー。
彼女は今日はポニーテールにしている。
愛菜に起こされた悠斗。
彼女の顔が指呼の距離にある。
その事に彼は、驚いた表情だ。
悠斗と愛菜は、幼い頃からほぼ一緒にいた。
物心ついた頃から、いやもしかしたらもっと前かもしれない。
兄妹の様に、二人は一緒に育てられてきた。
育った環境の所以かもしれない。
愛菜の性格的な所もあるだろう。
彼女は時折、過剰なスキンシップを悠斗にしている。
もっとも、彼女自身はそんな自覚はなかった。
「何しやがったんだ。凄い寒気がしたぞ」
「え? 耳に息吹きかけただけだよ」
「――何してくれるんだよ!?」
「そんな事よりほらほら準備。ご飯出来てるんだから」
「わかったよ。用意したら下に行くから先に下りてろよ」
「わかったぁ。早く下りておいでよぅ」
悠斗は毎朝、愛菜に起こされる事が多い。
彼は彼女に、もちろん感謝している。
だけどもたまに、もう少し穏便に起こして欲しいと思う事もあった。
愛菜は先に部屋を出て行った。
彼女のおかげですっかり目は覚めた悠斗。
いまだに、彼の心には長谷部の言葉が何か引っ掛かっている。
完全に覚醒したから、余計にそう感じたのかもしれない。
学校へ行く支度をして、一階に下りた悠斗。
居間では、愛菜がちょこんと椅子に座って待っていた。
彼女は可愛いという部類に入る少女。
テーブルには、ベーコン入りの目玉焼きとサラダが並べられていた。
「ゆーと君、今トースト焼いてるからちょっと待ってね」
「わかった」
「それにしてもゆーと君、眠そうだね」
「昨日ちょっと寝るの遅かったからな」
「夜更かしさんはいけないんだー」
「たまにはいいじゃないか」
愛菜に自覚があるかどうかはわからない。
だが、彼女は基本、悠斗にべったりだ。
二人にとって、それは当たり前の日常になっている。
ここ数日は、愛菜の両親が珍しく家に戻って来ていた。
学校から帰宅した後は、彼女はその両親の相手をしている。
その為、隣の悠斗の家に、中々向かう事が出来ないでいた。
「私も夜更かししてゆーと君と遊びたいー」
「夜更かししなくても遊べるだろ」
「やだー。夜更かしも一緒にするのー」
悪戯っ子のような表情の愛菜。
まるで駄々をこねる子供のようだ。
悠斗は、そんな事を思っていた。
「ありがと」
焼き上がったトーストにマーガリンを塗っている愛菜。
最初の一枚を、悠斗に渡した。
彼は何だかんだで、愛菜をありがたい存在だと思っている。
ありがとという彼の言葉には、様々な感謝の意味も込められていた。
「それじゃ食べようー。いただきます」
二枚目のトーストに、マーガリンを塗る愛菜。
悠斗は、彼女が塗り終わるまで待った。
そして、愛菜の言葉で食事が始まる。
「いただきます」
朝ご飯を食べ始めた二人。
合間に他愛も無い話を挟んでいる。
愛菜の両親は、仕事の都合でほとんど家にいない。
その為、二人だけでご飯を食べるのが当たり前になっていた。
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1991年5月23日(木)AM:8:25 中央区菊水旭山公園通
僕と愛菜は菊水旭山公園通を歩いている。
通っている中学校がこの道に面しているからだ。
ここは、環状通も直ぐ近く。
その為なのか、車の通行はかなり多い。
ホームセンターがすぐ近くにあるのも影響しているだろう。
今日もいつも通り学校に向かっている。
僕と愛菜の二人で登校。
毎日の日課のようなものだ。
そうして、一年一組の教室に辿り着いた。
今日はちょっとゆっくりし過ぎたようだ。
教室の時計を見ると、かなりぎりぎりだった。
「桐原君、眠そうだね」
同じクラスの沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。
彼女がこっちを見て話しかけてきた。
軽くウェーブのかかった黒髪。
今日もツインテールにしている。
「有紀か。昨日ちょっとな」
「一人で夜更かししてたんだってー。愛菜も一緒にしたかったー」
「あいかわらずお熱いな」
会話に交じってきた河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。
猫っ毛の柔らかい黒髪の彼も同じクラスだ。
前髪だけを軽くたたせている。
「まさ、何いってやがる」
「何って事実だよ。事実」
「桐原君と愛菜はあいかわらず仲良しさんだよね」
「有紀まで何言い出すんだよ」
「ほらほら、座りなさい。朝礼しますよ」
担任の惠理香先生の登場だ。
その為、僕達四人は自分の席についた。
教室は一気に静かになる。
担任の山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)先生。
腰まである紫がかった黒髪のストレートで、小柄な幼児体型。
パッと見た感じ若く見えるし、普段の格好も不思議と若々しい。
でも怒らせたくはない教師だ。
「今日は英語の小テストしますからね」
一気に教室がざわめいた。
「簡単な問題だから」
そんな事を言いながら簡単だった試しは無い。
惠理香先生の簡単と、僕達の簡単を同列に考えないで欲しいな。
そんな感じで今日もいつもの学校が始まった。
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1991年5月23日(木)PM:18:29 中央区桐原邸一階
愛菜は台所で夕飯をつくっている。
こうして考えてみると、まるで半同棲してるような気分だ。
この状況を知っているまさ、有紀に良くからかいのネタにされている。
どちらから好きとか付き合おうとか言った事はない。
そもそもただの幼馴染なだけなはず。
異性として意識してないかと言われれば、正直嘘になる。
彼女は家族のいない僕にとっては、有り難い存在なのは間違いない。
愛菜がこっちで調理している。
おじさんとおばさんは今日は仕事という事か。
彼女がこの時間にここにいるのが既に日常になっているな。
ぼーっとテレビを見ながらそんな事を考えていた。
「ゆーと君、運ぶの手伝ってー」
「了解」
愛奈に呼ばれた僕は台所に向かう。
台所で盛り付けをしている愛菜。
僕は盛り付けが終わった皿から、順番に運んでいく。
今日の夕ご飯は、クリームシチューとサラダ、ライス。
順番に居間のテーブルに運んでいく。
二人分を全て運び終わったらいつもの席に座った。
僕の向かいに愛菜。
二人の定位置。
僕達は夕ご飯を食べ始めた。
他愛のない話しを挟む。
こうして過ぎていく二人の平和な日常。
それから数日は、何か事件らしい事は起きなかった。
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1991年5月25日(土)PM:18:23 中央区特殊能力研究所二階
塾生として研究所のこの教室に来るのは今日が二回目。
こんな所に何を見に来たのかわからない。
だけど、さっきまで教室の後ろに三人見知らぬ人がいた。
何をするでもなく、ただ僕達と由香さんの遣り取りを見ていた。
全員何処か偉そうで、高そうなスーツ姿。
たまに何かこそこそ会話してたのは知っている。
ただ、僕達に話しかけたりする事はなく、気付けばいなくなっていた。
「由香さん、さっき教室の後ろにいた人達は一体誰なんですか?」
山本さんが皆の疑問を代表した。
「さっきの人は形藁 伝二(ナリワラ デンジ)さん。他の二人はわからないかな? 私も直接顔を見たのは今日がはじめてだしね。詳しい事はわからないけど、三人共、自衛隊関係の人みたいよ」
たぶん、リーダーっぽい人の事なのだろう。
角刈りできりっとした目付きをしていた。
「自衛隊さんが何のようだったんだろー?」
夕凪さんの疑問は僕も感じた。
「私も詳しい事は聞いてないけど、所長に用があるみたいよ」
「何のようなんだろー? 沙耶わかるー?」
「わかるわけないよー」
「そうだよねー、私もわかんないし」
「後で所長に聞いてみるね。何かわかったら、その後に集まった時にでも報告するから」
どうやら由香さんも詳しい事は知らないようだ。
瀬賀澤さんが一人難しい顔をしている。
何でだろう?
「さて、今日は多目的トレーニング場にでも行きましょうか」
由香さんの提案に反対意見は出なかった。
しかし何で突然多目的トレーニング場なんだろうか?
僕はそんな疑問を抱く。
しかし質問する間もなかった。
皆が移動を開始したのだ。
しかたなく、僕も移動する事にした。
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