012.探知-Detection-

1991年5月25日(土)PM:20:55 中央区環状通


 環状通近くの道路にいる僕達。

 状況を整理していた。


「長眞というのはおそらく久下 長眞(クゲ ナガマ)の事でしょう。そして今回の事件の首謀者はその兄である久下 春眞(クゲ ハルマ)である可能性が非常に高いと思われます」


 彩耶さんの言葉の後に由香さんが続けた。


「おそらく一年前の事件に端を発してるんじゃないかなと思うんだけどね」


「そうか。それで名前に聞き覚えがあるんだな」


「一年前に何かあったんですか?」


 当時の事を僕は知らない。

 三井さんの言葉に、当然の疑問を口にした。


「何から説明した方がいいのかな? 何処から説明した方がいいんだろう? 一年前の事件、彼等は被害者だったの」


 皆が言いにくそうな中。

 由香さんがそう答えてくれた。


「とりあえずは今は伊麻奈を助ける事を考えるべきじゃないのか?」


 三井さんの言う事はもっともだ。


「でもどうやって探すんですか? 何処に連れて行かれたのか、検討もつかないんですよね?」


 吹雪さんが話に割って入ってきた。


「探す方法なら手はあります」


 答えたのは由香さん。


「舞花ちゃんが伊麻奈ちゃんを助けるために、協力してくれるそうです」


「あの娘がか。わかった、それなら見つけるのは大丈夫そうだな」


 僕にはわからないが三井さん、吹雪さんは納得しているようだった。


「ゆーと君は私の車に乗ってね」


「三井君と吹雪ちゃんは私の車で行きましょう」


 彩耶さんに言われ三井さんと吹雪さんは、元魏さんと彩耶さんが乗ってきた車に向かった。


「それでは彩耶さん、私が先導しますね」


「よろしくね」


 由香さんの車に乗った僕。

 中には瀬賀澤さんと夕凪さんがいた。

 助手席が夕凪さん、後部座席が瀬賀澤さんだ。


「ゆーと君だ、こんばんわー」


「こんばんわ、桐原君」


「こんばんわ」


 そう言いながら後部座席に乗る僕。

 しかし何でこの二人が今ここにいるんだろうか?

 僕の疑問は、その後氷解する事になる。


「舞花、無理はしないでね」


 瀬賀澤さんが、夕凪さんにかけた声は不自然だ。

 無理はしないでね?

 探す方法に夕凪さんの能力が関係しているのか?


「うん、わかってる。それじゃ始めるね」


 夕凪さんは深呼吸をした後に目を瞑る。

 かすかに僕にも感じられた。

 夕凪さんを中心に何かが拡がっていく感じがするな。


 知らない者から見れば不自然な行動。

 由香さんが説明してくれた。

 特殊な能力を使う人には、それぞれ固有の波長のようなものがあるそうだ。

 夕凪さんはその波長を感じ取る事が出来る。


 相手の波長を事前に知っているという前提条件が必要だ。

 だけど、それさえわかっていれば、一定範囲内ならば相手が何処にいるか特定出来るらしい。

 伊麻奈という少女については、どんな波長かわかっているから可能ってわけだ。


 目を瞑ったままの夕凪さん。

 瞑った目の中では、どんな感じに見えているのだろう?

 しばらく待っていると突然夕凪さんが叫んだ。


「見つけた。移動速度から考えると車で移動してるみたい」


 一度特定さえしてしまえば、そのまま追跡するのは比較的簡単らしい。

 由香さんは夕凪さんに地図を渡す。

 地図をパラパラと捲る夕凪さん。


「うんとね、ここの大きい道路を豊平川の方に向かっているよ」


 こうして僕達は、夕凪さんのナビゲートで追跡を開始。

 その車中で、この世界には妖魔と呼ばれる人と異なる存在を聞かされた。

 その一部は、人間と一緒に生活しているそうだ。


 存在自体は公けにはされていない。

 だけど、一部の人間は公然の事実として受け入れているそうだ。

 ただ、過去の様々な出来事により、人間に良い感情を持ってない妖魔もいる。

 それも、相当数いるという割と衝撃的な事を聞かされた。


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1991年5月25日(土)PM:21:34 豊平区羊ヶ丘通


 道中は特に何も問題は起こらず、無事に目的地に着いた。


「位置的には、あそこの建物とこっちの建物の間のはず、突然消えちゃった」


 少し眠そうな夕凪さんがそう言いだす。

 ずっと発動していると消耗が激しいんだろうな。

 今にも眠りにおちそうだ。


「消えたってどうゆう事なのかな?」


 路肩に車を停めて、車を降りた由香さん。

 気付けば夕凪さんは助手席で眠ってしまっているようだ。


「さすがに長時間使って疲れてしまったようね」


 夕凪さんを見つめる瀬賀澤さんの眼差し。

 まるで我が子を労わる母かような姉のようだ。

 そうこうしているうちに、後続の彩耶さんの車が到着。

 乗っている三人が車を降りた。


「どうしたの?」


 彩耶さんは、車の側まで来ると由香さんに問いかけた。


「それがそっちの建物とあっちの建物の間で、伊麻奈ちゃんの波長が突然消えたと言うんです」


「間には特に何もないようね」


 僕達が見る限り、建物の間には特におかしな所は見当たらない。

 しかし彩耶さんが何かに気付いたようだ。


「どうやら結界のようなもので、普通の人にはわかりにくいようにしてるみたいね」


「彩耶さんわかるんですか?」


 由香さんの問いに彩耶さんが答える。


「そうね、これくらいなら何とかなるかな」


「一体どんな原理なんだ?」


 三井さんが珍しく不思議そうな顔をしていた。


「そうね、本来あるはずのものを無いものとして見えるようにしてるんじゃないかしら」


「そんな魔法みたいな事出来るんですか?」


 今目の前で現実に起きてるらしいのに、思わず僕は聞いてしまった。


「不可能じゃないかな。それなりの知識と技術はいるけどね」


 答えてくれた彩耶さん。


「さて、瀬賀澤と夕凪がいる以上、ここに誰か残る必要もあるな」


 話が聞こえてたのだろうか瀬賀澤さんが降りてきた。


「三井君、私なら大丈夫。あなたならわかってるでしょう」


「わかっているが、念の為にな。瀬賀澤一人ならともかく、夕凪がいる以上最悪の状況も考えるべきだ」


「それなら私が瀬賀澤さんと舞花ちゃんを乗せて戻り、彩耶さん、三井君、ゆーと君、吹雪ちゃんがここに残ればいいんじゃないかな。さすがに立ち去る車を追撃はして来ないでしょうし」


 由香さんの提案に異存はないようだった。


「それじゃ立ち去る前に、今回の一件に関係あるかわからないけど一応報告。中央区と豊平区の間に跨って豊平川沿岸で、人間に敵対的な妖魔の出没が多数確認されているようなの。そのおかげでうちも含めて中央区と豊平区の関係各署は今大混乱してるみたい。だからあなた方だけで救助するしかないと思う」


 由香さんの言葉に、三井さんが答えた。


「最初からそのつもりだ。お誂え向きに結界があるんだろ。大暴れしたところで結界さえ壊さなければ大丈夫さ」


「三井君と吹雪ちゃんなら結界も壊しそうだけどね」


 三井さんと吹雪さんは、異存ありそうな表情で由香さんを見る。

 そこで彩耶さんが話しを変えた。


「おそらくここにいるのは、鬼人族(キジンゾク)と呼ばれる者達でしょう。基本的に彼等は自身の攻撃能力の強化、防御能力の強化をする事にたけた種族です。戦闘方法も近接攻撃が主体ですね。しかし長眞、春眞の兄弟はその力とは何か違う能力があるようです。特に春眞はかなりの知性もあるようなので要注意するべきでしょう」


「その能力がどんなものかはわからないのか?」


「残念ながらわかりません」


「実際に戦ってみるしかないって事なのですね」


 吹雪さんの言う通り戦って判断するしかなさそうだ。

 由香さんと瀬賀澤さんは、車に乗ってその場を離れて行った。


「それでは行きましょう。私に着いてきてください」


 二つの建物の間で何事か呟いた彩耶さん。


「ゆーと君、私の手を握ってください」


 手を握った瞬間、何かの力場のようなものが僕の体を包んでいく。


「次は三井君がゆーと君の反対の手を」


 三井さんの体に、その力場が拡がっていくように感じた。


「最後に吹雪さん、三井君の反対の手を」


 今度は三井さんから吹雪さんに、その力場が拡がっているようだった。

 僕達は、手を繋いだ状態。

 何もないはずの目の前の空き地に進んで行く。


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1991年5月25日(土)PM:21:46 豊平区羊ヶ丘通


「一瞬だが、何か違和感を感じたがそれが結界か?」


「三井君の認識の通りですね。おそらくこの空間自体が、無いものとして認識されるようにしているのでしょう。両隣からもそれなりに離れている為、少し違和感を感じる人はいたかもしれませんが、感づかれる事がなかったのでしょうね」


「あそこの隅っこに突き刺さっている、灯篭みたいなのが結界の元か?」


「反対側にもあるし、おそらくそうでしょうね」


「あれを壊さなければ、何が起きても外にはわからないって事か」


「伊麻奈ちゃんを助けて、久下兄弟を止めるまでは壊さない方がよさそうね」


 三井さんの疑問に答えた彩耶さん。

 その後の吹雪さんの言葉に、僕達は頷いた。


「ところで侵入された事には気付いているのか?」


「気付いているでしょうね」


「強襲か」


「そうなるわ」


 三井さん疑問に、彩耶さんが答える。


「でもどうするんです? 結構広そうですよ」


「そうだな。二手に別れるべきか」


 僕の言葉に、眉根をよせて思案顔の三井さん。


「襲ってこない所をみると、待ち構えているって事ですよね」


「そうなるわね」


 僕の発言に、吹雪さんは同意しているようだ。


「考えてもしょうがないな。俺と吹雪が正面から、彩耶さんと悠斗が裏口を探して裏からでどうだ?」


 僕達は三井さんの提案に頷いた。

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