013.吸収-Absorption-

1991年5月25日(土)PM:21:52 豊平区羊ヶ丘通


 彩耶の力で結界を突破した四人。

 正面から突入するのは三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)と銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)の二人。

 既に二人は正面玄関前に辿り着いていた。


「吹雪、開けるぞ」


「いつでもどうぞ」


 鍵のかかった正面玄関を一気に蹴り破る。

 中に突入した義彦と吹雪が、順番に顔を顰めた。

 入った瞬間に二人は妙な違和感を感じたのだ。


「何今の違和感?」


「わからんが、長居するのはやばい気がする」


「でもどうするの?」


 顔を顰めながら、早足で進む二人。


「影響範囲がどの程度かわからない。だが奴らが現れないという事は、奴らもこの違和感の範囲内にいるのはやばいという事だろうな」


「何処かで違和感の途切れる場所があるはずという事?」


「そうゆう事だ。彩耶さんがいるから、あっちの二人も気付くだろう。俺達は上に向かうぞ」


 言うがはやいか、義彦は廊下の先に見える階段に向かい駆け上がる。

 吹雪もその後ろをぴったりとくっついていった。

 一階の階段を駆け上がり、二階に入ったところで違和感は途切れる。


「ちょっとの距離だったのに何だこの疲労感?」


「まるで力を吸い取られたみたいな感じ」


 気怠い表情の義彦と吹雪。

 若干呼吸も乱れている。


「厄介だな。もう無い事を祈るしかないか」


「そうですね。でももし一階にあの娘がいたら早く助けないと」


「確かにそうだな」


 吹雪の言葉に、その可能性を考えていなかった義彦。

 しばし思案した後、彼は決断した。


「吹雪は二階を探せ。俺は一階に戻って探してみる」


「え!? いくら三井兄様でも無茶です」


「無茶は覚悟の上だ。何処にいるかわからない以上、建物毎壊すわけにも行かないだろう」


「それはそうですけど」


 義彦の無茶な提案に顔を顰める吹雪。

 彼女は、何とか撤回させようと食い下がる。


「目的を忘れるな。吹雪は二階を探しながら、もしあの二人を見つけたら違和感の事を教えろ。俺も一階であったら教える」


「うぅ、そんな目で見つめないで下さいよ」


 じっと吹雪を見つめる義彦。

 彼の目力に、彼女は折れてしまった。


「うぅぅ、わかりましたよ。でもこれ以上は無理だと思ったら戻って来て下さい」


「わかってる。それじゃ後でな」


 折れた吹雪に、気安く答える義彦。

 そうして彼は再び階段を、再び降りて行く。


「三井兄様、どうか無事に戻ってきてください」


 不安げな表情の吹雪。

 階段を戻る義彦をじっと見ている。

 見えなくなった後、彼女は小さな声で呟いた。


-----------------------------------------


1991年5月25日(土)PM:21:54 豊平区羊ヶ丘通


 侵入した後、僕と彩耶さんは、三井さん、吹雪さんと別れた。

 二人で建物の裏側に回り込む。

 程なく裏口を発見した。

 彩耶さんがドアノブに触れる。


「ゆーと君、開けますよ」


「はい、お願いします」


 静かに扉を開ける彩耶さん。

 鍵はかかっていなかったのだろうか?

 扉は静かに開いてしまった。


「不用心ですね」


「そうね」


 僕は何か罠でもあるだろうと思っていた。

 だけど、扉の内側には何かがいる気配すらしない。


「これは厄介ね」


「どうしたんですか?」


「見る限り、一階全体に何かの処理がされているわ」


「処理?」


 僕の目からは、それらしいものは一切見えない。

 でも、彩耶さんが言うなら間違いないのだろう。


「生命力吸収系のトラップとでも言えばいいかな?」


「そんなのどうするんですか」


「どこまでなのかわからないけど、範囲が広すぎて解除するのは現実的じゃないわね」


「解除出来ないんじゃ、進めないんじゃないですか?」


 解除出来ないからと言って、このまま立ち往生するわけにもいかない。


「解除は無理だけども、影響を無効化するぐらいなら出来るわよ」


「そんな事も出来るんですか、凄いですね」


 方法は僕にはわからない。

 でも、進む方法はあるようだ。


「そう? でも私の手を離しちゃ駄目よ。離せばそう長くは持たないと思うから」


「わかりました」


 僕は彩耶さんに手を握られる。

 その後で、彼女が何か呟いたのがわかった。


「三井君と吹雪ちゃんも、気付いてるとは思うけど、無効化は出来ないだろうから、一度合流した方が良さそうね」


 僕は、再び彩耶さんと手を繋いだ。

 その状態まま、中に進んでいった。


-----------------------------------------


1991年5月25日(土)PM:21:56 豊平区久下達の隠れ家一階


「何なんだこいつは?」


 突然現れた謎の人物の攻撃。

 間一髪で気付いた義彦は、かろうじて躱した。

 向き合い、睨み合う二人。


 謎の人物は、膝まである黒いローブを頭まですっぽり被っている。

 ローブの裾は擦り切れていており、古さを感じさせた。

 風を操ろうとしたがうまく出来ない義彦。


「くそ、この変な違和感のせいか。そもそもこの違和感は一体どんな状態なんだ!?」


 黒いローブの謎の人物の手には、大型の片刃の斧が握られている。

 その斧の一撃は、易々と周囲の壁を壊すだけの威力があった。


「あんなのでまともに殴られたら、食らった箇所がちぎれちまう」


 突っ込んできた黒いローブの謎の人物。

 再び繰り出された一撃が、義彦の右肩をかすった。

 振り上げられた斧が、今度は振り下ろされる。


「こりゃやばいな。どうしたものか」


 痛みに顰めた顔をしかめる義彦。

 繰り出される斬撃を、何とか躱す続けている。

 斧を振り上げた黒いローブの謎の人物。


 その瞬間、一気に突っ込んだ義彦。

 彼の拳が、風を纏い相手の腹に炸裂する。

 瞬間的に爆発的な風を作り出した。

 しかし、すぐ拡散してしまった為、本来の威力ではない。


 しかしそれで充分の様だった。

 背後に吹き飛ばされた黒いローブの謎の人物は、壁に激突し血を吐いたようだ。

 腹部からも流れでる血。

 風をまとった拳が、腹部の皮膚を突き破ったのだ。

 しかし黒いローブの謎の人物が獣の様に吠えると、三井はその場に膝をつく。


「おいおい、まじかよ!? そもそもこいつはなんでここにいて平気なんだ!? まさか吸収してるのか?」


 三井とは逆に黒いローブの謎の人物は立ち上がった。

 腹部から赤黒い血を垂らしている。

 しかし、怪我などお構いなしのようだった。


-----------------------------------------


1991年5月25日(土)PM:21:57 豊平区久下達の隠れ家二階


「今の音は何? 下で何か起きてるの?」


 音に気付いて、階段の所に戻ろうとした吹雪。

 背後に、何者かが立っているのに気付いた。

 膝まである擦り切れた黒いローブを来ている。


 黒いローブを着た謎の人物が、吹雪に突進してきた。

 その手には大型の片刃の斧が握られている。

 振り下ろされる一撃をかわした吹雪。

 一端距離をとった。


 空を切った、黒いローブの謎の人物の振り下ろした斧。

 フローリングの床に穴を開けてた。

 その一撃に、吹雪は険しい顔になる。


「こんなの相手にしてる場合じゃないのに」


 氷柱(ツララ)をつくりだそうとした吹雪。

 しかし、すぐに拡散してしまった。

 何度試しても中々うまくいかない。


「え!? なんで? なんで、氷柱(ツララ)が出来ないの!?」


 再び攻撃してくる黒いローブの謎の人物。

 能力を行使出来ない事で、焦りが生まれた吹雪。

 一瞬の驚きの時間が、彼女の回避するという思考を遅らせる。

 斧の刃が左脇腹をかすり服が少し破けた。

 かすかに見える白い肌に、赤い血が滲み出てくる。


 繰り出される斧の刃を躱し続ける吹雪。

 左脇腹に少し痛みが走り、顔を顰める。

 その為、彼女は一旦距離を取った。

 廊下で二人、吹雪と黒いローブの謎の人物は、睨み合いを始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る