014.冷気-Cold-

1991年5月25日(土)PM:21:57 豊平区久下達の隠れ家二階


 トラップの影響範囲から、抜け出た僕と彩耶さん。

 その時一階の玄関側から何か大きな音が聞こえた。

 続いて自分達のいる二階の奥の方から大きな音がした。


「今の音はなんでしょう?」


「わからないわ。あの二人なら大丈夫だとは思うけど、気になる事もあるし確かめましょう。ゆーと君、私は一階の方を確認するから」


「わかりました。僕はこの階の音を確認します」


 こうして僕は一人で二階の奥に向かう。

 彩耶さんは再び階段を降りていく。

 彼女は一階の音を確認しに向かったのだ。


 僕は二つ目の角を曲がった。

 そこで、二つの姿を視界に捉えた。

 一人は吹雪さん。

 そしてもう一人は、大きな斧を持った黒いローブの後姿。


 吹雪さんは斧の刃を躱しつつ、黒いローブの謎の人物の背後に回った。

 黒いローブの謎の人物は、振り向きざま斧を横薙ぎに振るう。

 吹雪さんは僕に近づく形で後ろに下がった。


 黒いローブの謎の人物は斧を途中でピタリと止める。

 そのまま勢いよく突き出してきた。

 刃の部分ではないとは言え、その突きの直撃を受けた吹雪さん。

 予想外の攻撃だったのだろう。

 彼女は吹き飛ばされた。


 かすかに悲鳴をあげた吹雪さん。

 こちらに飛んでくる彼女を、咄嗟に僕は受け止めた。

 彼女もやっぱ女の子なんだなと変な感想を持った僕。


「ゆー・・桐原君? 何でここに? とりあえず、ありがとう」


 やっぱり女の子だな。

 折れてしまいそうな細い体だ。

 受け止めた手を離すと、赤い何かが僕の服に付着している。


 良く見ると、吹雪さんの左脇腹あたりが赤くなっていた。

 白と灰色が入り混じったスカートも一部赤黒く変色している。

 他にも右手、右足も怪我しているようだ。

 斧の刃を食らったのだろうか?


「吹雪さん、怪我してるじゃないですか」


「ごめんね。大丈夫だから」


 僕から離れ、一歩前に進んだ吹雪さんの体ががくりと崩れた。

 黒いローブの謎の人物が走りこんできて、再び斧を振り下ろしてくる。

 吹雪さんはその場に膝をついていた為、反応出来ない。


 僕は咄嗟に吹雪さんの前に出て、斧の柄の部分を両手で掴み押さえた。

 しかしその力は凄まじく直ぐに片膝をつく。

 押し返そうとするが、抑えるのが精いっぱいだった。


 このままではそのうち力負けしてしまう。

 そう思った瞬間だ。

 背後にいる吹雪さんから、一瞬凄まじい力場のようなものを感じた。


 その後は正直何が起こったのか、はっきりとは分からない。

 何か物凄い冷気を感じたのはわかった。

 黒いローブの謎の人物の手の甲に氷が突き刺さっている。

 握っていた斧を手放していた。


 凄まじい冷気の風を、僕は背後から感じている。

 思わずわずかな時間目を瞑ってしまっていた。

 目を開けた時に飛び込んできた光景。

 黒いローブの謎の人物は、奥の壁の側で首から下が氷漬けになっていたのだった。


「桐原君、ごめんね」


 何で吹雪さんは謝っているのだろうか?


「僕の方こそ、助かりました」


 僕が見たものは、青白く瞳が輝いている吹雪さんだった。

 その瞳を見て、綺麗だなと感じている自分に気付く。


「一体何をしたんですか?」


「私のエレメントは水。瞬間的に莫大な冷気をいくつも作り出して、ぶつけたって所かな」


「そんな事も出来るんですね」


 だから、背後で冷気を感じたわけか。


「桐原君も、君自身の固有の力を磨けば凄い事が出来るかもね」


「出来るのかなあ」


「それは君次第でしょうね。さて、何者なのか確認しましょう」


 少しふら付いている吹雪さん。

 黒いローブの謎の人物の側に移動すると、黒いローブのフードを脱がせる。

 その間、氷付けの敵は抵抗する事は無かった。


「またこの仮面。こいつも人形とでも言うの?」


「その仮面、長眞と戦った時にもいましたよね」


「うん、そうだね。だけどその前に、私と三井兄様はこの仮面に襲われているのよ。どうゆう事なの?」


「とりあえず仮面をはずしてみましょうか」


 仮面を吹雪さんは掴み何とかしようとしている。


「はずしたいけど、はずれないよ。どうしようかな」


「そうですねえ」


 僕は仮面を軽く叩いてみた。

 音と触り心地から判断するに、金属製のようではある。

 手を添えて力を行使してみるが、何も起きなかった。


「とりあえず正体については後にしましょう。伊麻奈ちゃん救出が先よ。下の様子も気になるし」


「そうですね。そうしましょう」


 下の方は今頃どうなっているのだろう?

 きっと吹雪さんも、三井さんの事が心配なのだろうな。


 一階に戻ろうと動きだした時にそれは起きた。

 少し離れた廊下を何かが突き破り、竜巻が現れる。

 その竜巻の余波なのだろうか?

 僕達は凄まじい風の流れに押されて、吹き飛ばされそうになった。


 突風が収まり、周囲を見渡すと木片等の残骸の中に黒い塊がある。

 良く見ると、僕らが戦っていた黒いローブと同じような感じだ。

 更には仮面を被っていた。


 ぽっかり空いた廊下の穴。

 そこから斧を片手に三井さん、少し遅れて彩耶さんが現れる。

 僕と吹雪さんは茫然として、その状況を見守っていたのだった。


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1991年5月25日(土)PM:21:59  豊平区久下達の隠れ家一階


 片膝を付いている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 黒いローブの謎の人物はゆっくりと歩いてくる。

 そして、義彦の眼前まで近付いた。


「くそ!? どうする?」


 振り下ろされる斧。

 義彦はその場から右に転がった。

 紙一重の距離で斧から避ける。

 床を斧が轟音と共に砕いた。


 一回転して即座に立ち上がった義彦。

 更に後ろに下がる。

 斧が横薙ぎに振られたからだ。


「あんまり消耗したくないんだけどな? 丸腰でそんな事考えている場合じゃないか」


 突進してくる黒いローブの謎の人物。

 同時に義彦に、斧を振り下ろそうとしていた。

 タイミングを見計らったように、突っ込んだ義彦。

 斧の刃の内側に入り込んだ。


 横に体をずらし、柄をスレスレで躱す。

 斧が振り上げられる前に、左足で柄を踏み込んだ。

 風で天井に吹き飛ばすと同時に、斧の柄を掴む。


 天井に貼り付く形になった黒いローブの謎の人物。

 斧からは手が離れていた。

 しっかりと斧を握っているのは義彦。


「減り込んでしまえ!!」


 赤黒い瞳を輝かせる義彦。

 膨れ上がった風が、竜巻となっていく。

 威力が上がる程に、天井に減り込んでいく黒いローブの謎の人物。


 義彦は、両手に更に風を纏わせる。

 飛び上がった彼は、両の拳を解き放った。

 もちろん、黒いローブの謎の人物目掛けてだ。


 ミシミシという音と共に、亀裂が入っていく天井。

 同時に、黒いローブの謎の人物の体も天井に埋まっていく。

 そしてとうとう、天井の耐久限界を突破した。


 既に竜巻となっている風。

 天井に大きな穴を開けて、上の階まで突き抜ける。

 黒いローブの謎の人物を巻き込んだまま。


 斧を片手に持った義彦。

 少し疲れた顔だ。

 彼の背後には、一連の出来事を目撃している人物がいた。


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1991年5月25日(土)PM:22:00 豊平区環状通


「予想してたけど、ここまで渋滞になるなんてね」


 運転席の間桐 由香(マギリ ユカ)は思わず呟く。

 夕凪 舞花(ユウナギ マイカ)は助手席。

 彼女は絶賛爆睡中だ。


「しばらくは、解消しなさそうですね」


 瀬賀澤 万里江(セガサワ マリエ)は後部座席。

 彼女の声は少しイライラしている。

 舞花を早く、ちゃんとしたベッドで寝かせたいからだ。


「イライラするのはわかるけど、頼むから暴れないでね? 私が止めようとしたらもっと酷い事になるし」


「わかってます。私もさすがに暴れませんよ」


 ハンドルを握ったまま、苦笑いの由香。

 万里江はじっと、舞花を見ていた。

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