187.理由-Cause-

1991年7月4日(木)PM:21:42 中央区精霊学園札幌校第一学生寮女子棟屋上


 三人並んで屋上の落下防止柵に寄りかかっている。

 顔を少し苦痛に歪めている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)は難しい顔をしている。

 不貞腐れている凌霄花 朱菜(ノウゼンカズラ アヤナ)。


 そんな三人より、少し離れた場所。

 座り込んでいるルラと土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。


 土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)が戻ってきた。

 連れられて現れた二人。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)と十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)。


 苦悶の表情の二人。

 大凡の状況は察しているようだった。

 非常に申し訳なさそうに俯いている。


「よ・義彦兄さま・・あ・あの・・大丈夫ですか? ごめんなさい。私がちゃんと説明しておくべきでした」


 今にも泣きそうな表情の吹雪。

 必死に涙を堪えている。

 彼女の表情と、言葉に驚いたのは朱菜。


「え? なんで吹雪ちゃんが謝るの? 泣かせたのは、泣いたのはこの男の暴言なんでしょ? それなら謝るのはこいつじゃないの?」


「朱菜ちゃん、違うの違うんだよ。わ・私が泣いたのは・・別の理由なんだよ・・」


 涙腺が決壊し、涙声になった吹雪。

 その言葉は、意味の把握が難しいものになった。

 柚香が彼女を抱きしめて慰め始める。

 続きを話すかのように口を開いた。


「違うんですよ。ルラちゃんと朱菜ちゃんには説明すべきでしたね。ごめんなさい。吹雪ちゃんが泣いてしまい、私が悔やんだのは義彦さんの言葉ではないんです。義彦さん、鬼那ちゃんに秘密って言われてた事なんですけど、話してしまいますね。そうしないと事態が収拾出来ないと思いますし」


「鬼那、おまえしゃべったのか?」


「ごめんなさい。でも正直、二人の悲しい顔を見てられなかったので」


「そうか。出来れば他言無用でお願いしたかったんだけどな。どうやら俺を目の敵にしている奴等もいるようだから、隠してたんだが・・・」


 彼の言葉に首を傾げる三人。

 その三人は悠斗と朱菜、ルラ。


「鬼那と鬼穂は知っていますが、義彦さん、実は学園始まる前に立て続けに起きた事件で負傷していて、本当は余り動いてはいけないようでした。その為、常に誰かしら、身の回りの世話を兼ねて一緒にいるようにしていたようです。そんな状態ですから、朝六時に起こされるのは非常に辛かったんだと思います。私と吹雪ちゃんが、義彦さんの怪我の事を聞かされたのは二日の夜でした。私も吹雪ちゃんも、義彦さんがそんな状態だった事も知らないで、気付きもしないで、勝手な理由を押し付けて、朝六時に起こしてた事に自責の念に駆られていたんです。吹雪ちゃんもそれで感情を抑えられずに泣いてしまったんです。まさかこんな事になるとは思いませんでした。義彦さん、本当にごめんなさい」


「えっ? えっとそれじゃあ? 二人はこいつに吐かれた暴言については何も思ってないって事?」


 驚きの表情で口走った朱菜。


「お前らと一緒に朝食なんて食いたくねぇ。二度と起こしにくんな? だったよね? そんな事言われたんだから、二人共傷ついたんじゃないの?」


「確かに言われた時はショックでしたけど。偶々その出来事を、鬼那ちゃんが目撃していたらしくて。怪我の事を教えてくれたんです」


 彼女の説明を聞いた朱菜とルラ。

 魂が抜けたように呆けた顔になった。


「たぶん、義彦さんは私達が余計な心配をしないように、悪い噂や評判が流れるのも覚悟の上で、厳しい言葉で言ったんじゃないかと思います。だからこそ私と吹雪ちゃんは余計に悔やんだんです。義彦さんにそんな余計な気遣いをさせてしまったのですから。朱菜ちゃん、ルラちゃん、ちゃんと説明すべきでしたごめんなさい」


 二人に頭を下げる柚香。

 少し落ち着いた吹雪も一緒にだ。

 謝る二人に、どうしていいかわからない朱菜とルラ。

 動揺した表情だ。

 何かを言おうとしているが、うまく言葉に出来ない。


「吹雪ちゃん、柚香ちゃん、と・・とりあえず、頭、頭上げてよ。わ・私とルラちゃんの勘違いって事? でいいんだよね?」


「はい、本当ごめんなさい。私と吹雪ちゃんの思慮不足が招いた事です。義彦さん、ごめんなさい。暫定風紀委員として処罰するのであれば、発端は私と吹雪ちゃんです。私達を処罰して下さい」


 義彦に向き直った吹雪と柚香。

 涙目になりながら彼にも頭を下げた。


「とりあえず、頭をあげろ。俺だってイライラしてなかったかと言われれば、正直自分でもわからんかったし」


「待って、事を勝手に起こしたのは私。だから処罰されるのであれば私がされるべき」


 朱菜は自分の非を主張する。

 そこで彼女の手を握ったルラ。


「朱菜ちゃん、私達二人はその前にするべき事が」


 朱菜を立たせたルラ。

 彼女を引っ張っていく。

 座り込んでいる義彦の前に立った。


「申し訳ありませんでした」


 ルラの謝罪の言葉。

 やっと彼女の意図を悟った朱菜だった。

 同じように頭を下げて謝罪する。


「とりあえず、事態は収拾されたと考えていいのかな?」


 若干、蚊帳の外な感じを受けている悠斗。


「まさかこんな事態に発展するとは俺も思わなかったけどな」


「善意の空回りって感じですかね?」


「情けが仇・・・。そうかもな? いや違うか、俺自身が蒔いた種かもな。俺も反省するべきなのかもしれない」


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1991年7月5日(金)PM:15:39 中央区精霊学園札幌校中等部三階


 様々な会話が飛び交う教室内。

 悠斗は少し前のめりだ。

 前の席の河村 正嗣(カワムラ マサツグ)と会話をしていた。


 隣の席の女子二人。

 踵 黄緑(キビス キミドリ)と踝 珊瑚(クルブシ サンゴ)。

 彼氏が出来たらして欲しい事という話しをしていた。

 そこから少し破廉恥な話しに脱線し始めた所のようだ。


 鳴り始めるチャイム。

 重なるように扉を開けた山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)。

 彼女の声が響く。


「はい、チャイムが鳴りました。授業を開始しますよ。席に戻ってね」


 席を離れていた生徒達。

 素直に席に戻っていく。

 悠斗は机の中から教科書をだす。

 異能基礎Ⅰと書かれていた。


「さて、前回の授業では、特殊な力は三系統あるという話しをしました。精霊士、魔賢士、妖魔士の三系統です。それではアルマちゃん、総称して何と呼びますか?」


 惠理香の問い。

 青い髪を今日はサイドテールにしているアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。

 ゴシックドレス姿で面倒そうに答える。


「異能士」


「はい、そうですね。異能士は三系統を総称する名称です。そして精霊士は霊力と霊子、魔賢士は魔力と魔子、妖魔士は妖力と妖子という力を持っています。では教科書の十二ページを開いて下さい」


 一度言葉を止めた惠理香。

 チョークを一つ持った。

 黒板の左側から記していく。


 最初は魔力、魔子。

 霊力と霊子が真ん中。

 右に妖力と妖子と記していった。

 書き終わった惠理香。

 教壇に戻り再び生徒達を見た。


「もしかしたら、魔力と魔子、霊力と霊子、妖力と妖子は同じものという説明を受けた人もいるかもしれません。実際にはこれは正しくもあり、間違いでもあります」


 教壇から移動を始める惠理香。

 生徒達の座る机と机の間を歩き始めた。

 更に言葉を続けていく。


「魔賢士を例に挙げれば、魔力とはその者がもつ全てを指し、魔子というのはその魔力の中の一粒、最小単位を指すという事です。霊力と妖力も同様ですね」


 惠理香の説明を聞いている悠斗。

 彼は実際には全く別の事を考えていた。

 その頭の中には、義彦達暫定風紀委員についてだ。


 彼女達との諍いの結末。

 どうやって収拾するつもりなのだろうかという事だ。

 彼がそんな事を考えても、何の意味もない。

 その事は、彼自身理解している。

 しかし、彼は考えないではいられなかった。

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