188.処罰-Penalty-

1991年7月5日(金)PM:17:00 中央区精霊学園札幌校中等部六階


 長机の前に座っている暫定風紀委員の面々。

 正面の三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 彼は少し顔を顰めている。


 他の面子が心配そうに、彼を見ている。

 左側の長机の黒金 佐昂(クロガネ サア)がちらりと視線を向けた。

 隣の黒金 沙惟(クロガネ サイ)も何か言いたそうだ。

 普段無邪気な黒金 早兎(クロガネ サウ)も大人しい。


 思い悩む土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。

 土御門 鬼都(ツチミカド キト)も愁眉の表情。

 立ち上がろうとした土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)。

 土御門 鬼威(ツチミカド キイ)に止められた。

 眉を顰めている土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)。


 五人が座っているのは右側の長机。

 本来であれば、義彦の隣には副委員長が座る。

 だが、暫定メンバーの為、誰もその座には就いていない。


「義彦様、お休みになられてた方がいいのではないのですか?」


 心配そうな表情。

 義彦に進言する鬼那。


「暫定とは言え、委員長だからな。その仕事だけはしていくさ」


 扉がノックされ、入室してきたのは六名。


「茉祐子にドライ? 何故一緒に?」


「教室にいったらいなかったんだもん。柚香さんに案内してもらったの」


「おにぃの顔見にきちゃった。と茉祐子ちゃんが申しております」


「逢いに行こうっていったのドライちゃんじゃない?」


「あぁ、そう? とりあえず先にする事があるから、外で待ってろ。すぐ行く」


「はーい」


 素直に退出して扉を閉めた二人。

 その場に残ったのは四人。

 俯いている銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)の表情にも翳が差している。

 しょんぼりしている凌霄花 朱菜(ノウゼンカズラ アヤナ)。

 ルラも非常に申し訳無さそうだ。


 四人共若干神妙な顔。

 義彦の視線を受けた。


「さて四人への処罰だが」


 彼の言葉に、表情が強張る四人。

 覚悟はしていただろう。

 しかし、緊張するのはどうしようもない。


「銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)、十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)の二名には、今日一日ここで仕事を手伝え。凌霄花 朱菜(ノウゼンカズラ アヤナ)、ルラは今日明日と月曜日に委員が確定するまでは、風紀委員の仕事の手伝いだ。若干風紀委員と関係ない仕事も含まれるがな。異存があれば申し立てろ」


 四人共無言。

 何も申し立てない。

 むしろその顔は、若干の安堵が含まれていた。


「佐昂、鬼都、悪いが後は事前に話した通りだ。悪いが今日は安静にさせてもらう。吹雪、凌霄花は佐昂の指示に、柚香とルラは鬼都の指示に従え。それじゃ鬼湯、悪いが部屋まで付き添いをお願いする」


 鬼湯に付き添われて部屋を辞した義彦。

 その後には、佐昂から説明を受ける吹雪、凌霄花の二人。

 鬼都から説明を受ける柚香とルラ。


 彼女達が説明を受けてる。

 その間にヘッドフォンと風紀委員の腕章を着けた四人。

 沙惟、鬼穂と鬼那、早兎のペアで巡回に向かった。


 鬼威は一人、手元の書類の内容をチェックしている。

 説明を受けている四人。

 至極真面目に話しを聞いているようだった。


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1991年7月5日(金)PM:17:33 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


「義彦さん、体調は大丈夫ではないようですね」


 ベッドに座っている義彦。

 その側に椅子を持ってきて座っているのは二人。

 竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)とリアドライ・ヴォン・レーヴェンガルトだ。


「体調? おにぃ、体調って?何の事?」


 彼女の言葉に、驚きの表情になる茉祐子。


「ドライ、余計な事を・・・」


 義彦の頭に手を添えた茉祐子。

 彼の額に、自分の額を突然くっ付けた。


 彼女の突然の行動。

 直ぐに意味を理解出来ない義彦。

 反応して回避する事が出来なかった。


「おにぃ、熱あるじゃない? 何かおかしいとは思ってたけど、鬼湯ちゃんも一緒に部屋の前まで来て、直ぐに戻っていったのが意味がわからなかったし。でも納得。おにぃ、寝なきゃ駄目だよ」


 そのまま茉祐子に布団に押し倒される。

 茉祐子が義彦の上に半分乗っている状態だ。


「マ・マユ・・心配してくれるのはありがたいんだが・・。この状況はどうかと・・・」


「茉祐子ちゃん、大胆です」


「え? あっ・・・」


 義彦とドライの言葉。

 自分がした事を理解した。

 表情が、一気に羞恥の顔になる。

 恥ずかしそうに義彦から離れた。


「と・とりあえず、おにぃは寝て下さい。同室の方はどうしたんですか?」


 ベッドの上で、義彦はタオルケットに潜り込んでいく。


「俺は一人部屋だ」


「そうですか。ドライちゃん、浴室に洗面ボウルがあるはずだから、そこに水を入れてきてくれる?」


「了解。承りました」


「おにぃ、綺麗な手拭とかフェイスタオルみたいなのありますか?」


「たぶん、そこの棚」


 義彦の指し示した棚を開けた茉祐子。

 中からタオルを一枚取り出す。

 タオルを、ドライが持ってきた洗面ボウルに浸けた。

 しっかりと絞っていく。

 丁度いい大きさに畳んで、義彦の額に乗っけた。

 冷たい感触に、気持ち良さそうな顔になる義彦。


「悪いな。二人とも面倒かけて」


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1991年7月5日(金)PM:18:01 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


「安静だって言ったのに、戻ってこない馬鹿者。包帯替えに来てやったぞ」


 突然入って来た黒髪ストレートの女性。

 白衣姿の黒神 元魅(クロカミ モトミ)。

 隣には土御門 春己(ツチミカド ハルミ)もいる。

 元魅は、義彦の状況を見て、黒い微笑を浮かべた。


「幼女を二人も侍っていいご身分だな。折角来てやったのに」


「く・黒神先生? 保険医の先生が何故ここに?」


「おう、茉祐子にドライ。こないだは整理を手伝ってくれて助かったぞ。ここに来たのは、私が小等部の保険医だからだ。そこの馬鹿が、私の自宅に運び込まれたからな。手当てしてやったんだよ」


「自宅ってのは第四研究所一階医務室じゃな。彼女はそこに寝泊りしてるんじゃよ」


 補足説明を付け加える春己。


「さて、そこの馬鹿者の包帯を取り替える。茉祐子とドライは手伝え」


 上半身裸ひん剥かれた義彦。

 下半身は下着だけだ。


 少し赤らんだ顔の茉祐子とドライ。

 しかし、そんな事もお構いなし。

 元魅は次々に指示をだす。


 元魅の指導の下、ガーゼと包帯を取り替えて行く二人。

 血塗れのガーゼを外した後に、二人が顔を顰める。

 そんな場面はあったが、それ以外は問題なく完了した。


「二人とも、理解がはやいな。こうゆう知識も覚えておいて損はないと思うぞ。一応また来るつもりだが、忘れるかもしれん。その時はお前ら二人がやってやれ」


「おい・・忘れんなよ」


「お前が私の自宅で大人しく寝てれば問題なかったんぞ。馬鹿者め。それじゃ、必要な物はここに置いてくぞ」


「忘れるの前提なのかよ」


「馬鹿者はだまってろ。それじゃな」


 二人の遣り取りを苦笑して見ている三人。

 元魅がいなくなった後、ベッドの側で床に座る春己。

 茉祐子とドライが椅子を差し出そうとした。

 しかし、手で二人の行動を制す。


「すまんかったのぅ。少々遣り過ぎたわ」


「気にするな。手負いだってちゃんと言ってなかった俺にも責任はある」


「それで実際喰らってみてどうじゃ?」


「とりあえず、方法は理解した。出来るかどうかは、試してみるにも体が完治してからだな」


「そうじゃな。それじゃ、儂も失礼するかのぅ。二人共義彦をよろしくじゃ」


 言いたい事だけを言って去ってしまった春己。

 ドライは、結局彼が何者かわからないままだった。


「誰です?」


「土御門 春己(ツチミカド ハルミ)さん、土御門先生のお父さんだよ」


「あの人が、土御門先生の言ってたお父さんなんですか?」


「春季さん、小等部の先生なのか?」


「うん、そうだよ。国語の先生なんだ」


「あの人教員免許なんて持ってたんだな?」


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1991年7月5日(金)PM:20:32 中央区精霊学園札幌校時計塔五階


 コーヒーを飲んでいる古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 一息をついているのだ。


 窓の外から、エレメンタリ札幌の裏側が見えている。

 人の誰もいない静かな空間。

 極稀に仕事に勤しんでいる従業員が見えているだけだ。


 物思いに耽っている彼女。

 耳に聞こえてきた音。

 扉をコンコンとノックする音だった。


「どうぞ」


「失礼致します」


 扉を開けて入って来たのは男性。

 焦茶色の髪の薄い褐色肌。

 きっちりとスーツを着ている。


「理事長、図書館の全ての調整が完了しました。緊急用の魔方陣以外は、起動を行った上での確認も終えております」


「ファビオ、お疲れ様。アメリカから来たばかりなのに、急がせて悪かったな」


「いえ、それが職務ですから」


「ところで、ビビアナやセセリア、イラリオさんにアレシアさんは元気かな?」


「まだこちらの生活に馴染んではいませんが、妹達は学園を楽しんでいるようです。父や母も憧れていた異国の地、日本にてエレメンタリの店舗を持てた事に喜んでおりました」


「そうか。それで魔方陣だが、緊急時に実は使えませんでした、では話しにならない。稼動は何回可能だ?」


「現状の消費ではこちらを維持したままで一回、無視したとしても二回が限界です」


「回復するのには?」


「仮に明日午前中に起動したとして、七日、日曜日中には回復は可能です。それ以外で莫大な消費がなければという前提にはなりますが」


「そうか、消費を抑える研究はやはり必要だな。では明日午前中、九時に一回だけ起動試験を行おう」


「畏まりました」

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