189.委員-Committee-
1991年7月6日(土)AM:9:03 中央区精霊学園札幌校中等部一階
中等部全生徒が集まる体育館。
壇上で話しをしているのは平地 喜々(ヒラチ キキ)。
彼女は中等部の校長の職に付いている。
腰まである黒い髪で、左眼は前髪に隠れていた。
年齢は三十六歳と言う噂だ。
だが誰の目から見てもそんな年齢には見えない。
もっと若々しいのだ。
「本日は、全体集会が終った後は、各クラスにてそれぞれの委員会の担当を決めて貰う事になる。委員によって仕事は本当様々だ。所属する委員によっては、小等部や高等部との接点の出来る場合もあるだろう。しかし、気負い過ぎる事のないようにな」
大半の生徒が真面目に話しを聞いている。
しかし、中には眠そうにしているものもいた。
他には囁くように小声で隣と会話しているもの。
気だるそうにしているものもいる。
「委員になったからには、その所属に関わらず、何か一つでも糧出来るように頑張って欲しい」
中等部全校生徒は、現在六十人弱でしかない。
壇上から見下ろせば、かなり広範囲が視界に入る。
おそらく彼女も、そんな彼等の態度には気付いているのであろう。
時折、顔の向きを変えていた。
微笑ましいというような視線を向けている。
注意する事もなく、話しを続けていた。
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1991年7月6日(土)AM:9:33 中央区精霊学園札幌校中等部三階
教壇に立つ山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)。
黒板にチョークで、文字を書き始めた。
最初に黒板に書かれたのは学級委員という漢字。
「説明する必要ないかもしれないけど、一応説明するわね。学級委員はホームルーム時の司会進行や私からの連絡事項の伝達、また逆に生徒達からの不満とかを私に教える仕事かな」
書き終わった後、振り向いた彼女。
何故か桐原 悠斗(キリハラ ユウト)を見るとそう言った。
「次だけど。風紀委員ね。学校内の生徒同士の揉め事の仲裁。後は審判かな」
黒板に風紀委員と記入した惠理香。
振り向いてから説明した。
「審判?」
思わず呟いた錨 乱瑚(イカリ ランゴ)。
その声は惠理香にも聞こえていた。
「そうだよ、錨君! 今後予定されているトーナメントとかの審判かな? 基本的には教師がする予定だから、その補助的役割になると思うけどね」
「なるほど。納得しました」
納得した表情で頷く乱瑚。
「よろしい!」
再び黒板に記載してから振り向いた。
「次に体育委員ね。一番大きな仕事は、体育祭と球技大会の運営に関わる事になるかしらね」
そこで一度言葉を止めた惠理香。
生徒達の間を歩きながら、少し間を置く。
教壇に戻ると一度戻したチョークを握った。
「文化委員は、文化祭の運営が一番の仕事ね。まだどんな形でするか決定してないけど。たぶん、普通の文化祭になるんじゃないかな?」
黒板に半身を向けた。
チョークで文字を書く音が響く。
「次に保健委員、授業時に負傷者・体調不良者を保健室に連れて行ったり、各行事の際に設営された救急施設の管理や搬送かしら。医療関係の初歩とかを教えてもらえるかもね」
惠理香はチョークで放送委員と黒板に記す。
「放送委員は、昼休みの放送や連絡事項の放送、下校時間時の案内、後は各行事での放送関係ね」
半回転すると、微笑みながら生徒達を見つめる。
「定期的に発行される予定の新聞や各行事前や後の新聞の発行が新聞委員。個人的にはどんな新聞を発行してくれるか楽しみにしてるから」
ニコニコと微笑んでいる惠理香。
彼女は黒板に記載しながら説明を続ける。
「次が図書委員。昼休みや授業終了後の図書室の開放と管理。本が好きな人にはいいかもしれないわね」
カッカッカッという音。
再び静かな教室内に響く。
「最後が選挙委員。生徒会長選挙時までの運営、その後の集会の管理とかかしらね」
生徒達を見回す惠理香。
彼女は指で、チョークを器用に一回転させた。
「他にも細かい仕事はあると思うけど、ざっとこんな感じかな? ここまでで何か質問は?」
踵 黄緑(キビス キミドリ)は惠理香を見た。
「時間内に決まらなかったらどうするんですか?」
彼女の質問に、少し首を傾げた惠理香。
「そうねぇ? 残り二十分になっても立候補がないようなら、他薦も有りにしましょうか。皆もそれでいいかな?」
彼女は生徒を一人一人見て、反対が無い事を確認した。
「それじゃ、是非委員をやりたいって人は挙手して、志望委員を言ってね。あ、これ大事な事だった。委員は各二名、学級委員と保健委員は必ず男女一名ずつだから。それじゃ立候補はいるかな?」
彼女の言葉に、最初に二人が挙手した。
手を上げたのは銅郷 杏(アカサト アン)と柚百合 有菜(ユズユリ アリナ)。
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1991年7月6日(土)AM:10:02 中央区精霊学園札幌校中等部四階
二年一組の教室。
担当委員会を決めている真っ最中だ。
三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は、まるで他人後のような表情。
我関せずで窓の外を見ていた。
「他に立候補がいないなら決まりだ。誰かいるか?」
時折聞こえてくる教師や生徒の声。
見事に彼は聞き流している。
言葉を耳に入れてるだけだ。
内容を理解しようとはしてなかった。
「いないな。それじゃ決まりだ。さて、残り時間も少なくなってきた。そろそろ他薦も有りにしようと思う。立候補したい奴は、今のうちだぞ。後他薦に反対を申し奉る輩はいるか?」
教師が奴とか輩とか、そんな言葉使っていいものなのか?
なんて事を一瞬思った義彦。
次の瞬間には、昼は何を食べようかと考え始めていた。
誰かが挙手をして何かを言っている。
誰かを他薦しているみたいだ。
そんな事を思っている義彦。
ザンギにしてみようか。
塩ラーメンも食べてみたいな。
彼の頭の中は食べ物の事で一杯だった。
「三井を風紀委員に他薦って事だな?」
「はい。既に暫定で経験しております。資格も能力も充分だと考えますわ。いかがでしょうか? 三井さん」
脳内の九割以上を今日の昼飯の事に割いていた義彦。
自分を呼んだほぼ見知らぬ女性の声。
反射的に反応してしまった。
「別にいいんじゃないか? あ!? なんつっ」
反論する隙間もなかった。
教師の声に上書きされる。
「良し。本人の了承も得たから、三井君で決定だな」
後悔しても時既に遅しだ。
話しをまともに聞いていなかった義彦。
頭で理解する前に、反射的に答えた事を後悔する。
思わず自分を推薦した相手を見た。
「あの女は? 確かイギリスだかフランスだかのお偉い人? 何なんだ一体・・・」
義彦は、誰にも聞こえない声で呟いた。
仕返しに他薦してやろうかと一瞬考える。
だが、阿呆臭いという事で実行には移さなかった。
「はぁ、推薦されちまったものは、しょーがねぇか」
こっそりと、誰にも聞こえないようにぼやいた。
彼を推薦した女生徒。
泰然と微笑んでいる。
その態度は、義彦に視線を向けられた時も変わらなかった。
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1991年7月6日(土)AM:10:18 中央区精霊学園札幌校中等部三階
黒板に記載されている九つの委員。
その下には決定した生徒の名前が記されている。
確定した総勢十八名の名前だ。
「これで全部の委員会が決定ね」
満足そうに黒板を見つめた惠理香。
一点を見つめる中里 愛菜(ナカサト マナ)。
黒板に記された自分の名前の隣を見ていた。
そして、嬉しそうに微笑んでいる。
微笑んでいるのは彼女だけではなかった。
沢谷 有紀(サワヤ ユキ)も愛菜と同様に嬉しそう。
それに対して、非常に面倒臭そうな顔で溜息を吐いていた。
河村 正嗣(カワムラ マサツグ)だ。
「思ったより他薦する人も多かったわね。それだけその人から期待されているって事なのかもよ」
生徒達の間を歩き始めた惠理香。
まるで悪戯っ子のように微笑む。
「何だか面倒臭いなぁって顔している人もいるようね。あえて名前はあげませんけど。でもきっと、楽しいこととかもあると思うし。折角なんだから精一杯頑張ってみればいいよ」
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