017.凝縮-Condensation-

1991年5月25日(土)PM:22:18 豊平区久下達の隠れ家三階


 春眞は再び何重にも、鉄のロープを張り巡らせ盾とする。

 しかし彩耶さんの斬撃の威力は凄まじい。

 鉄色のロープの欠片が、いくつも散乱し始めている。


 防いでるだけでは無理だと悟ったようだ。

 僕よりも彩耶さんに、鉄のロープの先端による攻撃を集中させはじめた。

 余りの数に、逆に防戦一方に陥る彩耶さん。


 チャンスは今しかない。

 僕は向かってくるロープの先端を斬り裂きつつ、春眞に突進していった。

 三井さんに突き刺さったままの鉄色のロープが抜けていく。

 彩耶さんを狙っていた鉄色のロープも、部屋中の全てのロープを盾した春眞。

 何重にも何重にも重ねていく。


 血みどろのまま呻いた三井さん。

 顔を顰めているのは痛みのせいだろう。

 それでも吹雪さんは、泣きじゃくりながら抱きしめたままでいる。


 いくつもの鉄色のロープを受けて、片膝をついている彩耶さん。

 僕は両の拳の刃を重ね合わせ、一つの刃として更に再構成。

 向かってくる鉄色のロープを弾き飛ばしつつ、鉄の壁の前に飛びあがる。


 突如攻撃対象を喪失した鉄色のロープ。

 直前まで僕がいた床に、突き刺さった。

 再度僕に向かって来るまで時間がかかるはず。

 壁の目の前に躍り出た僕は、何重にも何重にも重ねられた鉄の壁を斬り裂いた。

 斬り裂き終わると同時に、刃も根元から圧し折れる。


 幾重にも重ねた鉄のカーテン。

 僕に斬り裂かれて驚愕の瞳の春眞。

 着地した僕は、そのままの勢いで前に進む。

 斬り開かれた壁の向こうの春眞に突っ込んだ。


 僕の右拳のパンチが春眞の顔にヒット。

 後ろに吹き飛ばされる春眞。

 僕は間髪いれず前に進み、追撃する。

 一度でも離れれば、また鉄色のロープの攻撃に見舞われると考えたからだ。


 何とか踏ん張った春眞は、拳を繰り出してくる。

 迷わず拳で応戦する僕。

 拳が衝突した直後、鈍い音がして春眞が呻き声をあげた。


 春眞の拳が鈍い音とともに砕ける。

 構わず僕は春眞に拳を叩きこむ。

 何度も拳を叩きこまれ、春眞は吹き飛んでそのまま動かなくなった。


 気絶したようで白目を剥いている。

 鉄色のロープは、主を失ったかのように、僕の背後の床に落ちていた。

 傍らには春眞が座っていた椅子が転がっている。


「はあはあ、倒した・・のか」


 微かな呻き声をあげている三井さん。

 吹雪さんにはその声が耳にはいってないようだ。

 血まみれの三井さんを抱きしめて、ただただ泣いている。

 彩耶さんは、泣いている彼女を慰めていた。

 でも、あの呻き声、抱き締められてるからのような気もする


 でも、僕がもっと早く、自分の力を思い出していれば良かった。

 もっと早くこの力を使えていれば、こんな事にならなかったかもしれない。

 後悔の思いが頭の中をよぎる。

 今まで忌み嫌っていたこの力に対して、何か別の感情が湧きあがっていた。


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1991年5月25日(土)PM:22:23 豊平区久下達の隠れ家三階


 なんとか久下 春眞(クゲ ハルマ)を倒した僕達。

 吹雪さんの抱きしめから解放され、仰向けに寝かされた三井さん。

 貫通した傷は痛ましげだ。


「桐原・・のおかげで・・何とか終わった・・みたいだな」


「三井兄様、しゃべっちゃ駄目です」


 涙声で懇願する吹雪さん。


「ふ・・吹雪、そんなしけた・・・顔するな」


 そう言うと、左手を吹雪さんの頭において撫で始めた。

 苦痛で顔を顰めているのが丸わかりだ。

 何度か撫でると、彩耶さんがその手を取りやめさせる。


「三井君、動かないで」


「彩耶さん、三井さんの怪我はどうなんですか?」


「背中の傷は浅いし致命傷はさけているけど、手足の出血が酷いわ。何とか止血しないと」


 吹雪さんが自分のロングスカートの裾を破り始めた。


「これ包帯のかわりになりませんか?」


 あいかわらず涙声だ。


「おまえ・・らの・・傷の手当・・」


「一番怪我が酷いのは、三井兄様なんですよ?」


 涙声のような怒り声のような吹雪さん。

 吹雪さんから渡された、ロングスカートを包帯状に切り裂いた切れ端。

 それを使い、彩耶さんは器用に三井さんの傷口に巻いていく。


「三井君は、私と吹雪ちゃんで手当てするから、桐原君は伊麻奈ちゃんを」


「はい、わかりました」


 立ち上がった僕は、そこで階段を上がってくる誰かの足音聞いた。

 階段の方を振り向くと久下 長眞(クゲ ナガマ)が立っている。


「はあはあ、兄貴も負けたのかよ、だがここまで来たんだ」


「久下 長眞(クゲ ナガマ)? 吹雪ちゃん、三井君の手当お願い」


 彩耶さんは刀を再び手に取り立ち上がった。

 長眞の頭に、紫色の角のような渦が渦巻く。

 しかし、心なしか色が薄いような気がする。


 何をする気かわからないが止めないと駄目だ。

 僕は痛む体を無視して、長眞の方に走り出した。

 しかしその判断は既に遅かったようだ。

 部屋中に拡がる紫色の何かの力。

 マネキンだと思っていた無数の人形が動き出す。


「はあはあ、今のお前達ならこいつらでも・・はあはあ、充分だ」


「久下 長眞(クゲ ナガマ)やめなさい、それ以上無理すれば、あなたの命が持たないわよ」


「へっ、知った事か」


 その数二十五体の人形。

 絡繰り人形のように、ギシギシと音を立てながら向かってくる。

 手近に転がっていた鉄のロープを掴み、僕は再びナックルを構成した。

 しかし怪我と疲れで僕も彩耶さんも、人形の攻撃を防ぐのが精一杯だ。

 決定打を与える事が出来ない。


「ぐはぁ」


 長眞が血を吐いている。

 無茶して操っているのかもしれない。

 だけど、倒れるのを待つ余裕も僕達にはなさそうだ。


「その様子だと、はあはあ、兄貴に相当消耗させられたようだな。はあはあ」


 彩耶さんが、何とか三体目の人形を斬り伏せる。

 僕も二体を破壊して、行動不能にした。

 それでも残り二十体。

 ただの人形のパンチとは言え、それなりに破壊力はある。

 後十八体、それまで僕と彩耶さんの体が動くのか?


「これ以上三井兄様を、傷つけさせはしない」


 立ち上がった吹雪さんが、上に手を伸ばした。


「ふ・・吹雪・・無茶だ」


「・・・三井兄様に言われたくないです」


 泣きながら、三井さんに向かって微笑んでいる吹雪さん。

 まるで冷気が凝縮されていくかのようだ。

 一気に無数の氷の刃が形成され、解き放たれる。

 僕と彩耶さんには一切掠る事もなかった。

 十八体の人形全部を無数の氷の刃で斬り裂き、行動不能にする。

 中には両断され、真っ二つになった人形もいた。


「全滅・・だと・・・くそ・・が・・」


 長眞がその場に倒れた。


「吹雪ちゃん、なんて無茶を」


 倒れこむ吹雪さんを、彩耶さんが受け止める。


「吹雪さんは?」


「大丈夫、少し無茶しすぎて、気を失っただけみたい」


 気絶しただけか。

 とりあえず、一安心だ。


「そうですか。それじゃ今度こそ、僕は伊麻奈ちゃんを迎えに行きます」


「よろしくね。さすがに二人抱えては行けないから、一回戻って来てね」


 そう言った彩耶さん。

 三井さんの隣に吹雪さんを寝かせた。


「この馬鹿・・・・、無茶しやがって・・・」


「三井君こそ無茶しすぎ。まったく。二人とも限度ってものがあるでしょう」


「彩耶さん・・・だって・・ボロボロ・・だろ」


「三井君に言われたくありません。ほら、無駄に体力消耗するから黙ってなさい」


 気付けば、吹雪さんの手が三井さんの手を握っている。

 どっちから握ったのだろう。

 三井さんが動かせるとも思えないし、吹雪さんだろうか?


「彩耶さん、久下 眞彩(クゲ マアヤ)が・・・まだ残ってる・・・眞彩が・・どうでるのか・・・現状・・わからない・・・・俺達・・の事は・・いいから、き・・桐原と行け」


「確かにそうだけど・・・わかったわ。でも何かあればすぐに呼びなさい」


「わ・・わかってる」


 動く事もままならない三井さんと、意識を失っている吹雪さんの事は心配だ。

 だけど、三井さんの言う事も一理ある。

 僕と彩耶さんは重い体を奮い立たせて、奥に見える扉に歩き出した。

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