016.篭手-Gauntlet-

1991年5月25日(土)PM:22:08 豊平区久下達の隠れ家三階


 三階は広い空間になっており、奥の方に椅子に座っている誰かが見える。

 僕達三人は注意しながら、ゆっくりと近づいていった。

 やけに広い部屋には、何かの部品のようなものや、マネキンのようなものが散乱している。

 あまり明るくない事もあり、少し不気味な感じがした。


「ようこそ。良くここまで辿り着けたものです。さすがですね」


 紅い髪をオールバックにした、紫のスーツ姿の男が椅子に座っている。

 両手を組んだまま、こちらを品定めするように見ていた。


「久下 春眞(クゲ ハルマ)、久しぶりだな」


「三井さん、一年ぶりになりますね」


 春眞の周囲には、鉄製のような光沢のある、太めのロープ状の物が置いてあった。

 蜷局(トグロ)を巻いていくつもだ。

 その蜷局(トグロ)の頂上、先端部分は針のような形に尖っている。


「伊麻奈は何処だ?」


「あの娘なら、奥の部屋で妹と遊んでますよ」


「妹・・・・あの時のか」


「そうです。一年前のあの日、私達兄弟が守る事の出来なかった眞彩。愛しの妹」


 その瞳は妹への陶酔と、いくらかの狂気が含まれている気がした。


「目的は復讐か」


「復讐ではありませんよ。これは罪滅ぼしですよ」


 心外だとでも言うように、口を少しへの字に曲げた春眞。


「罪滅ぼし? あなたのやっている事の何が罪滅ぼしなの? 極一家を襲撃した上、伊麻奈ちゃんみたいな女の子を誘拐して!?」


 吹雪さんの声には怒りがこもっている。


「おそらく説明しても、あなた方には理解しては頂けないでしょう」


「伊麻奈は返してもらうぞ」


「今のあなた方に出来るのでしょうか? 三井さんに銀斉さん、あなた方二人は今、能力を満足に使えないはずですよ」


 春眞の声は自信に満ち溢れている。

 微かに表情を曇らせた吹雪さん。

 対照的に、三井さんは不敵に微笑んでいる。


「さてどうかね」


「使えるかどうかはすぐにわかります。しかし出来れば三井さん以外はお戻り頂きたいのですけどね。私も同じ側に立つ者を、無益に殺したくはありませんので」


「同じ側に立つ者? どうゆう意味だ?」


「そのままの意味ですよ、三井さん」


「僕達は伊麻奈ちゃんを取り返しに来たんだ。引くわけにはいかない」


 僕の言葉に、本当に残念そうな表情の春眞。


「そうですか残念です。では死んで下さい」


 立ち上がった春眞の体から、紫色の何かが部屋中に拡がっていく。

 頭には紫色の角にも見える渦がふたつ渦巻いている。

 蜷局(トグロ)をまいている、鉄色のロープのようなものが動き始めた。

 まるで、春眞に呼応しているかのようだ。


「吹雪、桐原、何する気かわからんが注意しろ」


 いくつもの鉄色のロープの先端が、僕達目がけて飛んできた。

 目視で何とか反応出来る速度とは言え、僕達三人は春眞に近づく事も出来ない。

 縦横無尽に襲い来る鉄色のロープを、躱し続けているだけだ。

 このままじゃ、いつか突き刺される。


「散れ、かたまってるのはやばい」


 三井さんの指示で、僕達は躱し続けながら、お互いの距離を取ろうとする。

 しかし、鉄色のロープが邪魔をしてくる。

 少し離れる事が出来ただけだった。

 僕の右の二の腕に先端がかする。

 吹雪さんと三井さんも、数箇所かすっているようだ。

 周囲に血が飛び散っている。


「いくらあなた方でも、疲弊しきっている今の状況ではどうしようもないでしょう」


 このままでは三人とも、いずれあれに突き刺されるのは目に見えている。

 二人はまだ、エレメントをうまく発動出来ない。

 だから僕がどうにかしないと駄目だ。


「一度撤退するのが賢明だと思いますけどね。ただしそれまであの娘が無事でいるという保証は出来ませんが」


「春眞、貴様!!」


 怒りの形相で睨む三井さん。

 突如、三井さんの眼前に風が集まった。

 鉄色のロープを吹き飛ばし、春眞目がけて竜巻が飛ぶ。

 しかし鉄色のロープを自身の眼前に、何重にも張り巡らせた春眞には辿り着けない。

 進行方向を変えられた竜巻は、春眞の頭上を斜め上に進む。

 天井に穴を開けて消え去った。


「まだこれだけの力が出せるとは、本当に恐ろしい方です。三井さん、あなたという人は」


 春眞の周囲には、砕けた鉄色のロープの破片がいくつも転がっている。

 だけど砕けた程度では、短くなっただけでさしたる影響はないようだ。

 再び鉄色のロープが、僕達を蹂躙し始める。

 攻撃と防御は即座に切り替えれないのか?

 そんな疑問も考えている余裕は無い。


 次第に三井さんと吹雪さんの動きが、鈍くなっている気がした。

 やはりこれだけの数を躱し続けるのは無理がある。

 既に僕も数箇所にかすっていた。

 しかし自分が躱すのが精いっぱいだ。


 何か何か打開策はないのか?

 僕に出来る事が何かあるはずだ。

 鉄色のロープの動きを注視しながら、脳味噌をフル回転させる。


 僕の出来る事・・・そうだあれはずっと子供の頃だ。

 愛菜にただの小さな金属の塊を、何かに再構成してあげたことがあった。

 この鉄色のロープが、金属製なら再構成出来るはず。

 問題はどうやってこの手に触れるかだ。


 何とか致命傷を受けるのを避けつつ、考えている時だった。

 吹雪さんが態勢を崩して、その場に膝をつく。

 肩で息をしながら、追撃は何とか交わした吹雪さん。

 しかし更に態勢を崩し、立ち上がる事もままならないみたいだ。


「危ない!?」


 僕が叫んだ時には、三井さんは既に走っていた。

 自分の体に当たりそうな鉄のロープの先端を、風を纏わせた拳で弾き返す。

 しかし風はあまりにも弱々しく、その度に血飛沫が舞った。


「間に合えぇぇぇぇ!」


 叫びながら、走る三井さん。

 吹雪さんを狙う、いくつもの針のような鉄色のロープ。


「まだそんな力が残ってたのですか!? しかしこれで一人目。よくこれだけ持ちこたえたものです」


 竜巻を起こした三井さん。

 吹雪さんに止めをさそうとしていた、鉄色のロープを弾き飛ばした。

 そのまま、吹雪さんの側に辿り着いた。

 二人を中心に風が巻き起こったが風は弱々しい。

 それでもいくつかは弾き飛ばしたようだ。


 少しして、風の壁が収まった。

 吹雪さんの盾になった三井さん。

 手や足を、針のような先端で貫かれたまま立っていた。

 背中にもいくつもの針の、先っぽが突き刺さっている。

 その血みどろの手にも、鉄色のロープの先端が、いくつも握られていた。


「・・・・・三井兄様・・・・」


 吹雪さんは、あまりの光景に現状の状況も忘れ、その場で硬直している。


「三井君・・・」


 彩耶さんが背後の方にいた。


「・・・彩耶さん・・遅かったな・・」


「予定は狂いましたが、一番やっかいな三井さんがこれで行動不能ですね」


 勝ち誇った表情の春眞を睨む彩耶さん。

 三井さんと吹雪さんの側に走り寄った。

 たぶん僕も、怒りの表情だと思う。


「久下 春眞(クゲ ハルマ)、あなたは!?」


「・・・彩耶さん、悪いが吹雪を守ってくれ。さすがにもう動けない・・・わ」


 その言葉を最後に、三井さんの瞼は閉じられ崩れ落ちた。


「三井君、三井君?」


「三井兄様・・兄様・・目を開けてよ、ねぇ、三井ニイサマ・・ニイサマ・・・イヤァァァァァァァァ」


 崩れ落ちた三井さんを受け止め、ただただ泣きじゃくる吹雪さん。

 どこから出したのか、刀をその手に彩耶さんの目は怒りに震えているのがわかった。


 動きが止まっている今しかない。

 僕は意を決して、床に突き刺さったまま、動きを止めた鉄色のロープを二つ、この手で掴む。

 頭の中で瞬時にイメージ。


「何かする気ですかね」


 再び僕を狙ういくつもの鉄色のロープ。


「桐原君!? 駄目避けなさい!」


 彩耶さんはその刀で、三井さん、吹雪さんを狙う鉄色のロープを弾き飛ばしている。

 時には切り裂きながらも、二人を守るので手一杯のようだ。

 その場を動く事も出来ず、ひたすら刀を振るっている。


 手に巻きつく鉄色のロープが、徐々に形を変えてゆく。

 僕は拳に纏ったナックルで、鉄のロープをいくつか弾き返す。

 そして、最後の二本を手に掴んだ。

 ナックルの先に刃状に再構成する。


「何だあの力は? 何をした? 再構成したとでも言うのか? そんな馬鹿げた事がありえるのか?」


 春眞は動揺しているのだろうか?

 その紫の瞳が大きく見開かれている。

 鉄色のロープの動きが、一気に鈍った。


 彩耶さんはそんな彼の隙に感づいたようだ。

 自らの体を狙う鉄色のロープを最小の動きで防ぐ。

 先端がいくつか掠りながら、衝撃波のような斬撃をいくつも繰り出している。

 それでも、三井さんと吹雪さんに当たりそうなものは、全て防いでいた。

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