015.幻視-Pseudopsia-

1991年5月25日(土)PM:22:01 豊平区久下達の隠れ家二階


 偶発的に、同じ階の同じ場所に集合した四人。

 持っていた斧を無造作に落とす三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 その体には、いくつか斬られたような傷がある。

 彼はゆっくりと歩き始めた。


「さすがにあのまま戦ってたらやばかったな」


「み・・三井兄様?」


「吹雪に桐原か」


「まったく三井君には呆れるのを通り越して、感嘆するわ」


 義彦が現れた穴。

 穴その後現れた、白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 彼女は呆れたような、驚いたような表情。


「それは褒められているのか?」


「そうゆう事にしときなさい」


 義彦は、銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)の近くまで歩いた。

 そこで彼女の怪我に気付く。


「吹雪、大丈夫か?」


「傷は浅いので大丈夫です」


「本当か。血は止まっているようだが念の為だ」


 義彦は、自分のシャツを帯状に切り裂く。

 吹雪の傷口に、包帯のように巻きつけて行った。


「ここを出たらちゃんと手当てしてもらえよ」


「三井兄様、シャツが」


「こんなもんまた買えばいい」


「あ、三井兄様も手当しないと」


「たいした怪我じゃない。気にするな」


「でも・・・」


 何か言いたそうな表情の吹雪。

 義彦は何も言わず、彼女の頭に手を置き、優しく撫でた。

 しばらく無言で見つめ合う二人。

 折れたのは吹雪だった。


「・・・・わかりました。ところで三井兄様、力はどうです?」


「ああ、エレメントの事か、かなり吸収されたようだし、安定もしない。当分はまともに使うのは無理だな」


「私も同じく安定しませんね」


 二人は険しい顔で会話を続ける。

 話しを聞いた彩耶も、桐原 悠斗(キリハラ ユウト)も表情を曇らせた。


「やっかいね」


 言いながら彩耶は、義彦、吹雪の順に手を触れていく。


「ちょっとここじゃ、解除するのも難しいわね」


「とりあえず先に進むか」


 言うが早いか歩き出した義彦。

 他の三人も、彼に続いた。


 そして一つ目の角を曲がった四人。

 奥の角を曲がってきた紅髪の男、久下 長眞(クゲ ナガマ)と遭遇した。

 その手には二メートルはあろうかという片刃の剣。


 更に、彼に続いて鬼人族(キジンゾク)らしい男が六人。

 灰色だったり黄緑だったり、髪色には統一性がない。

 それぞれ手には武器を持っていた。


「人様の家で派手に暴れてくれたようだな」


「変な奴飼ってるからだろ」


 挑発するように、軽口で答える義彦。


「あのトラップとあいつらを突破するなんてな。まったくやっかいだぜ、お前ら」


「ここは私が引き受けます。終わったら一階二階は私が探しましょう。皆は反対側から先に行って」


「わかった、まかせる」


「え、いいんですか?」


「桐原、心配するな。彩耶さんは強いぞ」


 驚いた悠斗に、義彦が即答した。


「三井君に言われても、あんまり嬉しくないですけどね」


 苦笑いしている彩耶。

 義彦は、彼女の言葉に不服そうだ。


「彩耶さん、お願いします」


 反対側にゆっくり走り始めた吹雪。


「さすがに全力で走る体力は残ってないか」


 義彦も、実際にはあまり早くは走れないようだ。


「待ちやがれ」


 背後の方で長眞の声が聞こえる。

 しかし、その場を彩耶に任せた三人。

 声を無視して、先を急ぐ。


「あなた方の相手は私です」


 立ちはだかった彩耶。

 襲ってくる鬼人族(キジンゾク)達を、格闘だけで次々に叩きのめしていく。

 六人の鬼人族(キジンゾク)は瞬く間に捻じ伏せられ、昏倒して床に倒れた。


「なんだこの女、つええぞ」


 心の底から、驚きの表情の長眞。

 彩耶は、一歩踏み出した。


「久下 長眞(クゲ ナガマ)、よくも私の娘達に、白紙家の者に手を出してくれましたね」


「白紙だと・・・。邪魔してくれたあの二人が、白紙の娘だとでも言うのか? それじゃおまえが白紙の当主って言うのか」


「そうです。伽耶と沙耶、二人に手を出した報い。白紙の者として母として、落とし前をつけさせてもらいます」


「あの白紙の娘があんな雑魚。ふざけるなぁぁぁぁ!」


 長眞の表情が、驚きから、突然怒りに変わった。

 片刃の剣で彩耶に斬りかかる長眞。

 何処から出したのか、彼女は、刀一本で受け止め弾き返した。


「馬鹿な、そんな細腕で平然と弾き返すなんて・・・」


 弾き返された剣の重量で、長眞は後ろによろめく。

 彩耶の刀が、片刃の剣を持つ長眞の右手首を切り落とした。

 情けない悲鳴を上げる長眞。


「あの娘達が味わった恐怖を味わいなさい」


 左膝に突き刺された刀、突き刺した後、下を向いてる刃を手前に引く。

 勢いにより、長眞の膝が縦に引き裂かれた。

 泣き声とも、叫び声とも判断のつかない悲鳴を上げる長眞。

 痛みで転げ回った。


 壁に寄りかかり何とか立ち上がった。

 だが、彩耶の斬撃が左手の甲を斜めに切り裂く。

 あたりに飛び散る血飛沫。


 捻じ伏せられた鬼人族(キジンゾク)達は、目覚める気配もない。

 次々に繰り出される斬撃は、右足首を切り裂き、腹や胸に深い斬り傷をつけてゆく。

 その場に転がり痛みで動くことも出来ず、ただただ泣き叫ぶ長眞。


 冷酷に見下ろす彩耶の瞳に、彼は心底恐怖する。

 しかし斬撃はやむ事はなかった。

 寧ろ加速していく。

 ズタボロに切り刻まれた長眞。

 灼熱のような痛みが駆け巡る。

 最後に、長眞はその首を斬り落とされ絶命したはずだった。


「が・・なんだ・・今のは・・」


 気付けば刀を持った彩耶が、先程と同じ場所に立っている。


「な・・何しやがった・・・。そ・・そもそも・・刀なんぞ・・ど・・どこに持ってた」


「ずっと帯刀してましたよ。見えないようにはしてましたが」


「お・・隠形魔法・・か・・そ・・そうか、魔法の・・こ・・心得え・・が・・。だ・・だから、こ・・ここに・・辿り・・着けた・・」


「その通りです」


 今し方の恐怖と、目の前の現実の齟齬。

 長眞は、事態を咄嗟に把握出来ていない。

 それでも、挫けてしまいそうな頭で考える。


「そ・・それ・・じゃ・・い・・今のは精神・・・魔法・・か・・何か・・か。そ・・そも・・そ・・も・・いつ・・かけら・・れた・・・」


 他の鬼人族(キジンゾク)達は先程と同じ様に床に倒れている。


「あ・・・あんない・・一瞬で・・・、ふ・・ふざけ・・る・・な」


 片刃の剣を持ち上げようとする長眞。

 今し方味わった死の恐怖で、うまく力がはいらない。

 体中を悪寒が支配し、膝も震えている。

 それでもやっとの事で剣を持ち上げた。


 刀を鞘から抜き放ち、横薙ぎに一閃した彩耶。

 刃から放たれた剣閃が長眞の頬をかする。

 更に、長眞の片刃の剣を斬り裂き、背後の壁に深い斬り疵をつけた。


「まだやりますか? これ以上やるというならば、先程見たものが現実になりますよ」


「ば・・か・・・な・・・ば・・け・・も・・の・・か」


 戦意喪失した長眞は、そのまま膝を折り倒れた。


「女性に向かって化け物とは失礼ですね。あなたにはいろいろと聞きたい事もあります。しばらくそこで眠っていなさい」


 彩耶は一人、氷漬けの黒いローブの謎の人物へ近付く。

 仮面をなぞるように手で触れた。

 体を束縛していた氷は、表面が融け始めている。


「やはり魔術封印が施されているわね」


 仮面に再び手を触れる。

 しばらくそのままぴくりとも動かない。

 何かを囁いた彩耶。


「これでよし」


 彩耶はそのまま、手で仮面を掴み持ち上げる。

 仮面の前面がいとも簡単に持ち上がった。

 持ち上げた仮面の前面部を、彼女は足元に置く。

 仮面の中の顔は男だった。


 もう一人の倒れている、黒いローブの謎の人物。

 かなりボロボロになっていた。

 彩耶は、仮面に同じように手を添える。

 そのまま再び何かを囁き、仮面を持ち上げて足元に静かに置く。

 二人目の黒いローブの謎の人物は女だった。


「ふう、こんな頑丈な魔術封印ははじめてね」


 ポケットから一枚の紙を取り出した彩耶。

 再び何かを囁いた。

 その紙の表には、何か複雑な図形と文字が書かれている。


「彩耶です。聞こえてますか?」


『大丈夫、ちゃんと聞こえてるよ』


「伽耶と沙耶の容態はどうですか?」


『安心しなさい。命に別状はないし、後遺症も残らないだろう』


「良かった、安心しました」


 心底心配そうな彩耶の声。

 相手の言葉に安心したのだろう。

 彼女の顔が綻んだ。


『それでどうだった?』


「はい。やはり魔術です。それもかなりの使い手のようです」


『系統はわかるか?』


「エルフィディキアで教えてる術式に似てます。それよりも高度な術式ですが」


『そうか。それで仮面はどうだ』


「はい、仮面そのものの物理的構造も似てます」


 一転して、至極真面目な表情。

 質問に対して、彼女は極力簡潔に答えていく。


『仮面は誰がかぶってたんだ?』


「そうでした。一人は女性、一人は男性のようです。この男性の顔、何処かで見た事があるような?」


 女は少し茶色がかったセミロング。

 少し茶色がかったベリーショートの男。

 二人の顔は何処となく雰囲気が似ている。


『誰か思い出せるか?』


「どこだったのかしら? ごめんなさい。直ぐには思い出せません」


『そうか、久下兄弟の仲間なのだろうか?』


「久下兄弟の協力者なら、わざわざ魔術封印なんてするでしょうか?」


『そうだよな。本来は罪人にかぶせるものだしな』


「とりあえず、何か情報になるようなものは無いか探索を続けます」


『よろしく頼む。俺の我儘に突き合わせてごめんな』


「気にしないで、私達は夫婦なんですから。それでは伽耶と沙耶をお願いします」


 彩耶は、再び何かを囁く。

 その後、ポケットに紙をしまい階段の方へ走り出した。

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