170.逡巡-Hesitation-

1991年6月23日(日)PM:16:50 中央区特殊能力研究所五階


「そう、エルフィディキア。その話しは後にするとして。まずは頼まれていた事の報告をしていいかな?」


 確認するように視線を向けたレイン・ボー・ファン。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)と白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 二人が頷くのを確認。

 彼女は言葉を続けた。


「郵送してくれた左手首の写真の、受刑者ナンバーから確認したわ。詳しくは資料を見ればわかるけど」


 レインは足元に置いた鞄から、封筒を取り出した。


「調べられた範囲での情報はこの中だから」


 彼女の差し出す資料を受け取った古川。

 レインは渡した後に話しを続けた。


「受刑者ナンバーからの該当人物は、キルヌス・トルディ・マトウス・トリバス。姓名は自己申告らしいけどね。五十二年前に収監されている。その時にアルヌ・トルディ・マトウス・トリバスとルーヌ・トルディ・マトウス・トリバスという名の人物も、収監されていたみたい。記録上では、キルヌスの妻と娘みたいね。捕まえたのはアラシレマ・シスポルエナゼム。罪状は人間の虐殺だそうよ。ただ三人共記録上は、三十年前に死亡しているんだよね」


「どうゆう事だ? 死体が実は生きてた、とでも言うのか?」


「おかしいでしょ? だから三人の墓を掘り起こす許可を申請したんだけどね・・・」


「レイン、その表情から察すると、許可されなかったって事?」


「彩耶、その通りよ。だから彼等が収監されていた、第四監獄の長に話しを聞こうと思ったりもしたんだけどもね」


「聞けなかったのか?」


「そうね。聞き様がないってのが真実かな? 不思議な事に、当時第四監獄の長だったゴリルラ・プヌス・トルシは自殺していたのよね。彼だけじゃなくて、当時第四監獄で実務に携わっていた者達の、十名以上が消息を絶っている。ゴリルラは妻のルルヌと息子のゴルス、娘のアリアがいて、とても幸せそうで自殺するようには思えない。残念ながら彼女達も消息がわからないのよ」


「まるで知っているかのような言い方だけど?」


「そうよ。彩耶、私の両親がゴリルラと縁があってね。ルルヌやゴルス、アリアとも面識もあったんだよね」


 何と声を掛けて言いかわからない、古川と彩耶。


「私はゴリルラは自殺ではなく、殺されたんじゃないかと思ってるんだよ。証拠は今の所何も無いけどね。それでね。二人にお願いがあるんだ」


「お願い? 調査協力なら、合間にする事は出来なくもない。しかし、私達がエルフィディキアでの事件に首を突っ込むのは難しいぞ?」


「そんな事はわかってるし、頼むつもりもないよ。頼みというのはね。学園に入学させて欲しい人達がいるんだ」


「それは構わないが? 何人だ?」


「十二名」


「随分多いのね?」


「そうだね。彩耶」


「エルフィディキアで何かが起きてるって事か」


「美咲の言う通りだと思う。いえ、少なくとも私はそう考えている。でも敵が誰なのかもさっぱりわからない。だから・・・少なくとも学園にいれば、外交上の問題もあって、迂闊には手を出せないと思うんだよね。そんな事をすれば、敵になるのは精霊庁だけじゃないだろうしさ」


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1991年6月23日(日)PM:19:04 中央区特殊能力研究所五階


 ソファに座っている古川。

 彼女と向き合っている山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)。


「美咲、突然呼び出してどうしたの?」


 一口コーヒーを飲んだ惠理香。


「とりあえずこれを見てくれ」


 古川がそう言って差し出した資料。

 それは古川と形藁 伝二(ナリワラ デンジ)が交戦。

 戦闘時の内容を、文字に起こした物だ。


 言われるがままに、資料を読み始める惠理香。

 古川は、彼女が資料を読み終わるまで無言。

 一切口を開く事はなかった。

 ただただ、コーヒーを飲んでいる。


 彼女の視線。

 その動きから読み終わったと判断。

 古川は口を開いた。


「十年前、私達が戦った石井 沈下(イシイ チンカ)と似通っているとは思わないか?」


「確かに文章からは、似通っている印象は受けるけど、私はその形藁って人と実際に戦ったわけじゃないし」


「石井の時も形藁の時も、体ではないはずなのに、損傷すると痛みを受けていた気がした。魔術で構築したのか能力の正体は不明のままだが、痛覚まで共有するなんて、デメリット過ぎるだろうに。同様の能力だとしても何か引っかかるんだよ」


「石井の時は私も同じ事を思ってはいたけど。能力? の規模ならばたぶん、この形藁の方が上だし、これだけじゃ何とも言えないかなぁ? あぁもう。あの屑のやった事思い出したら、イライラしてきた」


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1991年6月26日(水)PM:17:59 中央区特殊能力研究所二階


 椅子に座っている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 隣の中里 愛菜(ナカサト マナ)は微笑んでいる。

   今日は、生徒の参加が、過去最大の数だ。

 【獣乃牙(ビーストファング)】の生き残り。

 ファーミア・メルトクスルを除く六人と小鬼(ゴブリン)の四人。

 計十人が、新たに加わった。


 少し居辛そうな濁理 莉里奈(ダクリ リリナ)。

 彼女の隣のブリジット・ランバサンド。

 莉里奈をからかっている。


 エルメントラウト・ブルーメンタール。

 隣の銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 テンション高く、彼女に話しかけている。


 冷静な表情のブリット=マリー・エク。

 落ち着きのないバリュナ・モスキートン=ハバナルラ。

 彼女を諌めていた。


 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)と白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。

 二人は若干複雑な表情。

 十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)が二人を宥めていた。


 我関せずと言わんばかりの二人。

 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)と瀬賀澤 万里江(セガサワ マリエ)。

 万里江の隣の夕凪 舞花(ユウナギ マイカ)。

 素直に、人数が増えた事を喜んでいる。


 アルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。

 悠斗に視線を向けていた。

 彼女は無意識なので、自分で気付いていない。


 わくわくしているルラ。

 クナも、楽しそうだ。

 そんな二人に微笑んでいるラミラ。

 レミラは、至極真面目な表情だった。

 座っている彼女達の視線の先。

 朝霧 拓真(アサギリ タクマ)と堤 火伊那(ツツミ カイナ)がいる。

 一同を見回した後、拓真が口を開いた。


「経緯は詳しくは聞いてないんだけど、凄いたくさんの、いろんな種類の肉を貰ったらしい。それで二十八日十九時から、第二回目の焼肉パーティーを休憩室でするらしいよ。前回よりもかなり多いらしいから、是非食べに来て欲しい、との古川所長のお言葉です」


 彼の言葉を聞いて、一気に盛り上がった。

 様々な声が飛び交い始める。

 そんな光景を微笑みながら見ている拓真と火伊那。


「連絡事項は以上。それじゃ授業を始めるよ」


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1991年6月27日(木)PM:18:13 中央区特殊能力研究所五階


「弼 一坤(ピル イルゴン)という男が【獣化解放軍(ショウファジェファンジュン)】の残党を指揮しているんだな」


『はい、そうです』


 通信魔術で誰かと会話しているのは古川。

 声から相手は男だというのがわかる。


「それで所在は?」


『現在不明です』


 メモを取りながら会話を続ける古川。


「しかし良かったのか? お前が言い出した事とは言えども、あんな方法では今後もレッテルは拭えないと思うぞ?」


『いえ、かまいません。レッテルというか事実ですから』


「いや、そこかよ?」


『それで彼女は?』


「元々お前が嫌いだったのもあるだろうが、春己様に預けている事は伝えても、不信感も持ってないようだな。性根を叩きなおされて、一族に相応しい真人間に戻ればいいとまで言ってたぞ」


『そうですか』


「本当にいいのか? もし事実だとすれば、おまえの一族は」


『構いません。もし事実ならば、彼等が一族の面汚しになりますから』


「そうか。わかった。余計な仕事を押し付けて悪かったな」


『いいえ』


「それじゃな」


≪切断(ディスコネクト)≫


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1991年6月28日(金)PM:19:02 中央区監察官札幌支部第三倉庫一階


 第一斑が何かを運び込んでいた。

 それはほぼ、間違いないわ。

 でも何を運びこんでいたの?


 この第三倉庫は庁舎からも離れてる。

 今は利用もされていない。

 だから、好都合なのだったのかもしれないわね。


 彼等が中に入って、しばらく時間が過ぎている。

 けど、誰も出てこない。

 どうしてなのかしら?


 踏み込むべき?

 それとも様子を見るべきかしら?

 でも報告するなら、何か決定的な証拠。

 それを掴んでからじゃないと駄目よね。

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