171.宴会-Banquet-

1991年6月28日(金)PM:19:06 中央区監察官札幌支部第三倉庫一階


 一人で逡巡している雁来 弓(カリキ ユミ)。

 中に入った第一班が出てこない。

 その事に、とうとう痺れを切らしていた。


 どうするべきか悩んでいた彼女。

 決断し行動を実行に移した。


 ゆっくりと倉庫の中を進んでいく弓。

 周囲に最大限、気を配っている。

 ここ第三倉庫の中。

 いくつかの部屋に区切られている。

 その為、一つ一つ部屋を確認していく。


 そして彼女は辿り着いた。

 複数の声が聞こえてくる部屋だ。

 部屋の前でしばし躊躇する。

 しかし、意を決して扉を開いた。


 そこにいた複数の人間。

 もちろん第一斑のメンバーもいた。

 それ以外にも他班所属の顔も、複数見える。


 他班がいる事は、まだわかる。

 しかし、見た事も無い人物もいた。

 十人以上交じっている。


 全員の視線が、弓に注がれた。

 彼等の視線は何処かおかしい。

 そう彼女は感じている。

 しかし、何がおかしいのかわからなかった。


 わからない事への恐怖。

 心が圧し折れそうになりそうだった。


「雁来支部長補佐、お待ちしておりました。楽しみましょうか」


 聞こえてきた声。

 監察官札幌支部第一斑班長。

 湯上 正克(ユカミ マサカツ)の声だ。


 彼の何処かおかしい声。

 何故か悪寒と恐怖を感じる弓。

 だが、彼女は勇気を振り絞った。


「あ・あなた達こんな所で何しているの? 何故、他の班のメンバーも一緒にいるの?」


「何故かって? 簡単ですよ。我々は地に堕ちた監察官の立場を復興させる為に、ここにいるんですよ」


「ゆ・湯上班長? い・一体何を言っているの?」


「あーれまー? 彼女が湯上ちゃんの言ってたー支部長補佐のお嬢ちゃん? かわいーいー、いーや綺麗な眼鏡美人さーんだーね」


 気付けば彼女の背後。

 直ぐ側で聞こえて来た声。

 何者かが立っている。


 後ろを振り返ろうとした弓。

 気付けば宙を舞っていた。

 落下して地面に叩きつけられる。


 何が起きたのかも把握出来なかった彼女。

 受身もまともに取る事が出来ない。

 落下の衝撃に、息を詰まらせた。


 気付けば、その場にいる人達に囲まれている。

 押さえつけてくる手。

 払いのけようとするも、余りにも多勢無勢だ。

 抵抗も虚しく、彼女は捕まってしまった。


「さーいしょーはぼーくねー」


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1991年6月28日(金)PM:19:18 中央区特殊能力研究所五階


 窓が全開に開けてある。

 出入口の扉も全開の休憩室。

 大型の焼肉用プレートが、四台配置されている。


 皿に盛られているのは大量の肉。

 鶏肉や豚肉、牛肉と色々だ。

 部位も様々な物がある。

 種類別に、皿毎に盛られていた。


 またそれとは別の皿。

 南瓜や玉葱、人参等の野菜類。

 たくさんの種類が、盛られていた。


 シルヴァーニ・オレーシャ・ダイェフ。

 彼がお詫びとお礼に、送って来た肉。

 余りにたくさんの量だった。

 なので、ここには様々な人達が呼ばれている。


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)達、研究所職員は当然。

 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)や中里 愛菜(ナカサト マナ)達生徒一同。

 ファーミア・メルトクスルやアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。

 彼女達【獣乃牙(ビーストファング)】残党。


 ルラ、クナ、ラミラ、レミラもいる。

 土御門 春己(ツチミカド ハルミ)と三人の孫娘。

 彼に従う五人の式神。

 学園と関わった桃鬼族(トウキゾク)や緑鬼族(ロクキゾク)もいた。


 今後、学園入学予定の学生達。

 エレアノーラ・ティッタリントンとクラリッサ・ティッタリントン。

 ヴラド・エレニ・アティスナやアティナ・カレン・アティスナだ。

 レイン・ボー・ファン他十二名も呼ばれていた。


 麦酒や日本酒、ワイン。

 その他にもいろいろな酒が持ち込まれている。

 誰が持ち込んだのかは不明だ。


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)にくっ付いている銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 二人を遠くから、若干嫉妬の目で見ているヴラド。

 アティナは、彼を冷やかしている。


 悠斗に、甲斐甲斐しく世話を焼いている愛菜。

 その側で恩恵に預かっているミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオ。

 その光景を微笑ましく見ている三笠原 紫(ミカサワラ ムラサキ)。


 アンジェラ、カロリーナ、リオネッラの三人。

 一条河原 鎮(イチジョウガワラ マモル)に纏わり付いている。

 肉や野菜を食べさせてもらっていた。


 鎗水 流子(ヤリミズ ルコ)は一人、黙々と食事に勤しんでいる。

 酔った三巳 巴(ミツミ トモエ)。

 焼肉そっちのけで四鐘 白磁(シカネ ハクジ)に絡んでいた。


 片手の浅田 碧(アサダ アオ)。

 浅田 未空(アサダ ミク)に肉や野菜を焼いてもらっていた。


 他にも、何故かいる三井 龍人(ミツイ タツヒト)。

 偶々休みだった笹木 宮(ササキ ミヤ)。

 勤務中のはずの笠柿 大二郎(カサガキ ダイジロウ)と古居 篤(フルイ アツシ)。


 時に、様々に人が入れ替わる。

 宴会と化している宴。

 いつ終わるとも知れないまま続いていた。


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1991年6月28日(金)PM:23:50 中央区精霊学園札幌校第二学生寮男子棟四階四○四号


 二つ置かれているベッド。

 そのうちの一つには、既に誰かが眠っている。

 空いているベッドで義彦が腰掛けていた。

 眠っている彼女を見ていた。

 時折寝息で、上下するタオルケット。


「まったく、秘密は知る人が少ない方がいいとは言えども。万が一複数で来られたら、鬼那と二人だけで対処するのは厳しいだろうな。しかしこいつ等も、焼肉宴会がよっぽど楽しかったのか、珍しくすぐ寝入ったな」


 微笑んで、少しだけ慈しむような眼差しを向けた。


「さて、見回りでも行くか」


 囁くように言った義彦。

 テーブルの上のヘッドセットと、炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)を手に取る。

 極力音を立てないように部屋を出た。


 廊下に出るとほぼ同時。

 四○一号室にいる土御門 鬼那(ツチミカド キナ)も出てきた。

 彼女は既にヘッドセットを装着している。

 何も言わずに、義彦は鬼那の側まで歩いた。


「鬼那、散歩がてら軽く見回るだけだし、寝ててもいいんだぞ?」


「いいえ、本日もお供します」


「そうか、わかった」


 小鳥が静かに囀るような声で会話をする二人。

 その後は一切口を開く事もない。

 四階から三階への階段を下りていく。


 会話をする事もなく一階まで下りていった二人。

 玄関から外にでた二人。

 寮を一周するように歩き始めた。


 二人の視界には木々が目に入っている。

 蝦夷松(エゾマツ)に椴松(トドマツ)、水楢(ミズナラ)等。

 精霊学園札幌校の敷地内は、極力自然をそのままにしてある。

 伐採が必要だった植物も極力、場所を移動させたと義彦は聞いていた。


 周囲には様々な虫や、動物が住んでいるはずだ。

 学園を覆うように十メートルの高さの壁。

 更にその外側に十メートルの深さの堀が存在している。

 熊等の野生生物の危険性も鑑みたのだろう。


 敷地内も、植物の自生場所。

 移動用の歩道。

 二つは、フェンスで境界を定めている。


「鬼那、やはり水路が多いと思わないか? 歩道の両端に水路があるのはまだわかる。だけど各建物毎に、水路を周回させているのは意味がわからん」


「そうですね。何故でしょう? 様々な防御機構があるそうですので、もしかしたらその一つなのかもしれませんよ」


「なのかね? だとしても稼動するのはもう少し先なんだよな」


 ふと視線を上に上げた義彦。

 視線の先が、自分達の寝床にしている部屋に差し掛かる。

 しばらくそのまま見ていた。


「義彦様、どうかされましたか?」


「いや? 気のせいか?」


 消えていた自分達の部屋の明かりが点いた。

 嫌な予感に突き動かさた義彦。

 手に持っていったヘッドセットを、すぐに装着した。


 鬼那は、どう対処していいのかわからない。

 困惑した表情だ。

 ヘッドセットを装着した義彦。

 彼の耳元に聞こえてくる声。

 かなり焦って、あたふたしていた。

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