246.拒絶-Denial-

1991年7月14日(日)PM:12:20 中央区精霊学園札幌校東通


「いや、アクロバティックすぎるだろ・・・」


 西崎 佑一(ニシザキ ユウイチ)の呟き。

 遠崎 正也(トオザキ マサヤ)は何も言えなかった。


「実力差って奴か? なら、心の方を揺さぶるとしよう。他人の策ってのが、気に喰わないが」


 遠崎の言葉は、西崎には聞こえている。

 だが、山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)の耳には入っていなかった。


「あなた達では私を倒す事は出来ませんよ。諦めて投降しなさい」


 躱しながら、氷の剣で斬撃を放つ。

 水の鞭を凍結させていった惠理香。

 氷の剣を一本手に持ち、遠崎達に真っ直ぐ向けた。


「確かに実力じゃ、雲泥の差なのかもしれないな」


 言葉とは裏腹に、余裕の表情の遠崎。

 逆に歯噛みしている西崎。


「出来れば私も、かつての教え子に手を下したくはありません」


 表情には出していない。

 だが、実際には惠理香の心は拒否反応を示し始めている。

 遠崎の言葉に惠理香は動揺する事になった。


「手を下したくない? 本当はそうじゃないんじゃないの?」


「な・何を一体?」


「惠理香せーんせー、あんた本当は手を下せないんじゃないのか? その判断基準はよくわからないけどよ」


「俺達がいくら手出そうとしても、一度も反撃された事ないもんな」


 無意識に発した言葉だった。

 結果的に援護射撃する西崎。


「そうだぜ。たぶん俺達を捻るのは簡単だったはずだ。それなのに、躱してあしらうだけで、一度も手を出された事はない。ずっと疑問だったんだよな。取り押さえる事も出来そうなのに、華麗に躱すだけ、あしらうだけなのかってよ。でもブラッドシェイクの話しを聞いて、考えてみてある結論に行き当たった。なぁ、惠理香せーんせー?」


「ある結論? 遠崎君、あなたが何を考えたのかはわからないけど、私がこの剣をあなたに突き刺せば、どうなるかぐらいはわかってるでしょ?」


「へっ! やれるものならな」


 言葉の後、惠理香にゆっくり歩いていく遠崎。


「お、おい? 遠崎?」


 驚きの眼差しの西崎。


「あんたは手が出せないんじゃないのか? かつての教え子をその手に掛けた副作用なのか何なのか知らないけどよ。俺には全くわからない心理だぜ」


 近づきながら、言葉を続ける遠崎。

 既に惠理香の目の前にいる。

 彼女が、氷の剣を使い、突き出す。

 それだけで即座に彼の命を奪う事も可能だろう。


「止めるなら今のうちだぜ。もっともあんたは何も出来ないんだろうけどな」


 自信たっぷりの遠崎の言葉。

 何の反応も示さない惠理香。

 彼女はただ拳を強く握るだけだ。


 指呼の距離の惠理香と遠崎。

 遠崎の行動に焦り始める西崎。

 彼は焦る心に耐え切れない。

 水の鞭を振るってしまった。


 即座に反応する惠理香。

 氷の剣で複数の水の鞭を凍結させる。

 完全に沈黙させた。

 舌打ちしつつ、攻撃に参加する遠崎。

 彼の不可視の攻撃も、惠理香に触れる事すらなかった。


「いくら凍結させたって、ここにはいくらでも水があるんだ」


 叫ぶ西崎だが、若干顔が引き攣っている。

 自身の不可視の攻撃が躱された。

 にも関わらず、余裕の表情のままの遠崎。

 十メートル程の距離を置いて、向かい合っている。


 突如、惠理香の氷の剣があらぬ方向へ飛ぶ。

 その先には、侵攻してきている植物体の群れ。

 三十本の氷の剣が、凍結させていく。

 更に接続されている黒い茎を、的確に切断していった。


「手元に一本も残さないなんて、余裕だね。せーんせー」


 遠崎から放たれた不可視の攻撃。

 バク転する惠理香。

 追従するように、彼女を追う。


 続いて惠理香は側転。

 着地する地点に振り下ろされた不可視の攻撃。

 しかし、遠崎の予想に反して、側転で地面に手をつけた惠理香。

 回転しながら空高く飛び上がった。


≪ソード オブ ダーク モード テン クラウソラス≫


 空中を回転しながら、詠唱をする惠理香。

 十枚のうち、二本を空中の足に沿わせるように形成。

 残りの八本も自分の左右に形成していく。


 回転して移動している状態の惠理香。

 彼女に合わせて形成されていく剣も回転している。

 集中しなければ正確に形成させる事は出来ない。

 にも関わらず、彼女は二本の闇の剣を足場に、中空に立っていた。


「すげぇ」


 攻撃を再開するのも忘れて、ただただ見ていた西崎。


「人間業じゃない」


 西崎の呟きは、誰にも聞こえていなかった。


「一体何十本同時操作出来るんだよ? ぼっとしてんな西崎。命令を果たさなきゃ、薬もらえなくなるかもしれんぞ。むかつく事だが、ブラッドシェイクの無償提供する条件はクリアしないと」


「あぁ、そうだけど。どうすんの? あの剣を止めないと頼まれた仕事出来ないんじゃ?」


 二人が何かを話し合っているようだ。

 その事は惠理香にもわかった。

 だが、少し距離が開いてしまっている。

 その為、彼女には二人の会話は聞こえていない。

 闇の剣を空中に滞留させている惠理香。

 氷の剣の操作を続ける。


 西崎が再び、水を集め始めた。

 側溝の中や外壁の外。

 様々な場所から溢れてくる水。

 彼の周囲に渦巻状に集まり始める。


 遠崎の攻撃で粉砕された、凍結した水の鞭。

 徐々に地面を濡らし初めている。

 固体状から液体状に変化した。

 その途端、西崎の周囲の渦に吸い込まれていく。


「何をするつもりなのかしら?」


 十本の闇の剣を、階段状に配置。

 ゆっくりと下りて行く惠理香。

 地面に下り立つと、自分の左右に闇の剣を滞留させた。

 突如踊るように、持ち替えながら何かを逸らすように剣を振るう。


「不可視なのに、ああも軽々と逸らされるとかやっかいすぎるだろ」


 遠崎の独り言に、西崎も頷いた。


「やっぱり言われた通り、精神的に揺さぶるしかねぇか。西崎、左右から水で攻撃しろ」


「え? あ、おう!」


 西崎の、左右からの水の鞭の攻撃。

 惠理香目掛けて追加された。

 不規則に繰り出されている。

 にも関わらず、西崎の攻撃すらも防いでいく惠理香。

 闇の剣が水の鞭と何度も衝突。

 水の鞭の衝突した部分が掻き消えていく。


「なあ、惠理香先生よー。先生に殺される教え子の気持ちってどんなんなんだろーな?」


 一撃に趣をおいていた遠崎。

 大き目の空気の固定を、小さくする。

 弾丸のように放った。

 その場で動く事なく迎撃していた惠理香。

 彼の攻撃を見越していたかのように動く。


 高く飛び上がり、遠崎の前に降り立った。

 苦渋と怒りの表情で、闇の剣を振り下ろした惠理香。

 しかし、闇の剣は遠崎の眼前で停止した。


「な? なんで?」


 驚きの表情の惠理香と、冷や汗気味の遠崎。


「くそっ、まじであせった。だが、これで生徒に手を出せないってのは証明されたな」


 言葉と同時に、背後に吹き飛ばされた惠理香。

 右拳に空気を纏った遠崎の一撃。

 彼女を吹き飛ばしたのだ。

 吹き飛んでいく惠理香の体。

 突如大地に叩きつけられる。

 彼女の口元から血が一筋垂れた。


 追撃する虹崎の水の鞭。

 惠理香は闇の剣でなんとか迎撃。

 即座に立ち上がると、横に飛んだ。

 何か複数のものが着弾する音。


 衝撃を逃がす術もなかった遠崎の二発目。

 彼女に予想以上のダメージをもたらしていた。

 惠理香はその場に片膝をつく。

 魔力による防御も出来なかった。

 腹部を空気の壁と大地の壁で挟まれたのだ。

 普通の人間ならば意識を喪失していてもおかしくない。


「たいしたタフさだよ。手加減したとはいえ、地面に挟まれたんだぜ」


 フラフラと立ち上がる惠理香。

 しかし、支えきれずに再び同じ体勢に戻った。

 集中力も散漫になってきている。

 闇の剣も氷の剣も、半分ほどが動きを停止。

 その場に落ちてしまった


「さてと、まだ殺しはしないぜ。惠理香せーんせ」


 邪まな笑顔を浮かべる遠崎と西崎。

 惠理香の目の前まで歩いた。


「とりあえず、しばらく眠っててもらおうか」


 惠理香の顎を打ち抜いた一撃。

 抵抗出来ずに、彼女は宙を舞った。

 一本、また一本と行動を停止していく氷の剣と闇の剣。


「せーんせー、どーよ? 明らかに雑魚に負ける気分って奴はよ?」


 闇の剣が、遠崎の眼前で停止した。

 その事により、大混乱に陥っている惠理香。

 自分の思念で操っているのだ。

 意志に反するわけはない。


 確かに遠崎や西崎達に絡まれた事は一度や二度ではない。

 しかし、手を出さないで軽くあしらっていた。

 生徒に手をあげたくはないという気持ちも含まれている。

 それでも、この状況では二人を止めなければならない。

 にも関わらずに、停止してしまった。

 その事実が彼女を打ちのめしていたのだ。

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